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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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「神界は何を隠している」

 朝食を終えた田中が宿を出ると、ショウが路地の入口で手帳をめくりながら待っていた。いつもの飄々(ひょうひょう)とした顔だが、今日は少し早い時間だった。


「お早いですな、田中さん。丁度よかったですわ、ちょっとよろしいですか――」


「言え」


「急ですなあ。まあ、ええですけど」と笑いながら手帳を開く。


「古木の森に、代々の記録をつけてるエルフがおりますんや。八百年ほど記録を続けてる方で、

その方から問い合わせが来ましてな。『田中剛という人間について知りたい』と」


 田中の足が、わずかに止まった。


「俺を探している?」


「そうでんな〜。それともう一つ、田ノ里の件で——先代の異世界人の足跡を、その方が書き残しているとか。『剣を持たず、ただ土を耕して死んだ日本人がいた』という話を聞いてますんや」


 少しだけ間があった。石畳の上を荷車が通り過ぎて、その音が遠ざかっていった。


「……田所一郎(ハドソン)の記録か」


「名前まではわかりませんでしたが、そういうことかと。どうします」


「行く」と田中は言った。


「でんな〜、そう言うと思いましたわ! 報酬は情報の現物支給で——」


「タダか」


「タダです!!」


「よし」


 ショウがにやっとした。「今日、ギルドに寄る予定ありますか」


「ある」


「でしたら丁度ええですわ。Aランククエストの件で、ヨシコさんが——」


「ヨシコさんが何だ」


「いや、ヨシコさんちゃいますけどね……ギルド受付のリッカさんが待ってはるかもしれませんな」


 エリュシアが内心だけで呟いた。


 (ショウさんまでヨシコさんと言いかけました。この宿周辺全体が侵食(おか)されています)


******


 ギルドに入ると、リッカがカウンターの向こうでこちらを見つけ、書類を二枚持って立ち上がった。


「お待ちしていました! Aランククエストの正式受諾手続きが完了しました、田中さん」


「ヨシコさん、内容は」


「リッカです。——依頼内容は、王都近郊の古木の森周辺における魔物の異常発生(いじょうはっせい)の調査と討伐です。近隣の村から複数の被害報告が上がっており、B級パーティでは対応できないという判断でA級相当への依頼となっています」


「報酬は」


「基本報酬が三万Gです。ただし、討伐規模と調査報告書の質によって変動があります。それと——」とリッカが少し声を落とした。


「古木の森周辺には希少な薬草や魔物素材が多く分布していますので、素材の買取価格によっては大幅に跳ね上がります。過去の事例では十万Gを超えたケースもあります」


 田中が少し止まった。


「素材の買取込みで十万超えか」


「条件次第ですが、可能性はあります」


「素材は全部回収する。常識だろうが」


「……そうですよね、田中さんならそう言うと思いました」とリッカは帳面に何かを書いた。


「何を書いている」


「『素材回収の確率:一〇〇パーセント』という予測記録です」


「余計だ」


「善処します。では、受諾書にサインを——」


「ヨシコさん、ペンを貸せ」


「リッカです!! はい、ペンです!!」


 田中がサインをして書類を返した。


「一石二鳥だな」


「……何かと掛け合わせるんですか」と訊くリッカに、田中は「そうだ」とだけ答えて前を向いた。


 エリュシアが内心で静かに整理した。


 (Aランククエストと情報収集と、これから始まる神界調査が、今ひとつの『行く』に集約されました。この方は毎回こういうことを平然とやります)


 ネネが小さく言った。「……田中、たまに怖いな」


「そうか」


「褒めてる」


「そうか」


「ヨシコ! また来た時もよろしく頼むぞ」


「魔王様まで!! 私はリッカですってばあ!!!」


******


 ギルドを出た後、田中がエリュシアを呼んだ。


 人通りの少ない路地の入口に、二人だけになった。朝の光が石畳に斜めに落ちていて、どこかから焼いたパンの匂いが流れてくる。


「聞く」と田中が言った。


「……何でしょう」


「神界は何を隠している」


 短い問いだったが、その重さはエリュシアの足元に沈んでいくようだった。


「……何を、とは」


「フィオが別世界から送り込まれてきた。チートが同型だった。神界が複数の世界に同じ型の勇者を送り込んでいるとすれば、なぜか」


 返す言葉がすぐに出なかった。


「……私は、書類の末端処理係です。全体の設計を知る立場には——」


「知らないのか」


「……知りません」


「嘘じゃないな」


「嘘では、ありません」


 田中がエリュシアを真正面から見た。逃げ場のない視線だったが、エリュシアは目を逸らさなかった。


「じゃあ調べろ」


 その言葉が、どこか遠いところから届いたように聞こえた。


 (……調べろ、と言いました。私に。神界の書類を、規定の外に踏み込んで調べろと)


「……それは、規定外に——」


()()()()()()()


 沈黙が来て、田中はその中で静かに待っていた。


 エリュシアの頭の中を、二十三年分の書類が流れていくような感覚があった。田中二十二歳の夜のこと。三十一歳の三月のこと。二十三枚目の改善提案書が却下された記録のこと。全部、自分が処理していた。全部、全却下で処理していた。


 (……もう、知らないでは済みません)


「……調べます」


 声に出た瞬間、自分でも少し驚いた。言われたから動くのではなく、自分が動くと言った。それが今まで一度もなかったことに、言い終わってから気づいた。


「よし」と田中は言って、前を向いた。


 それだけだったが、エリュシアにはそれで十分だった。


******


 夕方、宿に戻ると神界からの転送光(てんそうこう)が一角に降りていた。エリュシア宛ての定期連絡とは光の色が違う。


 光の中から出てきたのは、背の高い女性だった。

 切れ長の目に眼鏡、白衣を着た実用的な装いで、書類を脇に挟んでいる。エリュシアとは異なり、余計な装飾がひとつもない。できるOLや病院の女医さんをイメージしてもらいたい。


