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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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43/90

「論外《アウト》だ」

昨日、重い話があった。

田中は今日も動く。

それだけのことだ。

 朝。王都の宿の一階に田中が下りてきた時、宿の入口に見慣れない二人組が立っていた。


 一人はゾルグだった。


挿絵(By みてみん)


 もう一人は——黒い甲冑(かっちゅう)に銀白の長髪をきっちり一つに縛り上げ、乱れた毛が一本もない。黒いマントが朝の風にかすかに揺れているが、本人は揺れていなかった。背筋が垂直で、口角が水平で、目が刃のように鋭い女将軍だった。


 ゾルグが深く頭を下げた。「お待ちしておりました、勇者殿。こちらは——」


「ゼフィーラ・エル・ヴェルダシオンだ」と女が言った。「四天王第一席次。貴様に話がある」


 田中がじっと見た。三秒。


「……ゼフィだな」


「……何?」(ゼフィーラ)

「ちがいます!!」(ゾルグ)


「任天堂様のゲームにいた。FE封印の剣。2002年発売、プラットフォームはGBAだ。ゼフィール。敵将だった」


「……敵将?」とゼフィーラが繰り返した。


「間違っていた部分もある。だが最後まで筋を通した。自分の信念で動いた。そういう奴だった」


 ゼフィーラが止まった。


(……敵将)

(間違っていた)

(でも、筋は通っていた)


「あの、任天堂様のゲームは2002年なので、昭和ではなく——」とエリュシアが言いかけた。


「任天堂様だ。昭和でなかろうが、許容範囲(きょようはんい)だ」


(……基準がよくわかりません)


「……任天堂、"様"とつけているのか」とゼフィーラが言った。


「当然だろうが」


 ゼフィーラが少しの間、沈黙した。

 田中の今までの行動を知っているゼフィーラからすれば、

「任天堂様」という呼称がこの男にとって何を意味するか、自然とわかる。


「……様がついているのか。まあいい」


「ゼフィールだと長い。これからもゼフィで呼ぶ」


「……ゼフィだな。わかりました」


(なぜ自分から略したんだ!!! わかりましたじゃない!!!)


 後ろでゾルグが「ゼフィ様……」と(ささや)いた。ゼフィーラの肘が素早く横にずれた。思いっきりゾルグが黙った。


 背後でネネが戸口から顔を出した。「ム……ゼフィーラ」


 ゼフィーラが一瞬だけ、眉間の(しわ)を消した。「……魔王様、お会いしとうございました」


「来たのか」


「独立した判断です。合流ではありません」


「……そうか」


 ゾルグが「そのご説明は昨夜から七回目で……」と続けた。ゼフィーラの肘がまた素早く動き、ゾルグが黙った。


「ゼフィ、封筒を持っているな」と田中が言った。


 ゼフィーラが止まった。「……気づいたか」


(ふところ)に入れているだろう。(かさ)が違う」


 ゼフィーラが静かに(ふところ)から取り出した。表面に封蝋(ふうろう)はなかった。代わりに、角に奇妙な記号が押されていた。田中には何かわからなかったが、エリュシアの顔が動いた。


「神界の発行書類だ」とゼフィーラが言った。「城の書類を精査していたら出てきた。正規の書類ではない。魔王軍に対して定期的に送られてきていた——内容は、判断を(ゆが)めるものだった」


 田中が受け取った。開かずに、ただ重さを確かめるように手の中に持った。


「何通あった」


「確認できた分で四十七通。最古のものは十二年前だ」


「そうか」


 それだけ言って、田中は封筒をテーブルに置いた。何を考えているのか、その顔からは何も読めなかった。


「まず飯を食う。お前たちも食うか」


 ゼフィーラが「私は——」と言いかけた時、ゾルグの腹の音が鳴った。


 ゼフィーラが目を閉じた。


「……いただきます」

(いただきます、じゃなあい!奴は敵だぞ!!なぜ素直に従ってしまうのだ)


******


 朝食を終えた頃に、アルスが飛び込んできた。


「田中師匠!! 王都の第三区画で何か起きています!!」


 田中が寿司の魚ネタが大量に書いてある湯呑みを置いた。「何が起きている」


「人が集まっています! 役人のような男が、商人たちを締め上げているような状況です……!」


 田中が立った。それだけで、テーブルの空気が変わった。


「行く。見てくる」


「昨日の封筒と関係があるのか」とネネが言った。


「かもしれん」


(「かもしれん」と言う時は確信があります。ずっとそうです)


