八話 迷いの末に
「多大な犠牲だった……」
黒い短髪に褐色の肌の大柄な男が言った。
手に篭手をつけている。
「だが成し遂げた……」
金の長髪に、小麦色の肌の細身の女が言った。
手には杖を持っている。
「そうだとも、相棒を失いそれでもやりとげたんじゃ」
髭を生やした、いかつい男が言った。
鎚を肩にかけている。
「我らの使命はここで終わった」
鱗を生やした男が言った。
その手に持つの三叉の槍。
「しかし、既に我らには帰るだけの力もない……なぁどうする? ヒューミィ」
翼を生やした男が言う。
手にもつのは超大な弓。
ヒューミィと呼ばれた一人の女。
腰まで伸ばした銀の髪に紅い瞳。
神聖ささえ漂う彼女。
しかし、やりとげたという者たちの中にありながら、ただ一人だけ、静かに遠くを見つめていた。
「…………まだ終わって居ません」
そう言ってヒューミィは悲しそうな顔をした。
「何を馬鹿な、既に彼奴は封印した」
彼女の言葉に、杖を持つ女が驚き、眼を見開いた。
「そう、封印なのです……エルー。あれは倒せない、今の我らの力では、封印するのが精一杯」
ヒューミィは静かに語る。
「だが、しかし、欠けた我らに彼奴を殲滅する力はない」
拳を握りしめ、大柄な男は悔しそうに下を向く。
「オーギア……、悔しいのは俺も同じだ」
鎚をもった男が頷いた。
「せめて、相棒がいれば……生き残ったのは、お前の光竜だけだ。ヒューミィ……お前の力が羨ましいよ」
羽を生やした男はそう呟いた。
「俺の不死鳥なんざ……時を奪うものと……」
そう言って涙を流す。
「ハーリム……」
静かにヒューミィはハーリムの肩に手を置いた。
「いやいい、ただの未練だ。死んだのは俺の相棒だけじゃない。皆の相棒も……それどころか、十三人の内六人もやられちまった」
「彼らの犠牲あってこそ、我らは使命を成しえたのです……、喜びはすれ悲観する事はありません」
「わかっているさ……」
そう言ってハーリムは顔を伏せた。
「封印は容易く破れるものではない。ヒューミィは何を心配しているのだ」
鎚をもった男は不思議そうに問いかける。
「ドワンゴ、封印はすぐさま破れるという事はないでしょう、けれどもいずれ破れます……感じませんか? 今でも彼奴の力は生きています、そして徐々に増大している。仮に封印が敗れればその時この地は再び闇に閉ざされ、人は絶望の縁を彷徨うでしょう」
「ふむ……ではどうする?」
「人と番、我らが子をこの世界に残します……さすれば彼奴が目覚めても、子らが、その子孫がきっとこの世界を救うでしょう」
ヒューミィの言葉に全員が驚愕した。
「なんと……」
「神使たる我らが、人と子を成すなど……」
一人だけ、反論するのはエルー。
「しかし……、子を成し残したとしても、子孫だけで彼奴を倒せるかどうか……」
「ですから、この子も残します……」
そう言って、ヒューミィが眼差しを向けるのは金色の竜。
大地に寝そべり、気持ちよさそうに眠っていた。
「頼みましたよ……」
ヒューミィは、金色の竜をみながらただ一言、そう呟いた。
***
ルヴィスは眼を開ける。
夢を見た。
夢を見たと自覚した。
けれどもそれは、夢というには余りにも現実感があって、まるで自分で体験したかのような鮮明な映像だった。
「なんだったんだろう……」
思わず出たのはそんな言葉。
「どうしました主?」
突然声とともに目前に現れるのは女の顔。
ミナが、ルヴィスの顔を覗きこんでいた。
「おわっ、驚かすなよ」
「失礼しました」
ミナはそう言って頭を垂れる。
「ところで、ここ何処だ?」
ルヴィスはミナに抱かれており、所謂お姫様抱っこである。
ミナは走っているというのに揺れを感じさせずに、渓谷を下っていく。
「渓谷を北上しております……お疲れのようで、休める場所……人里へと足を進めています」
ルヴィスは思い出す、月氷華を見つけた事。
そして、その後ミナを見つけて、氷が溶けて。
ミナが不死族を全て倒した事。
そして。
「寝ちまったのか俺……」
