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四十話:仙人、越西

人によっては蛇足

 俺は大陸の西生まれで、東のこっちじゃ越西と呼ばれる。東西を別つ山と砂漠は過酷で、わざわざ越えてくる物好きが少ないせいだ。


 俺が今いるのは深い川の中に築かれた城。こっちの人間たちが龍宮と呼ぶ場所だ。

 なんで川の中かって言ったら、山の城が壊れた時に昂覇王が施娘しじょうに聞いたせいだな。「天と水中どちらに住みたい?」って。

 で、施娘は「高い所は怖い」と答えた。そのせいで今じゃ水中暮らしだ。あいつ泳げないのにな。


「おい、施娘。手紙持ってきたぞ」

「あ、師匠。いらっしゃい」


 声をかけるとすぐさま振り返る施娘は、肩よりも短かった髪が結べるようになっていた。

 着ているのは動きやすく、華美さはないがいい布地の衣服。その価値に、きっと施娘は気づいてないんだろうな。

 施娘が着る服は昂覇王が揃えてると聞いた。

 まぁ、傍から見るとヤバいほどの溺愛だ。龍王が何やってんだって話だ。

 だが俺は、何も言うまい。馬に蹴られるのは勘弁だからな。

 ちなみに、今も龍王のくせに施娘のそばに昂覇王はいる。ちょっと無断で来たくらいで睨むなよ。


「なんだ、越西? 我が、己が住まいにいて何か文句でもあると言うのか?」

「いや、お前も所帯持てないタイプだと思ってたのになって思っただけだよ」

「ふん。貴様と一緒にするな、放浪癖のある奇人め」


 確かに俺は十年も同じ所に住まないたちだがな。

 自慢げに施娘の髪を弄りながら言うな。なんか腹立つ。

 施娘の髪が長くなっていくのが楽しいらしいってことは聞いた。

 この昂覇王は長命の龍の中でも変わり者だ。変化を楽しむという人間のような趣味を持ってたせいで、一度は周囲に馴染めず族を離れたほどだ。


阿鼓あこも久しぶりね。元気にしてた?」

「久しぶり、巫女さま。僕は、元気…………」


 俺の後ろにいた河鼓かこに気づいて施娘が近づく。当の河鼓は目隠し状態で一人では動けない。

 まだ内丹を鍛え中で、『狂愛の呪い』の影響を受けることがあるから、施娘と顔合わせることは禁じてる。

 それでも少しの会話はできるようになったのは、河鼓なりの努力の結果だ。


「話し込む前に、ほら。お前さんへの手紙だ」

「ありがとうございます! もっと返事は遅くなると思ってました」


 施娘への手紙は王太子妃からだ。俺が水中まで行けるからって、託された。本来は龍が外交ついでに配達をしているらしい。

 宮廷方士のままの河鼓の経過観察のついでに、俺も配達を頼まれることがある。王太子に使った解呪の霊薬の経過を診る用事もあるから、王太子妃にも会うんだ。

 あ、そういやもう王太子妃じゃなかったな。


「あ、太子さま、じゃなかった。国王さまがね」


 手紙を読んでいた施娘も、俺と同じ間違いをする。すでに王太子が正式に国王になっているため、元王太子妃は今や王妃だ。

 先王は病を理由に幽閉されてそのまま隠居。呪いのせいとはいえ、自分の尻拭いをしろと国の混乱を元王太子に治めさせることになった。


「また無茶して体調崩したって、春嵐が。春嵐も無理してませんでした、師匠?」

「呪いの間の記憶あるらしいからな。ま、じっとしてるより何かしていたい時なんだろ。国王も、王妃も」

「せいぜい足掻くがいい。人間の生は何ごとかを成すには短すぎる」


 昂覇王が罪も問わず王太子たちを帰したことにあまり異論は上がってない。

 ま、龍も戦い疲れてたんだ。遺恨を残さないことを選んだこいつの選択は正しいと思う。


「で、献籍けんせきは何処だ? あいつも診たいんだが」


 河鼓は宮城に戻ったが、献籍は施娘が預かってる。なんせ命令しなければ食事もしないほど体の自由が効かないから、施娘にしか任せられないってのが実情だ。


甄夫人しんふじんといるよ。空くん、呼んできてくれる?」

「ククー」


 甄真もここにいるのは、自ら望んでのことだ。再婚話を嫌がる身の上を、小さな分身越しに知ってる昂覇王が受け入れた。

 そしてその小さい毛玉は、一度獅子になったが今では戻ってる。

 どっちが本性か昂覇王もわからないらしい。

 ただあの小さな姿が昂覇王の一面だとしたら…………昂覇王のなけなしの可愛げなのかもしれない。


「どうしたの、空くん? あぁ、斉武官、河鼓さまがいらっしゃっています。こちらへ」


 返事はないが、献籍は甄真の声に反応してやってくる。

 施娘が甄真に従うよう命じたら、案外行けたらしい。ただし、昂覇王の言うことは聞かない。

 献籍は妖婦討伐の功労者として龍には受け入れられてるが、昂覇王は献籍の恋慕に気づいてて嫌がってるせいもあるんだろう。

 うん、この龍、心狭いな。


「斉さん、元気ですか…………?」


 河鼓は献籍の存在を確かめるように触れる。元王太子の件で呪われている間も記憶は残ることがわかったので、河鼓は会うと積極的に話しかけた。

 俺たちが来たことで賑やかになった場に、昂覇王は不機嫌そうな目を向ける。

 本当、独占欲強いな。族を捨てるように旅に出たこいつが、こんな悋気盛んだなんて龍たちも思わなかったろう。恋とは異なもの妙なものだ。

 しかも、河鼓と献籍と話す施娘の気を引くために、あからさまな手つきで頬を撫でる。

 んで、施娘は恥ずかしそう俯いちまった。


「…………そう言えば、なんで施娘は迫る野郎に靡かなかったんだ?」

『空気読めなのじゃ』

「泥人形が何言ってんだ」


 空気とかお前なくてもいいだろ。

 ちなみに、防御特化のお椀型から、今は元の丸い姿に戻ってる。場所取るんだよな、あのお椀型。


「野邪のいうとおりですよ。師匠、なんですかいきなり?」

「いきなりも何も、お前さんが昂覇王は意識してるから。元から人間の男に興味なかったのかと思ってな」

『これが己を創造した者だと思うと嘆かわしいのじゃ』


 施娘にまで頷かれた。

 なんで弟子にまで嘆かれるんだよ。普通に不思議に思うだろ?