挿絵(By みてみん)


 その人物はエリュシアを見つけると、特に表情も変えずに言った。


「久しぶりね、エリュシア。あなたの担当、神界で問い合わせ十七件来てるわよ。()()()の件で」


「……把握しています」


「何もしてないでしょ。顔に出てる」


 エリュシアの声が、わずかに一段下がった。


「把握した上で、優先順位を判断しています」


「判断の結果が十七件の放置ね。なるほど」


「カーヴェ」


「はい」


「なぜここに来たんですか」


()()()()()


転送光(てんそうこう)を使って通りがかりますか、普通」


「そっちの方が早いから」とカーヴェはあっさり言って、部屋の中を見回した。田中を見つけて一歩近づく。「あなたが田中? 聞いてたより小さいわね」


「お前もついて来い」と田中。


「……え」


「経費削減だ」


 カーヴェが少し固まった後、エリュシアを見た。


「……あ、これがエリュシアの言ってた——」


「言っていません!!」


「そうだっけ」


「絶対に言っていません!!」


 カーヴェの口の端が小さく上がった。エリュシアが前を向いた。その横顔がいつもより少し険しい。


 ネネが興味深そうに二人を見比べた。


「……エリュシアが珍しい顔をしている」


「してません」


「してる」


「してません!!」


 フィルナが横から「なかよしだね〜!!」と言った。


「なかよしじゃないです!!!」


 田中がカーヴェに向き直った。


「神界の書類に削除された部分がある、という話を知っているか」


 カーヴェの表情から軽さが消えて、実務の顔になった。


「知ってるわよ。技術記録の一部に、意図的に消された形跡がある。通常の廃棄とは明らかに違う消し方をしていて、誰がやったかまでは追えていないけれど」


「古木の森の記録者エルフが、その痕跡について情報を持っているらしい」


「だから行くの」


「そうだ。使えるなら来い」


 カーヴェが少し考えて、肩をすくめた。


「使えるなら行く。それだけで決める人ね」


「当然だろうが」


「……まあ、いいわ」


 エリュシアが内心だけで呟いた。


 (カーヴェも「まあ」で折れました。この宿に来ると全員「まあ、いいわ」か「わかりました」になります。何かあるんでしょうか、この場所には)


******


 夜が深くなってから、ネネが田中の横に来た。窓の外を見ていた田中の隣に、静かに立った。


「エリュシアが変わった気がする」とネネが言った。


「そうか」


「……お前が聞いたからか」


「聞いただけだ」


 しばらく沈黙が続いて、夜の街の音だけが低く流れていた。


「聞いただけで、人が変わることがある」とネネがやがて言った。その声には、誰かのことを思い出しているような静けさがあった。


「そうだな」と田中が答えた。


「……田中は、それを知っていたのか」


「知らなかった。ただ、聞く必要があった」


 ネネはそれ以上何も言わなかった。グラが田中の肩の上で小さく「グゥ」と鳴いて、また目を閉じた。


「常識だろうが」と田中が最後に言った。


 ネネが小さく笑った。


******


**その頃、神界では――**


 ウルダが書類の束を受け取った。


「カーヴェ・エイン・ルーシェより現地報告。王都に転送、田中剛パーティと接触。明日より古木の森方面へ同行予定とのことです」


「……転送光を通りがかりに使ったんですか、あの子は」


「はい」


「通りがかりに」


「はい」


 ウルダが一度目を閉じ、次にエリュシアからの一行報告に視線を落とした。


『本日、勇者の依頼により神界書類の自主調査を開始します』


 自主、という一語に、しばらく視線が止まった。


「……エリュシアが自主的に動いています」


「はい。規定外の調査になりますが」


「寛大に」とウルダが言った。「見守ります」


「寛大です」


「……本当に」


 部下が記録した。「本日:一回。ただし『本当に』が追加された。足の貧乏ゆすり:あり」


**※おじさん解説!**


 一石二鳥というのは昭和の現場では基本中の基本だ。

 一つの行動で二つの目的を同時に達成する。移動も仕事も情報収集も、重ねられるなら重ねろ。

 別々に動けば時間も金も二倍かかる。まとめれば半分で済む。

 Aランククエストと情報収集と神界調査を同時にやるのは節約の基本だ。

 素材は全部回収する。これも常識だろうが。


******


**神界業務日報 第26回**


 本日の特記事項。


 勇者に「神界は何を隠している」と聞かれました。


 「調べます」と答えました。言われたから動くのではありません。私が、言いました。


 カーヴェが来ました。通りがかりだそうです。転送光で。理由になっていません。


 「ヨシコさん」という呼称が本日も複数回使用されました。リッカさんが複数回訂正しました。魔王様も「ヨシコ」と呼びました。私の名前も似たような扱いを受けています。記録します。


 勇者が「行く」と言いました。いつもそうです。今日は、私も一緒に「行く」と思いました。声には出しませんでしたが。


 以上です。


******


**魔王の家計簿 第26回**


 Aランククエスト受諾。基本報酬三万G。素材込みで十万G超えの見込み。黒字が確定的だ。


 エリュシアの「調べます」の声がいつもと違った。何かが変わったと思う。どの項目にも書けないが、書いた。


 カーヴェという女が来た。エリュシアの声が一段低くなった。面白かった。


 ヨシコさんとリッカさんのやり取りを今日も聞いた。次は我もしつこく呼んでみようと思っている。

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