ルヴィスはミナが不死族を倒した後、気絶するように寝てしまったのである。
「気絶のようなものですけどね、小魔力枯渇寸前でした」
「小魔力枯渇?」
「はい、魔法を使いすぎた時に起こる症状です……最もこれはミナのせいでも有るんですが……」
少しばかり申し訳無さそうにミナは語る。
けれども、ルヴィスは自分の体よりも、ミナの存在そのものが気になった。
氷の中で見た姿とは大分違うその姿。
まるで別人のようなその佇まい。
「ミナ……でいいんだよな?」
ルヴィスはそっと名前を呼ぶ。
するとミナは嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「はい。ミナとお呼びください主!」
「なんで俺が主なんだ? 後ミナは何なんだ?」
「なんでと、言われましても、主は主ですし。ミナはミナでございます」
ミナは困ったように眉を顰める。
「えっと、そういう事じゃなくてな……」
ニュアンスが伝わら無かったのか、結局ルヴィスの欲しい答えではなかった。
ルヴィスがどう言えばいいのか悩む。
「なんで、あんな所……氷の中に居たんだ?」
ルヴィスの言葉にミナは眉間に皺を寄せた。
「氷の中とは何のことでしょう……、ミナは呼ばれたから現れたのです」
「呼ばれた? 誰に?」
「もちろん主にです」
「俺が……?」
「はい」
ミナはそう言うもののルヴィスには心当たりはない。
あの時、ルヴィスがした事と言えば、水晶球に触っただけだ。
そして、気になった。
「あの時もってた水晶球は、何だったんだった?」
「水晶球……涙の事ですね」
「涙……?」
「ええ、涙です……きっと嬉しい事で流した涙です」
そう言ってミナは微笑んだ。
ミナの言う事は、要領を得ず、結局ルヴィスにはよくわからなかった。
「俺がその、涙? に触ったら、ミナが氷の中から出てきたんだけど……」
「私がですか?」
「うん」
ミナは不思議そうな顔をする。
きょとんと首をかしげた。
「あ、いいや、うん。わかんないなら別にいい。別に何か困る事でもないし……」
ルヴィスがある種あきらめにも似た境地に達した時だった。
ミナは唐突に足を止めた。
「どうした?」
ミナは鼻をひくつかせた。
鼻を鳴らし、まるで匂い嗅ぐかのような動作である。
ルヴィスも、釣られて匂いを書くが、少しだけ甘い香りがするだけだった。
ミナの香りであると気づいて、少しだけ顔が赤くなる。
そんなルヴィスとは対照的にミナは顔を顰めた。
「この先……渓谷をでた所に争いの匂いを感じ取れます……」
「争い? そんな事が解るのか……」
「はい、これは……僅かに不死族の匂いも交じります……」
ミナはそう言うと、険しい表情を浮かべ、渓谷の入り口のほうを強く睨む。
渓谷の入り口に居たのはシャルロット達。
ルヴィスの脳裏に浮かぶのは、恐らく不死族と戦っているのだろう、シャルロットの姿。
泣き顔が容易に浮かぶ。
ルヴィスは少し逡巡し、そしてミナに問いかけた。
「なぁ、ミナって不死族を魔法っぽいので倒してたけど、強いのか?」
「ミナは強いです、他のよりも強く作られました」
「他のって?」
「ラーシェとかフィナーシアとかピピンとかです」
恐らくは名前であろうそれ。
ルヴィスは眉を顰めた。
「……ミナの主は俺なんだよな?」
要点を確認する。
「はい!」
「俺の言うこと聞く?」
「もちろんです!」
ミナは喜悦満面でそう答える。
「……渓谷の入り口で不死族と戦ってるの俺の友達かもしれないんだ。助けて、手伝ってやれないかな?」
「それがご命令ですか……?」
「命令……うん、命令だ」
「わかりました!」
その宣言同時にミナから金色の光が溢れだす。
その光はルヴィスとミナを包み込む。
「なんだこれ?」
「障壁です。全力で走ります」
そう言うと、次の瞬間。
ミナは音を置き去りにした。
景色が目まぐるしく、変化する。
数分と掛からずそこに到着した。
余りの早さに驚きながらも、ゆっくりと地面をに降りる。
