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異世界最強の節約勇者 〜神も魔王も全員、俺の財布の敵〜  作者: 勇者ヨシ君
第2章:仲間が増えるたびに、なぜか黒字になった

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「顔が死んでる」

 翌朝、温泉宿の飯は白米だった。


 田中が三杯食った。感情がなかった。


 アルスが「師匠、本日の筋トレ報告です!」と言った。

 田中が「よし、次はスクワット1万回だ」と言った。それだけだった。


 ネネが田中の横で飯を食いながら、何度か横を見た。何も言わなかった。


 エリュシアが内心で呟いた。


 (……今朝は機嫌がいいのか悪いのか、判断がつきません)

 (いつもそうなのですが)

 (今日は特に)

 (納豆がなかったからでしょうか......)


 グレインが飯を食い終わって立ち上がった。

「出るぞ」


「お前が仕切るな」と田中。

「……別に仕切ってない」

「そうか、ならいい」


 グレインが少しだけ間を置いた。


「……温泉、悪くなかった」

「そうだな」

「……それだけだ」


 フィルナがにこにこしながら聞いていた。

「グレインちゃん、なんか顔色よくなってるね〜!!」

「湯のせいだ」

「やっぱり湯のせいなんだ〜!!」

「そうだと言っている」


 (湯のせいです)

 (今日も湯のせいです)

 (永遠に湯のせいです)


******


 宿を出た。


 朝の山道は空気が冷たかった。霧が低く流れて、足元の石が湿っていた。


 田中が先頭を歩いた。グラが肩の上にいる。ネネがその横。エリュシアが少し後ろ。アルスとフィルナとグレインがさらに後ろ。


 フィオはいなかった。


 昨夜、縁側から見た時、石を磨いていた。今朝も宿に姿がなかった。朝のうちに先に出たらしかった。


 田中は何も言わなかった。


 (……早い)


 それだけだった。


******


 王都への帰り道、街道を外れた丘の上にフィオがいた。


 石を拾っていた。昨夜と同じだった。ただ場所だけが違った。


 田中が足を止めた。


 フィオが気づいた。振り向かなかった。


「……ついてくるな」

「別の方向に歩いてる」


 フィオが黙った。石を袋に入れた。立ち上がった。


 そのまま歩き始めようとした。


「……お前、いくつだ」と田中。


 フィオが止まった。


「……なぜ聞く」

「聞きたいから」


 沈黙が二つ分あった。


「十六だ」


 田中が少しだけ間を置いた。


 後ろで、エリュシアが止まった。アルスも止まった。誰も声を出さなかった。


「…………石でいい。無理はするな」


 フィオが振り向いた。目に力が入っていた。


「私をなめるな」

「違う」と田中。「石はタダだ」


 沈黙。


 フィオが田中を見た。田中がフィオを見た。


「……それだけか」

「それだけだ」


 フィオが視線を外した。石の袋を持ち直した。


「……余計なお世話だ」

「そうだな」


 田中が歩き始めた。


 フィオが少し遅れてついてきた。


 (……命令で動いてる顔だ)

 (二十三年、俺も同じ顔をしていた)

 (疲れた顔だ)

 (諦めている顔じゃない。疲れた顔だ)

 (それが一番、タチが悪い)


 何も言わなかった。


 言わなかったが、自然に歩幅を少しだけ(ゆる)めた。フィオが追いつける速度にした。


 フィオは気づいたか気づかなかったか、同じ速度で歩いた。


******


 後ろで、エリュシアが静かに歩いていた。


 (……見ていました)

 (全部)


 (二十三年分の申請書を、私は処理していました)

 (全部)

 (全却下で処理していました)


 (今の田中の顔を、私は二十三年分のデータで知っています)

 (知っているだけです)

 (声には出しません)

 (まだ、出せません)


******


 王都に戻ると、ショウが露店の前で待っていた。


「お帰りなさいませ。湯治の効果はどうでしたか」

「悪くない」と田中。「また行く」

「ほんまですか。宿の主人も喜びますわ」

「次は交渉する。複数名の割引を取る」


 ショウが少し目を細めた。


「……田中さん、休暇に行って帰ってきてすぐ値引き交渉の話になりますか、普通」

「次の準備が先だ。常識だろうが」

「なるほどなあ。あんさんは商売人やったほうがいいかもわかりませんな」


 アルスが小声でフィルナに言った。

「師匠は……旅行でも節約ですね」

「田中さんはいつでも田中さんだよ〜!」とフィルナ。


 グレインが腕を組んで言った。

「それが強さだろ」


 全員が少しだけグレインを見た。


「……なんだ」

「言いましたね、今」とエリュシア。

「言ってない」

「言いました」

「……聞こえてなかったことにしろ」


 ネネが小さく笑った。


******


 夜、田中が帳面を開いて今日の収支を書いた。


 温泉代:一五G。

 交通費:ゼロ(徒歩)。

 食事:込み。

 石:フィオが拾った分。タダ。

 収支:医療費削減分を考慮すると黒字。


 グラが肩の上で眠っていた。


 田中が帳面を閉じた。


 (……十六か)


 それだけ思って、明かりを消した。


******


**その頃、神界では――**


 ウルダが窓の外を見ていた。


 部下の神官が書類を持ってきた。


「田中剛担当・エリュシアより。本日の業務日報です」


 ウルダが受け取った。一行読んだ。


「……『特記事項:その後、少し間がありました』」


 もう一行読んだ。


「……『理由は書けません』」


 ウルダが書類を机に置いた。


「エリュシアは最近、『書けません』の頻度が増えていますね」

「増えております」と神官。「先月比で四・七倍です」


「……寛大に見守ります」

「寛大です」


 ウルダがもう一度窓の外を見た。


 (……あの女神が書けないことを、私も書きません)


 書類の端に何か書きかけて、止めた。


 ペンを置いた。


**神界業務日報 第22回**


 本日の特記事項。


 勇者が年齢を聞きました。


 相手は十六歳でした。


 その後、少し間がありました。


 「石でいい。無理はするな」と言いました。


 理由は聞きませんでした。


 特記事項:その後、少し間がありました。


 理由は書けません。


 本日はこれだけです。

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