「私も——」とゼフィーラが立ちかけた。


 田中が振り返らずに言った。「来い。戦力になるかもしれん」


「……合流ではない」


「知っている。来い」


 ゼフィーラがついてきた。なぜかは、自分でもわからなかった。


******


 第三区画の広場に、確かに人が集まっていた。


 中央に、男が二人いた。一人は二十年この場所で商いをしてきたという初老の男で、もう一人は——役人の服をしているが、どこの役人かわからなかった。それなりに高そうな布地だが、どこにも紋章(もんしょう)がない。王家でも、ギルドでもない。


 男は商人の前に書類を広げていた。


「この区画の商業権は、先月付けで移譲(いじょう)が完了している。書類はここにある。聞いていないとは言わせん」


 商人が蒼白(そうはく)な顔をしていた。「そんな、聞いていません。二十年、この場所で——」


「書類があれば(くつがえ)らん。これが規定だ」


 周囲の商人たちも蒼ざめて固まっていた。同じ書類を持った男がもう二人いて、それぞれ別の店主の前に立っていた。組織的な動きだった。


 田中がその光景を五秒見た。


「……偽造(フェイク)だ」


 声は低く、平坦だった。


「え——」とアルスが言った。


「紋章の位置が逆だ。王都の商業権移譲書は様式第十七号、紋章は左上に入る。あの書類は右上にある。様式が違う」


「なぜわかるんですか!!」


「書類は三十年見てきた。常識だろうが」


 田中が前に出た。


 男が振り向いた。後ろに二人の連れがいる。「何者だ」


「通りすがりだ。その書類、偽物だろうが」


 男の目が細くなった。


「紋章の位置が逆だ。王都商業権の移譲書は様式第十七号、紋章は左上。お前の書類は右上にある。論外(アウト)だ」


 男が、止まった。


 ただ止まったのではなかった。何か見えない圧力を受けたように、半歩だけ後退した。書類を持つ手が、微妙に揺れた。


(……正論が、当たりました)


 アルスが目を見開いた。


「俺は……この書類の正当性は——」と男が立て直した。


「根拠が言えんということは、論外(アウト)だ」


 また当たった。今度は明確だった。男の連れの一人が、反射的に仰け反った。


(……なんだ、今のは)と、ゼフィーラが腕を組んだまま見ていた。(正論が、(パワー)を持っている)


「干渉すると痛い目を見るぞ。俺たちには後ろ盾がある。お前が思っているより、ずっと——」


「後ろ盾の名前を言え」


「……」


「言えんということは、ないか存在しないかだ。論外(アウト)だ」


 三度目。男の連れが両方とも足を引いた。一人が小声で「何だこれ……」と呟いた。


 アルスが師匠の背後でいつの間にか腕立ての姿勢になっていた。理由は本人にもわからなかった。体が自動的にそうなっていた。


「——やれ!!」と男が叫んだ。


 連れの二人が動いた。魔力が(みなぎ)る。術式の練度は高かった。

 王都の冒険者崩れや、荒くれではない。訓練された者の動きだった。


 田中がゆっくりと、右腕を上げた。


 それだけで——


 広場の空気が、変わった。


 動きかけていた二人が止まった。止まったのではなく、止まらざるを得なかった。『あの腕が上がる』という情報だけで、体が先に答えを出していた。


「……な」


「あの腕だ……!」


「殺されるぞ――!」


「逃げろ!!」


 三人が路地の奥へ消えた。田中の拳は振り切られていなかった。腕を上げただけで、それで終わった。


 広場が静かになった。


「……助かりました。ありがとうございます」と老商人が震えた声で言った。


「偽造書類は持っていく。後でギルドに届ける。念のため二、三日は店を閉めておけ」


「は、はい」


 田中が書類を丸めてポケットに入れた。それで、その場での処理は終わった。


「……師匠」とアルスが腕立て姿勢のまま口を開いた。「今の——正論が当たっていたのは——」


「正論だ。当たる」


「物理的に、ですか?」


「それを今考えるな。腕立て五百回してから聞け」


「わかりました!!」


(わかっていませんが聞けません)


 ネネが田中の隣に来て、低い声で言った。「……後ろ盾、と言っていたな」


「ああ」


「神界か」


「かもしれん」


(また「かもしれん」です)(今日で三回目です)(確信があるんですね)