そして目前に映る光景に驚愕した。
散乱する不死族の死体。
それに混ざる男たちの死体。
結界式の準備をしていた者達だ。
その中で見知った人を見つけた。
「……ラデル!」
駆け寄るが反応はない。
四肢がなく、出血が酷い。
思わず漂う、血の匂いに吐き気がする。
「……何が? 不死族にやられたのか?」
周りを見やれそこに違和感。
渓谷に入るときには無かったはずの大きな石碑がそこにあった。
「……ルヴィス……」
その時声が、聞こえた。
ラデルが口を開いたのである。
「ラデル? 生きてるのか?!」
「……無事で……良かった……」
そう言ってラデルは微笑んだ。
安心したかのような表情だった。
「なんで、俺の心配してんだよ?! 自分の心配をしろよ!」
「……俺……平気……そのうち治る……」
「そのうち治るってそんな怪我で何言ってんだ!」
「……少し……眠る……」
「おい、ラデル! ラデル!」
ルヴィスの問いかけに答える事もなく、ラデルは静かに眼を閉じた。
頬を叩くも、肩を揺さぶるも、何をやっても反応しなくなった。
「なんだってんだ……」
当たりを見回せば、そこにあるのは骸ばかり。
「まさか、シャルも……」
悪寒がルヴィスの背筋をせり上がる。
辺りを見回しても、シャルの死体はない。
「シャルッ! 居ないのか!」
叫び駆けまわり、シャルロットを探す。
ふと、見回せば、大きな石碑の近くに神官服の人影が倒れていた。
「シャルっ!」
急いで走り寄る。
それは男のものだった。
「キートか……、このハゲも死んだのか……」
しかし、そうなるとシャルロットの姿が見当たらない事を不思議に思う。
「主……」
すると、いつの間に寄ってきたのか、ミナがルヴィスの側に居た。
「ミナ……、どうなってんだろうなこれ? 皆死んでるし、シャルロットは居ないし……わけわかんねーよ、これが不死族の仕業なのか?」
ルヴィスは半笑いで、混乱し、眼には涙を貯めていた。
「来ます……、お下がりください」
「来るって何が?」
その言葉に返答は無かった。
ミナは真剣な眼差しで空を睨むだけ。
ルヴィスも釣られてそれを見た。
はじめは小さな点だった。
だけどそれは、徐々にその姿を大きくする。
やがてそれは人型だと理解できる距離まで近寄った。
そして、軽い様子で着地した。
それは、赤い鎧を身に纏った、レイトだった。
違うのは、其の背には、二翼のまるで爬虫類のような翼。
そして、手に抱えた一人の女性だった。
「レイト……?」
「ルヴィスか……? 渓谷から無事出られたのだな……、先ほど見に行ったら居なかったのでもしやと思ったが……」
レイトはそういうと、翼をたたむ。
そして、ミナに首を向けた。
息を呑む音が聞こえる。
「団長殿……?」
そう呟いた。
その時、レイトの腕の中から声があがる。
「レイトさん、そろそろ降ろしてください。こうやって運ばれるのって疲れるんですよ?」
「申し訳ありません、アリシア様……」
「はやく結界石治して帰りますよ? まだご飯食べてないんですからねぇ」
何処か間延びした声で、ゆっくりとレイトの腕から降りるアリシアと呼ばれた女性。
緑色の神官服に、銀の癖毛、赤い瞳。
その背は低く十歳であるルヴィスより少し高いほど。
そして、ミナを見て眼を丸くした。
「クリス……? 違うか、でもよく似てますねぇ、でも騎士服? あるぇ?」
アリシアは眼を見開いたり、細めたり、いろんな角度でミナを見る。
注目されている事で気圧されたのか、ミナは眉根を寄せて一歩下がる。
「なぁレイト……」
そんな二人を尻目にルヴィスはレイトに問いかけた。
「どうした、ルヴィス……?」
「ここで何があったのか知らないか? 皆、死んでるんだ……」
ルヴィスは今レイトが空から来たりしたことよりも、この場の現状のほうが気になったのだ。
その言葉に、レイトはすこしばかり逡巡したものの、答えた。
「……ああ、自分たちの仲間が結界式を襲撃した、らしい」
「仲間……?」
――レイトは今なんと言った?
