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【完結御礼】思い出したら世界が終わる――過去の記憶を失くした転生魔法姫は、それを知らない  作者: 香坂くらの


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13/18

013 失敗作

2025年7月投稿開始で現在13話。とにかくエタ化を止める。


 「来い」


 それだけやった。

 リチャードは、もう振り返らへん。

 説明もないまま、一定の速度で歩き出す。


「……どこ行くん」


 聞きながら、半歩遅れてついていく。


「確認だ」

「また、それ……」


 ぼやく。それでも止まるわけにもいかず。

 足を前に前に出すしかない。


 マカロンが、わたしより少し前を歩いている。トテトテと。

 お尻と尻尾をせわしく揺らしながら、時おりチラリ、こちらを見つつ。


 ――導かれてる感じがちょっとイヤ。


 廊下は面白味なくまっすぐで長く。

 両壁は白。

 相変わらずの、一定の足音。

 3人とも無駄な動きをせえへん。


「……あれ」


 少し進んだ先で突如の異変が。


 床にかすかながら長細いキズ。

 壁の端っこに、消しきれてへん汚れ。


 まったく目立たんのに、やけに目につく。


「ここ、なんか……」

「外れだ」


 リチャードが答える。

 歩く速度は変わらへん。


「完全ではないものを集めている」

「……嫌な言い方」

「事実のみだ」


 あっさりと返される。

 ピタリとマカロンが停止。

 前足で床をトントンと二回、軽く叩く。


「……そっちは違うにゃ」


 横に逸れる通路を流し目に見てそう言う。

 リチャードは一瞬だけ視線を向けて、


「いいや。こっちでいい」


 迷いなく、惑いもなく進む。

 マカロンは肩をすくめるみたいに尻尾を垂らし、また歩き出す。


 ――なんやろ。


 ほんの少しだけ、空気がざらついた。


 さらに奥へ。

 人の気配が減る。

 足音も減る。


 それだけで――


 止まってる感覚が増える。

 時間がうまく流れてへん、みたいな。


「……ここ。あんまり人来えへんの?」

「その必要がないから」


 彼の返事は常に短い。

 前に、扉があらわれた。


 他と同じようでいて、少しだけ違う。


 ひたすらに重い。分厚い鉄製やから、そう判断がつく。

 近づいて手を伸ばす。


 ノブに触れようとして――その手が止まった。


 ……なんでか分からん。

 ただ一点、ここから先は「あかん」気がした。


「……なあ」


 思わず聞きとがめる。


「これ。何なん」


 リチャードは答えず。

 回答の代わりに、横に並んで。

 迷いなく、ノブを回した。


 ――カチ。

 と、

 乾いた音。


 ゴンゴンと金属音がこだまして扉が開く。

 手を引っ込めたままの姿勢で、わたしはその場に残される。


「入れ」


 振り返りもせずに言う。

 仕方なく一歩踏み出す。

 中に入る。


 部屋は広くない。異常さも特別感も無い。

 でも、空気が違う。


 ディクラスの得意な整い方が、ここだけ崩れてる。


 机が一つ。

 椅子が一つ。

 それだけやのに、どこか“散らかってる感じがする。


 原因はすぐ分かった。

 そこに、人がいた。


 座ってる。

 女の子。


 背は、……そんなに高くない。

 年も、……そんなに変わらん気がする。

 腰まである銀髪が、ノースリーブの白いワンピースの背中を隠している。


 ぱっと見は……、かなりの美人やが、いたって普通の人や。


 でも。なにか違う。

 まず、視線が合わへん。


 こっちを見てるようで、見てへん。

 どこか焦点がずれ、ずっとあらぬ場所を眺めている。


「……この子、誰?」


 小さく、聞いた。

 リチャードが隣で止まる。


「シンクハーフ」


 それだけ? それ以上の紹介は無し? それってこの人の名前……やんね?


