「使えるな、ゾルグ」
魔王四天王・第四席次――ゾルグ二世の三号が来た。
朝、王都の大通りに鎧姿の男が立っていた。使命感だけで立っていた。目の下にクマがある。どこかで見た顔の作りであった。
「我こそは魔王様の腹心——」
「おい、予算は」と田中。
「え」
「奪還計画の予算だ。いくらある」
「よ、よ、よ……」
「ない顔だ。使えない。帰れ」
三号が泣きながら帰った。
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昼、四号が来た。
「我こそは——!」
「計画書は」
「も、持っています!!」
田中が計画書を受け取った。一行読んだ。
「予算欄が空だ」
「これから計算する予定で——」
「論外だ。帰れ」
四号が泣きながら帰った。
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夕方、五号が来た。
田中の顔を見た。
逃げた。
田中が見送った。
「……噂が広まってるな」
エリュシアが内心で呟いた。
(五号が逃げました)
(逃げた方が賢いかもしれません)
(記録します)
******
翌朝。
王都の入口に、重厚な鎧をまとった大柄な男が立っていた。
鎧は立派だった。装飾が入っている。四天王の紋章が刻まれている。使命感だけで立っている顔をしていた。目の下にクマがある。服のどこかに土がついている。
田中が前を歩いていた。グラが肩の上にいた。
男が前に出た。
「待て、勇者! 我こそは——魔王ネクロス・ヘカテ・ネクロンザビア・エターナル・ヴァルディアス・クリムゾン・ネフェルナーク・アビス・ヴァルガリア・デス・イモータル・ネクロニア・ザ・エンドの腹心にして四天王第四席、ゾルグ・バルカ・ディ・フォルス・マグナ——」
「また二世が来た」とネネ。
「魔王様、二世ではありません!!本物です!!」
グラが「グゥゥゥ!!」と鳴いた。
田中の肩の上で羽を広げて、男を睨んでいた。
手乗りサイズなので威圧感は皆無だったが、目が本気だった。
「……翼竜に睨まれた」とゾルグが少し引いた。
「鑑定眼がある」と田中。
「翼竜に!?」
「使えるな、グラ」
グラが「グゥ」と嬉しそうに鳴いて羽を閉じた。
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ネネがゾルグを見た。
一秒だけ、何か言いかけて、黙った。
(……来たのか)
(来たのか、ゾルグ)
(……馬鹿め)
何も言わなかった。
ゾルグがネネを見た。
「ネネ様……! ご無事でしたか!! 今すぐ魔王城へ——」
「……うるさい」
「しかし——!」
「今は田中に用がある」
ゾルグが止まった。
(……田中に用、と言った)
(魔王様が)
(俺の奪還よりも、田中への用が先だと言った)
何かが、少し、ゾルグから抜けた。
******
田中がゾルグを見た。
「おいお前、奪還計画を持ってきたか」
「持ってきました!!」
ゾルグが書類を取り出した。分厚かった。何枚もあった。表紙に「第百十七次魔王奪還計画書・最終決定版」と書いてある。
田中が一枚目を受け取った。
二秒読んだ。
「予算欄」
「あります!! 今回は用意しました!!」
田中が予算欄を見た。
「三〇〇〇Gか」
「全財産です!!」
「足りない」
「え」
「王都までの移動費・滞在費・人員の食費・装備の維持費を全部足すと最低でも八〇〇〇Gかかる。三〇〇〇では半分も動けない」
ゾルグが止まった。
「……八〇〇〇」
「計算したか」
「……していなかった」
「だろうな」
ゾルグが俯いた。
「また……また計算を間違えた」
「間違えたんじゃない。そもそも計算していなかった。」
「そこに正座しろ」
「……はい」ゾルグは素直に従った。
(四天王が、それでいいんですか)
(魔王も当たり前のように見てますけど)
(あなたの部下ですよ、あなたの!!)とエリュシアは思った。
「違う。計算しなかったのは、計算するより先に動いた証拠だ」
ゾルグが顔を上げた。
田中が書類を返した。
「百十七回、書類を作った」