自分達がシャルロットを襲ったと、そう言ったのか。
「自分たちは十字教の、所謂教皇派と呼ばれる勢力なんだ。ここに居た者達枢機卿派とは敵対関係にあった……」
レイトが語る言葉は真実なのだろう。
嘘を言ってるふうには見えなかった。
なるほど、理解できよう。
シャルロット達も言っていた。
人不足の原因、活発になった教皇派。
敵対しているなら、殺し殺されるのもあるかも知れない。
「だから、殺したのか……?」
「……ああ」
ルヴィスの問いに短い答え。
理解できた、してしまった。
この現状を巻き起こしたのは、彼らだと。
それも、感情的に行ったわけじゃない。
敵対していたという理由があった。
しかし、ルヴィスにとってはそれは、友達が襲われた事でしかなく。
納得する事などできるはずもない。
ルヴィスの中に怒りが、抑えきれない激情が巻き起こる。
「なんだよ……それ……」
ルヴィスは打ち震える。
理屈など、どうでもいい。
ただ、その事実だけが、ルヴィスには許せなかった。
拳を握りしめた。
けれども、同時に思い出す。
レイトにも助けてもらった恩がある。
薬をもらい、話をした。
レイトがいなければきっと、自分は死んでいただろう事実。
故にルヴィスは、レイトを憎む事もできなかった。
握りしめたその手が、力を失う。
行き場の無い怒りが渦巻いた。
その時だった。
背筋を這いまわる、恐ろしいほどの悪寒。
思わず眼を見開き、見据えた先にそれは居た。
立ち上がり、その手に掲げる黒い大剣。
ラデルが、そこに立ち上がっていた。
ラデルが大剣を一振りした。
すると、大剣は根本から二つに割れて、片方は剣先を支点に直角になるまで移動する。
そこに現れたのは黒く歪な鎌。
通常の鎌と違い刃は真逆。
持ち手さえなければ、まるでそれはブーメランのような形に見える。
そして、その黒衣もあいまり何処か不吉な印象を抱かせた。
ラデルは鎌を、水平に振りかぶる。
人の体が其処まで曲がるのかというほど、鋭角な角度。
そして、弓の弦のように体をしならせる。
そして、それは放たれた。
瞬間、空気が震え、振動音が響き渡る。
けれど、それも一瞬。
何かを言う暇もない。
それは、瞬く間に跳んできた。
そして、それはアリシアに刃を向けた。
狙われた本人さえ、気づかない、そんな速度の一撃。
黒き大鎌はアリシアの目前へと迫っていた。
「ほえ?」
けれども、直後、いつのまにかレイトが其処に居た。
そのまま鎌に向かい抜剣。
「爆ぜろ! レーヴァテイン!」
発声と同時に剣を鎌へと叩きつけ、直後に剣が爆発した。
爆音が轟く。
粉塵で視界が塞がる。
粉塵が収まる頃には辺りには、激しく金属を打ち付ける音が響きわたっていた。
音の中心には、二人の戦士。
赤い鎧に、片手平剣を構えたレイト。
そして黒い大鎌を構えたラデルの姿。
先程は本当にただ寝ていただけなのか、その体に傷一つ有りはしなかった。
そして、その黒衣に黒髪、黒い大鎌。
それは不吉を連想させる。
「死神のラデルかっ……!」
レイトの顔が驚きに歪む。
死神……それは、ラデルに着けられた二つ名だ。
まるで、刈り取るようにその鎌で敵を殺すその姿。
畏怖と恐怖からつけられた、それは端的にラデルの姿を表していた。
絶え間なく聞こえる金属音。
レイトが剣をふれば、ラデルが下がる。
ラデルが鎌を振れば、レイトが受ける。
息をも付かせぬ攻防。
「…………」
ラデルは無言のままに鎌を振るう。
淡々と機械的に、情け容赦無く。
「はぁっ!」
反対にレイトは気合一声、力づくで全てを弾き飛ばす。
「燃え盛れ! レーヴァテイン!」
時折牽制のように、剣から炎を吹き出した。
二人の戦闘は激化する。
「なんか戦闘が……結界石を治すだけのはずなのにぃ」
アリシアは姿勢を低く、結界石へと駆けていく。
そして、ルヴィスとミナに向かって手招きした。
「危ないですよぉ~」
ルヴィスは躊躇したものの、結界石の影に入り込む。
ミナもそれに続く。
「なぁ……、あんた、アリシアとか言ったか?」
「はい、アリシア・スワンと言います。十字教で司教の地位を承ってます」
