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【完結御礼】思い出したら世界が終わる――過去の記憶を失くした転生魔法姫は、それを知らない  作者: 香坂くらの


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012 英雄などではない

一度消去してしまった今作の別展開。投稿前の下書きがまだ5話くらい残ってて物悲しい。


 ――さっきの、男の言葉がまだ頭の中で鳴ってる。


 【お前は、()()の代わりか?】


 軽口やない。

 重いわけでもなかった。


 ただ、確認したつもり……やったんやろ。


「……あれの? あれの代わりって? ……どーゆー言いざまなん」


 分かってあげながら、やのに、気づいたら口に出てた。


 部屋は相変わらず静かで、音が逃げへん。

 浮きまくりのわたしの荒げ声。


 向かいに立つ男――リチャードというらしい……は、ほんの少しだけ視線を動かした。

 それだけで「ああ。わたしの怒りをちゃんと受け止めてるな」ってのは伝わった。


「単に役割の話をした」


 短く返ってきた。


「黒姫がやっていたこと。その役目を、お前がやるのかどうか」

「……そんなカンタンに言うな」


 思わず声が強くなる。

 自分でも分かるくらい、子どもっぽい怒鳴り方や。

 でも、止まらん。


「処理担当? とか、代わりとか……人のこと、道具みたいに!」

「悪いが。事実しか話していない」


 被せられる。

 口調に変化なし。低くて、一定で、揺れがまったくない。

 それが逆に、いちいちきつい。


「黒姫は世界崩壊の要因を排除した」


 さっきも聞いた話が淡々と続く。


「結果、世界は保たれた」


 そこでいっかい、間。

 わたしの反応を待ってるんやなくて、区切りとして言葉を切っただけ。

 丁寧になぞるのは、彼なりに諭そうとしたつもりなんか?


「――本当に彼女は正しかったよ」


 その言葉の付け足しに、胸が少しだけ詰まる。


 ――そうやで! そんなん念押しせんでももう知ってる。

 マカロンにテストされたし、とっくに結果も見たし。

 分かってんよ!