「……はい」
「百十七回、全部動いた」
「……全部失敗しました」
「そうだな」
田中が少し間を置いた。
「お前、今回の計画を立てるのに何日かかった」
「……三日です」
「何のために三日かけた」
ゾルグが答えた。即答だった。
「魔王様を取り戻すためです」
田中が頷いた。
グラが「グゥ」と小さく鳴いた。
「計算を先にやれ。それだけだ」と田中。
「……はい」
「次に来る時は予算から始めろ。報連相は基本だ」
「……報連相」
「報告・連絡・相談だ。昭和の職場の常識だ」
「……昭和、とは」
「気にするな」
田中が歩き始めた。
「使えるな」
それだけ言って、前を向いた。
ゾルグが止まった。
(使えるな)
(今、何と言った)
(使えるな、と言ったか)
(二世たちは「使えない」と言われていた)
(田中に会うたびに「使えない」と思われていた)
(今日も言われると思っていた)
(なぜ「使えるな」と言ったのだ)
(なぜ涙が出るんだ)
(なぜだ)
(敵なのに)
(なぜだ)
ゾルグが鎧の袖で目を拭った。
誰も見ていなかった。
ネネだけが、少し離れた場所から、後ろ姿を見ていた。
(……ゾルグ)
(お前は本当に、馬鹿だな)
(……ありがとう)
声には出なかった。
フィルナがゾルグの横にそっと来た。
「ゾルグさ~ん……!」
「……なんでもない」
「泣いてるよぉ?」
「泣いていない。目に塵が入っただけだ」
「両目に同時に入ったの?」
「……うるさい」
フィルナが少しだけ笑った。
「よかったねぇ~、ゾルグさん」
ゾルグが何も言わなかった。
(よかった、の意味がわからない)
(奪還は失敗した)
(計画書も突き返された)
(何もよくない)
(……なのに)
(なぜか、少しだけ、そんな気もする)
******
**その頃、神界では――**
ウルダが書類を見ていた。
「……第四席ゾルグ、単独で王都に移動。奪還計画第十七次、実施」
「結果を申し上げますと」と部下。「計画書を受け取ってもらえず、予算の再計算を指示されて帰路についています」
「……報連相、とはなんですか」
「田中剛が正座させたゾルグに言った言葉です。昭和の職場用語らしく……」
ウルダが目を閉じた。
「(四天王をせ、正座ですか)……寛大に見守ります」
「寛大です」
部下が記録した。「本日の主神寛大:通常の一回。やや疲れているご様子」
**※おじさん解説!**
報連相とは報告・連絡・相談の略だ。
昭和の職場では基本中の基本とされていた。(現代でもだ)
何かある前に言え。動く前に確認しろ。一人で抱えるな。
これを守るだけで七割の失敗は防げる。
守らないと三〇〇〇Gで動いて八〇〇〇G必要な現場に出ることになる。
ゾルグがそれだ。
これも常識だろうが。
******
**ゾルグ奪還日誌 第百十七回**
決意:今度こそ魔王様を取り戻す。予算も用意した。
実施:勇者に予算の計算が足りないと指摘された。
三〇〇〇Gでは八〇〇〇G必要な計画は動かせないとのことだった。
正しかった。
結果:計画書を持ち帰った。予算の再計算が宿題になった。
反省:報告・連絡・相談が先だそうだ。次回は計算から始める。
追記:「使えるな」と言われた。
二世たちは全員「使えない」と言われていた。
違いが何なのかは、まだわからない。
でも何かが違う気がして、理由もわからないまま泣いた。
記録しておく。
**神界業務日報 第24回**
本日の特記事項。
第四席ゾルグが王都に来ました。記録します。
翼竜グラが威嚇しました。田中様が「鑑定眼がある」と言いました。記録します。
「使えるな」という評価が出ました。
二世への「使えない」との差について、私も少し考えました。
理由は書けます。でも書きません。
以上です。
**魔王の家計簿 第24回**
本日の収支:変動なし。
ゾルグが来た。
馬鹿だと思った。
ありがとうとも思った。
どちらも言わなかった。
田中が「使えるな」と言った。
ゾルグが泣いた。
フィルナが「よかったね」と言った。
我も、少しだけそう思った。
どの項目に書けばよいかわからない。