ルヴィスは司教という言葉に驚いた。
そして、貴族。
さらに言えば、派閥は違えどキートと同じ地位である。
少なくともルヴィスには、アリシアが少女と言っていい年齢に見えるのにである。
確かに驚くが、今驚くべきはそこではない。
「俺はルヴィス。なぁ聞きたいんだけど、なんで、ラデルとレイトは戦ってるんだ?」
ルヴィスは絞りだすように声をだす。
アリシアはちょっとだけ目を丸めた。
「あれ、レイトさんとお知り合いでしたか……?」
「渓谷で助けてもらった」
端的に語るルヴィス、けれども、それで大方伝わったのか、アリシアは頷いた。
「そうですかぁ……うーん、なんで、と言われてもですねぇ?」
アリシアは悩むように言葉を紡ぐ。
「敵だからじゃないですか?」
単純明快な答え。
けれども、矛盾を孕んだ答えでもある。
「敵なのか? 同じ十字教なのに……殺しあうほど?」
「敵ですね……少なくとも、枢機卿と教皇は敵対しています……ちょっと、失礼しますねぇ。私も私の仕事をしないといけませんし」
そう言って話を切るとアリシアは結界石へと向き直る。
「これが、ここの結界石ですかぁ……国守の結界石と少し違うけど、大体同じですかねぇ」
そう言うと、アリシアの右手の甲に十字の光が浮かび上がる。
アリシアの手のひらから淡い光が溢れだす。
アリシアはその光を結界石へと当て始めた。
「もう殆ど治ってるじゃないですかぁ……あれ、なんですかねぇこれ? 解毒で治りますかねぇ?」
アリシアの左右の薬指に新たな光が灯る。
一分もしないうちにそれは終わった。
「あるぇ?」
そして、それは起こる。
結界石に罅が入った。
瞬間、広大な魔法陣が空へ展開。
そして崩壊を始める。
魔法陣が欠ける度に、結界石もまるで同調してるかのように罅を増す。
そして、……砕けた。
「うひゃ」
木っ端微塵、まるでそこには何も無かったかのような清々しさだ。
「……あるぇ?」
だらだらと冷や汗を流すアリシア。
「隠れる所が無くなっちゃいましたねぇ……」
「お前が消したんじゃ……」
「さて! お二人はどうします? 見たところ十字教の関係者ではなさそうですが」
ルヴィスの言葉を断ち切るように、アリシアは言葉を放つ。
「どうするったって」
ルヴィスには、何をすればいいのかわからなかった。
いろんな事がありすぎて、握りしめた拳を何処に降ろせばいいのか、わからなくなってしまったのだ。
ミナを見ると、不思議そうな顔をする。
ルヴィスは悩み、考えた。
なぜ、自分がここにいるのか、そして……答えた。
「俺は、家に帰る……元々十字教に関係ないし」
事実である。
そもそも本来ルヴィスがシャルロット達と行動を共にしたのは、偶然。
都合が良かっただけである。
本来の目的は、母のために月氷華を取りに来ただけなのだ。
「そうですか。貴方は?」
アリシアはミナに問いかけた。
「ミナは主の命に従うだけです」
そう言ってミナは、ルヴィスへと歩み寄る。
守るかのように前に立った。
「主ですか……侍従さんですかぁ? それとも騎士……なんて」
そう言ってアリシアは、ミナを見て、何処か懐かしげに、けれども寂しげに微笑んだ。
「さて、私もあちらを少しお手伝いしないと……」
そう言うとアリシアは懐から小さな鐘を取り出した。
軽く振るうと済んだ音色が響き渡る。
雪の上を駆ける音が聞こえ、そして、それは現れた。
「白鬣狼……こんなに……」
そこに現れたのは無数の白鬣狼達。
それもルヴィスを襲ったものよりも数段大きかった。
思わずミナが身構えるが、アリシアがそれを制した。
「大丈夫ですよぉ、皆私のペットです」
アリシアはそう言うと、一際大きな白鬣狼の耳に口を寄せた。
「黒い方、敵です」
呟き、そして、その大きな白鬣狼の鬣を撫でた。
途端に咆哮。
直後に周りの白鬣狼達が、ラデルとレイトに向かって駆け出した。
ラデルとレイトの戦いに飛び込んでいく。
「では、私はこれで。行きますよシェーンブルン」
「ヴォウッ」
短いやりとり、そして、アリシアも自らも、シェーンブルンと呼ばれた白鬣狼に跨がり駆けていく。