 少なくとも施娘に言い寄った全員、顔はいい。俺は顔かたちこっちの人間の美的感覚とは違うから除外だがな。


「ふむ、越西の言い方は気に食わんが、我も気になる事柄ではある」

「え、昂覇王も? けど、うーん? 靡かなかった理由って、なんだろう?」


 どうやら施娘もわかってなかった。こいつ、おぼこいもんな。

 と思ってたら、甄真が推測を並べる。


「まず太子さまには王太子妃がいらっしゃったからでしょう。たぶんお友達がいいという人にも、施娘は興味湧かなかったんじゃない?」

「言われてみれば、そうかも」

「たまにいるのよ。自分一人だけがいいって子」

「ほう?」


 おい、いい歳した龍が嬉しそうにするなよ。

 そして河鼓は落ち着け。気が乱れてるぞ。


 俺は河鼓の額を突いて気の流れを正す。


「それもあるかもしれないけど、たぶん、普通に状況のせいじゃないかと思います。呪いのせいってわかってる好意を、利用するなんてできません」


 施娘なりに靡かなかった理由を言うと、河鼓が何か言いたそうに唇を噛んだ。

 ま、言いたいことはわかるが、また気の流れおかしいから額を突く。

 その後に、俺は河鼓の頭を撫でた。


「その悔しさやる気に変えろ」

「…………はい」

「献籍も、焦るならまず体の主導権取り戻してからにしろ」


 返事はないが、心が動くのを心胆を透かし見る術で覗いて確認した。感情が動くなら心も動いてるってことだ。

 健康、健康。


「用が終わったら帰れ、越西」

「まだ手紙の返事もらってねぇよ」

「あ、すぐ書きますね」

「いや、その前に金丹作りの経過見てやる」

「はい、師匠!」


 ついでに言えば、施娘は嬉しそうに返事をした。

 この笑顔が、俺は嫌いじゃなかった。だから『狂愛の呪い』の影響を受けて、普段しないような深入りをした。

 別にそれが嫌だったとかじゃない。こいつは生きる喜びの中にいるほうがいい。呪いの打開策がなく落ち込むよりも、好きなことして笑ってるほうが似合ってる。


 こんな笑顔が出てくるなら、今は昂覇王に預けておいていいか。

 なんて思って昂覇王を見たら、馬鹿みたいに睨んできやがった。


「男の悋気はみっともないぞ」

「邪推をするな、爺。お前も所帯を持ったらどうだ」

「まだお前だって持ってねぇだろ。だいたい、俺は性質上、結婚向かねぇの」

「そうなんですか?」


 施娘があからさまに興味の籠った声で聞き返してきた。


「恋人にするならいいけど、子供を作ることを考えると定住してほしいと言われたな」

「あぁ…………」


 既婚者の甄真が納得の声を上げる。やっぱり女性はそういうこと気にするんだな。


「師匠、恋人いたんですか!?」

「なんで驚くんだよ。長く生きてりゃいた時もある」

「こっちに来てからは一人もいないがな」

「ほっとけ!」


 昂覇王がうるさい。俺が東に興味を持ったのはこいつに出会ったせいもあるが、なんか出会った時に比べて丸くなってる気がする。

 昔はもっと飢えた目をしていた。他の龍との違いに腐って、住処を遠く離れて西に行こうとした渇望が、棘となって周りを威圧していた昔とは。

 飢えていたこいつを満たすのが、人間の少女だってのは大いに驚くべきことなんだろう。


「世の中わからんもんだ」

「師匠、気になる人がいるんですか!?」

「なんでそうなる」


 俺は興味を隠さない施娘の頭を押さえて、目の前の物を指した。


「お前は自分のことに集中しろ! なんだこの鉄屑!」

「鉄じゃありませんー! けど、勿体ないことしてるとは思います…………」


 落ち込む施娘を、昂覇王が慣れた動きで抱き寄せる。

 突然のことにも驚かず身を任せる施娘に、なんか慣れを感じた。


「全てそなたの物だ。好きに使え。足りなければ補充する。金丹完成は我も望むところ」

「それはそうなんですけど、際限なく与えられるのはちょっと、違うかなって」

「もっと甘えろ。そっちのほうが我は喜ばしいぞ?」

「え、えーと、その…………顔、近いです…………」


 今にも頬をすり合わせんばかりの施娘と昂覇王。

 おいおい…………何見せられてんだ、これ?


 まぁ、頑固で突き進む施娘には昂覇王くらいでいいのか? 旅の間だけでもわかりやすく傾倒していった献籍にも河鼓にも気づいてなかったしな。

 もしかしたら昂覇王に甘えられるようになったら、施娘にも愛ってやつがわかるかもしれない。


「乳繰り合ってないで俺の話聞けよ」

「ちちくり?」

「貴様、今時龍でもそのような言葉は使わぬぞ」


 そんな予感がしたけど、今は言わないでおこう。俺に不審物を見るような目を向けるな。

 ったく、勝手にやってろ!


お読みくださりありがとうございました。

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