 グラが田中の肩にふわりと降り立った。「グゥ」と一声鳴いた。


 田中が左手でグラの背を一度だけ撫でた。特に何も言わなかった。


******


 宿に戻ってから、ゼフィーラが口を開いた。


「……聞いてもいいか」


「なんだ」


「正論で人を止める技は——」


「技ではない」


「……では何だ」


「常識だ。三十年やってきたことが出ただけだ」


 ゼフィーラが止まった。その表情は変わらなかった。眉間の皺も動かなかった。ただ、返す言葉を探している気配があった。


 田中が封筒を手に取った。「これを読む。内容次第で次を決める」


「……わかった」とゼフィーラが言いかけて、止まった。「——私はまだ、お前の下で動くとは言っていない。合流ではない」


「知っている」


「独立した判断で動いている。それだけだ」


「知っている。座っていろ」


 ゼフィーラが、座った。


(今、なぜ座ったんだ)

(命令されたわけでもなく、従う理由があるわけでもなく——)

(……「座っていろ」が、なぜこんなに自然なんだ、この男は)


 ゾルグが目の端を拭っていた。誰も理由を聞かなかった。


 田中が封筒を開き、中を見て読んだ。


「……そうか」


 それだけ言って、封筒をテーブルに置いた。昨日も、一言「そうか」と言って、それ以上何も言わなかった。今日も同じだった。


(……この方は)とエリュシアが内心だけで言った。(重いものを全部、「そうか」の中に入れる)(だから私には、言えないし、書けません)


 ネネが黙ってテーブルの隅に座った。グラがネネの(ひざ)の上で丸くなった。


 窓の外で、王都の朝が続いていた。

※おじさん解説!


ゼフィールというのは、ファイアーエムブレム封印の剣に出てくる敵の王だ。

二〇〇二年、GBAのソフトだ。任天堂様のタイトルだ。


正しいことをしようとしたが、方向を間違えた。

間違えたまま、最後まで筋を通した。

自分の信念で動いた。そういう奴だった。


任天堂様のキャラには、そういう奴が多い。

昭和ではないが、任天堂様だ。

様がついている。許容範囲(きょようはんい)だ。

以上。


******


※アルス修行日誌 第十二回


今日、師匠が正論で人を止めた。


物理的に止まっていた。

何があったのかは、まだわからない。

「正論だ。当たる」と師匠は言った。


腕立て五百回は終わった。

腕立てとの関係は、まだわからない。

でも「腕立てをしてから聞け」と言われた。

つまり腕立てと何か関係があると思う。


次に聞く時は、千回終えてから聞くことにした。


追記:ゼフィーラという人が来た。師匠に「ゼフィ」と呼ばれていた。

自分で「ゼフィ、でいいか」と言っていた。

師匠に命名された人は全員そうなる気がする。

自分もそうなった。

これが昭和の常識なのかもしれない。腕立て千回が終わったら聞く。


******


※神界業務日報 第十七回


本日の特記事項。

第一席ゼフィーラ殿が王都に到着しました。


神界発行書類の偽造版が王都第三区画で行使されていました。

押収しました。

紋章(もんしょう)位置の差異を初見で指摘しました。

書類経験三十年、とのことです。


常識断罪コモンセンス・ジャッジの初発動を確認しました。

「正論が当たる」という現象について、神界に前例を照会しました。

該当記録:なし。

調査を継続します。


封筒の内容を確認しました。「そうか」と言いました。

それ以上は言いませんでした。


追記:今日も声に出しませんでした。


******


※魔王の家計簿 第十七回


今日の支出:朝食十二G。昼食八G。

ゼフィーラが来た。「合流ではない」と六回言っていた。

六回目には誰も聞いていなかった。


田中が正論で人を三回止めた。支出:〇G。効果:あり。


グラが田中に撫でられた。一回。その後わたしの膝の上で眠っている。

眠る前にわたしの顔をちらりと見た。意味はわからない。


田中が封筒を読んで「そうか」と言った。

それだけだった。


「そうか」が多い。

それが何なのかは、わからない。

でも「そうか」と言う顔を、ずっと見ていた。


******


※第一席ゼフィーラの業務報告 第二回


本日の業務報告。

王都到着。書類の引き渡し完了。

魔王様の様子:良好。


勇者田中剛について。

「ゼフィール」と命名された。

任天堂様のタイトルのキャラだそうだ。

敵将だそうだ。

間違っていたが筋を通したそうだ。

「様がついている。まあいい」と自分で判断した。

「ゼフィ、でいいか」と自分から提案した。

後から考えると、なぜそうしたのかわからない。


正論が物理的に機能する現象を目撃した。

三度確認した。三度とも同じ結果だった。

分析中。


「座っていろ」と言われた。座った。

なぜ座ったのかは、次回以降の課題とする。


追記:私は認めていない。

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