ルヴィスはそれをただ呆然と見送った。
「なぁ、ミナ……」
「どうしました主?」
「俺はどうしたらいい?」
「どうしたらというと?」
ルヴィスの問いに、ミナはきょとんと首を傾げた。
「俺はラデルも嫌いじゃないし、レイトにも恩がある。だから、どっちにも生きてて欲しいんだ、だけど、ラデルとレイトは敵同士なんだ、でも俺は部外者で、でもシャルも居ないし、キートも死んじまった、これ以上知り合いが傷つく所なんて見たくなし、だから、だけど……」
そこから先は震えて言葉にならなかった。
けれども、ミナはそんなルヴィスをみて、優しく微笑んだ。
「主はお優しいのですね。ミナの主なのですから、当然なのですけど」
ルヴィスにはそれが、慰めなのか、驕りなのか判断が付かなかった。
「俺は優しくなんかない、ただ嫌なだけだ」
ルヴィスはそう吐き捨てた。
そして、ミナを見据えた。
ルヴィスの脳裏に過るのは、ミナのすさまじいまでの身体能力。
そして、動く骨達を貫いた、その魔法。
ルヴィスの力で彼らを止める事はできない。
けれどもミナならば、止められるかもしれない。
藁にも縋る思いで、ルヴィスはミナに問いかける。
「ミナ……お前ならあの戦いを止められないか?」
「それが、ご命令とあらば、ミナは従います」
ミナは粛々と頷き、ルヴィスを見る。
「頼む」
ルヴィスは即答する。
「承りました……けど……その」
ミナは了承したが、少しばかり言いよどむ。
「なんだ?」
「少しばかり小魔力を、お分け頂きたいのです」
「小魔力を?」
「はい、この地は先ほどの石のせいで、大気に満ちる大魔力が希薄なのです。ミナも色々と小魔力を使いすぎましたので、些か戦闘を行うには小魔力が足りないのです」
小魔力とは、己の内在する魔力である。
本来大魔力の呼び水として使うその魔力。
しかし、大気の大魔力が少なければ必要となる小魔力の量が増加するのも当然だ。
故にこの地は今魔法が使いにくい状態になっているのである。
故に小魔力が欲しいという、ミナの言葉は必然だった。
「俺はいいけど、でも小魔力を分けるなんてどうすればいいんだ?」
了承こそするが、ルヴィスにはそんな技術は扱えない。
そもそもルヴィスは正式に魔法を習ったわけではないのだ。
神の言葉が解るから、たまたま娼館で聞きかじった単純な魔法を使える。
ただそれだけなのである。
小魔力の扱いだなんて、細かい事はまったくもって解らないのである。
「主は、そのままで……」
「え?」
ミナはそう言うと、少しだけ屈んでルヴィスの顔を両手で抑えた。
二人の視線が交錯する。
ミナはそっと目を細めると、その綺麗な顔をルヴィスへと近づける。
ルヴィスは目を見開き、動揺し、離れようとするが、既に遅く。
ミナはルヴィスのその唇に、己が唇を合わせたのである。
接吻である。
粘液の交じり合う音が響く。
ミナの舌がルヴィスの舌を絡めとる。
まるで吸い付くように、求めるように、ルヴィスの口内を蹂躙する。
ルヴィスの顔が真っ赤にそまる。
ルヴィスとてそれが、そういう行為であるという事は理解している。
娼館の女が客とやっているのを見たこともある。
だが、知っているのと体験するのとでは些か重みが違ってくる。
ルヴィスの思考は色々な者をすっとばして、真っ白になった。
けれども、それは訪れる。
ルヴィスの力が抜けていくのだ。
ルヴィスは自身の意識が朦朧としていくのを感じ取った。
「あっ……」
そこまで行って、やっとルヴィスは開放された。
目も虚ろに、へたり込む。
ルヴィスはものすごい倦怠感に襲われていた。
「大丈夫ですか、主?」
気遣うミナの優しげな声。
けれども、ルヴィスは気恥ずかしくて、ミナを顔を見ることが出来なかった。
「大丈夫だ……」
ルヴィスはそっぽを向いて答えるが、対照的に何事も無かったようなミナの態度に少しだけ戸惑った。
「行って参ります」
そして、ミナは戦場に向かって歩き出した。
結界式の戦闘シーンはカットされました(*´ω`*)
一話以上使う上に、カイエナさんが非道に無双するだけでしたので。