「……うん。そやね」


 冷静さを保とうとするため、小さく頷くだけ。

 それに否定はできへん。そんなのしたら、あかん気がする。


 リチャード……さんは、それを確認したみたいに、ほんのわずかに頷いた。


「判断は適切で、おこなったことも正確。しかも、被害は最小限」


 一つずつ、並べ立てる。


「評価としては、優秀だ」

「……それだけ?」


 わざわざ聞き返す。くどいのは自分でも分かってる。

 この人にどんな答えを求めてるかって?。


 それ以上の言葉や。

 なのに。

 返ってきたのは、とてもあっさりで、冷え冷えしたものやった。


「ああ。それだけだ」


 迷いなく、余分なセリフもない。

 ほんの数度、首を傾ける彼。

 ここに来て、それが、この人の考えてる仕草かって、やっと理解できた。

 未熟な年下に対し、この人なりに言葉を選んでるんかって、ちょっぴり感じられた。


「他に何が必要だ?」

「……いや」


 不意を衝かれて言葉に詰まる。

 頭の中では、いろいろ浮かぶのに。

 うまく形にならへん。


「もっとこう……あるやろ」

「例えば?」

「……その、あの……何度も言いますけど、『苦しかったろうな』とか」

「苦しかった、か」

「『迷ったろうな』……とか」


 やっと出た言葉に、


「だから、それは関係ない」


 やっぱり、被せられる。

 間を置かへん。


「考えて見なさい。それらの言葉が何らかの結果に影響したか?」

「……それは」


 言い淀む。


「結局、黒姫がおこなった結果に影響していないなら、一切の評価対象にはならない。事後ならばなおさらだ」


 物静かな口調で言い切る。


 怒ってるわけやない。

 責めてるわけでもない。


 ただ、述べてるだけ。


「でもな」


 気づいたら一歩前に出てた。

 自分でも驚くくらい、身体が勝手に動いてる。


「そんなん言い出したら、なんも残らへんやん」


 少し上ずる。


「人やろ? 黒姫も」


 リチャードの視線は動かず。ただ、聞いてる。


 その聞き方、やけに大人な態度で。

 余計に、こっちが焦る。


「苦しんで、悩んで、それでも選んだんやろ」


 言いながら、自分の言葉の粗さに気づく。

 でも、止まらへん。


「それ、全部なかったことにしたら……」

「していない」


 遮られる。

 でも、さっきと違う。

 少しだけ、言葉を選んでる感じがした。


「彼女の存在そのものは否定していない」


 落ち着いた声で続ける。


「選択時の迷いなど評価に含めないだけだ」

「……同じやろ」

「違う」


 即答。

 ほんのわずかに目を細める。


「混同すると、判断を誤る」


 ゆっくりと話す。


「感情は、行動の動機にはなる」

「……」

「だが、結果の正当性を保証しない」


 その一言が重く落ちる。

 反論しようとして――止まる。


 黒姫の苦悩の心。それを認めさせたい……。

 それができへん。


 頭では、分かってるから。

 リチャードは、その沈黙を確認してから続ける。


「黒姫が特別だと思っているのは、お前の側の都合だ」

「……」

「やっていることは単純だ」


 淡々と、分解していく。


「状況を分析し、リスクを計算し、最適解を選んだ」


 まるで、手順を説明するみたいに。


「それだけだ」

「……それだけ、って」


 思わず、笑いそうになる。

 乾いた笑いや。


「そんな簡単に言うなや……」

「簡単だ」


 迷いなく、言い切る。


「少なくとも、構造は」


 そこで、ほんの一拍。


「むしろ難しくしているのは、事実を受け取る側だ」


 胸に刺さる。

 痛いとこをちゃんと刺してくる。

 子供のわたしに逃げ道は、ない。論理の言葉攻め。

 そうして【代わり】を押し付ける。

 大したコトないと。


「同じ条件が揃えば、同じ結論になる」


 続ける。


「再現可能だ」

「……誰でも、ってこと?」

「そうだ」


 迷いなく頷く。


「特別なのは状況であって、人間じゃない」


 ――ああ。


 完全に嵌められた。

 黒姫が、神のイスから転げ落ちる気がした。


 ただの人間。

 ただ、選んだ人。

 それだけ。

 だからお前もマネできると。


「……じゃあ」


 声が、少し掠れる。


「誰でもできることやったら、なんであんな……」


 うまく言葉が出てこん。

 でも、伝えたいことはある。


「あんなこと、できるんや」


 リチャードは、少しだけ視線を上げる。

 天井でも見るみたいに。

 考えてる、というより。

 整理してる。


「できる。誰でも」


 やがて、そう言った。


「必要なら」


 それだけ。

 それだけやのに。


 やけに重い。


「……嫌でも?」

「関係ない」


 即答。


「やる必要があるかどうかだけだ。その者に役目があるのかどうかだ」


 静かに言葉を切る。

 いちいち息が詰まる。


 分かる。

 全部、分かる。

 正しい。

 あなたの考え、実に論理的です。

 筋が通ってます。


 ――でも。


「……それでええん?」


 子どもみたいな質問やと思う。

 でも、他に出てこんかった。

 リチャードはチラリとわたしを見る。


 ほんの一瞬だけ。

 それから視線を戻す。


「『ええん』の定義による」

「……またそういう」

「曖昧な言葉を使うから、こちらも曖昧な答えになる」


 きっぱりと言われる。

 逃がしてくれへん。


 悔しくて唇を噛む。


 リチャードは、その様子を見ても、何も言わへん。

 ただ、続ける。


「正しかった」


 一拍。


「だから何だ? それだけだろう。何を悩み、愚図つく必要がある?」


 ――。

 もはや黙るしかない。

 リチャードは、それ以上は何も言わへんかった。

 必要な分だけ、終わった、みたいに。


 机の上のマカロンが、くぁ、と小さくあくびをした。

 前足で口元をちょいちょいと押さえてから、何事もなかった顔で尻尾をゆらす。


「……しかし、子供には厳しいにゃ」


 ボソッと言う。


「当たり前だ。現実的な話をしているからな」

「とってつけた夢のような説得も、ボクは嫌いじゃないにゃ」

「これは仕事。好悪の情は無く、冗長は不要だ」


 短いやり取り。

 それだけでこの国の慣習が実に良く分かる。


 ゆっくり息を吐く。


「……分かった。正しいのも、責務を果たすべきなんも、よく分かった」


 顔を上げる。


「でもな」


 そこで考えあぐねる。

 まだ、うまく言えへん。


 それでも。


「それだけやと、嫌や」


 出た言葉は、シンプルやった。

 理屈も、証明もない。


 ただの感情。

 リチャードは、それを否定せえへんかった。

 肯定もせえへん。


 ただ、わずかに頷く。


「そうか」


 それだけ。

 それ以上、何も足さへん。

 その足さなさが、やけに重い。


 うなだれるわたし。地面に目を落とす。

 答えはまだない。


 でも。

 このままやとあかんってことだけは、はっきりした。


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