「過去の事例だ」


 事例。

 またそんな言い方。思わず眉が寄る。


 その人――シンクハーフが、ゆっくり顔を上げる。

 動きがどうも、ワンテンポ遅い様子。


「……あ」


 口が開く。

 でも、すぐには続かへん。

 少ししてから、やっと声が出る。


「来たんだ」


 妙に軽い声が漏れる。

 温度がない。


「間に合った?」


「……な……何が?」


 思わず聞き返す。

 シンクハーフは、ほんの少しだけ首を傾ける。

 ぎこちない動きで。


「まだ、間に合うよね?」


 同じ言葉。

 少しだけ違う調子で、繰り返す。


 胸がざわつく。


「……何に」

「決まってるでしょ」


 ちょっと笑う。

 目は笑ってへん。


「――全部」


 空気がズンと重くなる。

 淡々と説明しだすリチャード。


「黒姫と同様の事象を経験した個体だ」


 失礼な物言いを聞きながら、視線はシンクハーフから離せへん。


「同じ構造。異なる選択」

「……異なるって」

「排除しなかった」


 排除しなかったと言い切る。

 それだけで覚る。


「……この人は。……助けようとしたんや」

「そうだ」


 リチャードが肯定する。

 シンクハーフがゆっくりと頷く。


「できると思ったの」


 まるで独り言のように、わたしでなく壁に話す。


「どっちも正しいって。分かってたから」


 その言葉を聞いて、心臓が一回強く跳ねる。


「だから。わたしは選ばなかった」


 ――。

 息が詰まる。


 それ。その選択。

 今のわたしや。


「少し待てば、うまくいくと思ったの」


 シンクハーフは、机の上を指でなぞる。

 同じ場所を何度も、何度も。


「誰も傷つかない方法があるはずだって」


 笑う。口元だけの。

 乾いた笑い。


「時間、あると思ってた」


 その言葉に、やけに重みが乗っかる。


「……結果は?」


 分かってるのに聞いてしまう。


 シンクハーフは優しかった。誠実な顔を作って考える。

 そうしてから、あっさり言う。


「全部遅かった。ぜんぶ。――遅かった」


 口の端っこに笑みを貼りつかせ、静かに。

 はっきりした語気で。


「世界も壊れた」


 ひとつ息を入れて。


「助けようとした子も。消えた。ぜんぶ、ぜんぶ。ぜんぶ。消えた」


 もうひとつ、息を吸ってから。


「それから、それから。わたしも、こうなった」


 やがて、寮の手で握りこぶしをつくって、壁を叩きだした。

 こうなった。こうなった。

 そう呟きながら。う、う、う、と息を吐きながら。


「……ちゃう」


 気づいたら、口が動いてた。


「ちゃうよ、シンクハーフ。それはやり方が悪かっただけで。決して間違ってない!」


 弁護しながら、自分でも弱いって分かりながら。


「もっと。ちゃんと考えたら――」

「同じこと言った」


 被せられる。

 シンクハーフがこっちを見る。

 初めて視線が合った。


「全部考えたよ」


 静かに。


「全部試した」

「……」

「でもね。時間は待ってくれなかった」


 まばたき、ひとつ。


「分かってたんだよ」


 ゆっくり吐き出す息。


「どっちも正しいって」


 彼女に一歩、近づくわたし。

 自分でも気づかんうちに。


「――だからね。わたしは選べなかった」


 目が逸らせられへん。

 喉が渇く。返事も出来ない。


 だってそれ、まんまやし。

 今の自分と同じやし。


「……ちがう。ちがうねん。わたしは――」


 わたしは、何や。

 言葉が出てこん。


 首を傾けたシンクハーフはちょっと悲しそうに笑った。


「それは同じ」

「え……」

「同じなの」


 否定したわけでも、責めてるわけでもない。


 横からリチャードが口を開く。


「つまり。お前の言っていることはこの個体と同じだ」


 逃げ道が完全に塞がれる。

 頭の中で、何かがぐるぐる回る。


 正しい。

 分かってる。

 でも、選べない。


 その先にあるのが――この子。同じ運命。


「……まだ」


 かすれた声が出る。


「まだ、間に合うやろ」


 ぴくりと反応したシンクハーフ。

 まだ話すとは思っていなかったんやろ。


「……間に合う? それホンキ?」

「うん。そうや。ホンキ」

「じゃあ、いつ決める? 今?」


 何も言えへん。


「それでも間に合う?」


 もう遅いか? まだ大丈夫か?


 ――分からん。知らん。

 判断つかんのに決めなあかん。


 シンクハーフは、ゆっくりと椅子に座り直した。

 視線がまた、少しズレた。


「……間に合った? まだ間に合うよね?」


 最初の言葉に戻る。ループするみたいに。

 一生そこから抜け出せへん世界に暮らす住人。そんな気がした。


 マカロンが足元で小さく鳴く。


「愚図いにゃ」


 短く鋭い一言。


 進めへんし戻れへん。


 そのまま、時間だけが過ぎていく。


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