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古の従者の再誕  作者: nanodoramu
一章 月氷華《げっひょうか》
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九話 遥か高み




 凶刃が振るわれる。


 空間をなぎ払うかのような一撃。


 黒き大鎌は、命を刈り取らんと振るわれる。

 振るわれる度に聞こえるのは、世界の嘆き。

 切りつけた傷から黒き光が浮き上がり、光は全てラデルへと吸収される。


 冷徹に、淡々と、その大鎌からは連想出来ないほどの洗練さでラデルは鎌を振るう。


 だがある意味、得物の魂を奪わんとする、死神の所業に映る。


 しかし、凶刃に対するのは、炎の輝き。


 レイトのその剣から発現するのは炎の奇跡。

 己が魂を燃え上がらせんがごとく、剣は輝きをまし、赤く光る。


 本人さえ苦しむ程であろうその高熱。

 けれども、それを苦せず、レイトは炎を放つ。


 触れれば、全てが浄土と化す。

 一撃一撃が必殺のその威力。

 恐ろしいまでの高温だ。


 そして、死神さえも手をこまねくその鎧。


 紅い、朱い、竜の鱗。

 直撃こそないものの、その鎧に傷はない。

 否、傷ができる様から修復される。

 まさに活力の顕現とも言える力である。


 さらに、その背にあるのは、二翼の紅き翼。

 縦横無尽に空を駆る。


 レイトは人ではない。

 竜人(ドラゴニュート)と呼ばれる、人と竜の混ざり者(ハーフ)である。

 

 過去、エフレディア王国に存在した竜騎士団。

 四竜騎士団が一つ赤竜騎士団が団長ファーフニル・エルトス。

 そして、その愛火竜、ローランの間に生まれた。


 紅き竜人(レッドドラゴニュート)


 その力、人の領域に留まるものではない。


 そして、その剣、聖剣レーヴァテイン。

 エルトス家の家宝にて、最強を関する炎の聖剣である。

 

 故に、機動力、防御力、攻撃力、何においても、ラデルがレイトに勝てる要素は存在しない。


 本来ならば、だが。


 しかし、ラデルも既に人ではない。


 十字教、一部の僧兵には特殊な力が授けられる。


 聖痕(スティグマ)と呼ばれる、神の奇跡。

 神の奇跡を賜り僧兵は聖騎士(パラディン)へとその身を昇華する。


 聖騎士(パラディン)になったものには、最低でも三つの力が約束される。

 悪意ある魔法を防ぐ聖痕(スティグマ)

 己が身を再生する事ができる聖痕(スティグマ)

 そして、人を超える身体強化。


 聞いてみれば、素晴らしい力である。


 だがそれだけでは、本来レイトと打ち合う事すら難しい。

 なぜなら、それほどまでに竜と人の差が大きいのだ。

 例えそれが、竜の力が半分だけであろうとも。


 だが、ラデルの力はそれだけではない。

 ラデルは既に聖騎士(パラディン)さえ超えている。

 

 否、聖騎士(パラディン)とは進む道が違うのだ。


 ラデルの体は既に暗黒騎士(ダークロード)

 暗黒騎士(ダークロード)とは聖騎士(パラディン)になった末に、道を違えた者達だ。


 暗黒騎士(ダークロード)聖騎士(パラディン)不死族(アンデット)の力を付与する、究極の禁忌。


 付与された不死族(アンデット)で性能が変わるが、ラデルが付与されたのは処刑人(エグゼキューショナー)と呼ばれる中位不死族(アンデット)


 処刑人(エグゼキューショナー)は、処刑場に現れる不死族(アンデット)だ。

 処刑されたものの恨みが、処刑人を生み出し、仲間を増やそうとすると、そう言われている。


 その姿はまさに、今のラデルそのもの。

 ぼろ布のような、黒い服に、大きな鎌を持つ。

 その能力は、切りつけた所から、傷を広げ、命を奪い、命を使い己が体力を回復させる力である。

 まさに一種の永久機関。


 しかし、竜の鎧は、それすらも防ぐ。

 幻獣の王たる、竜の鱗。

 その性能はあらゆるものを凌ぐ。

 魔法を弾き、剣を通さない。

 そして何よりその回復力。

 並大抵の傷では瞬く間に治癒してしまう。


 紅き竜人(レッドドラゴニュート)であるレイト。


 聖騎士(パラディン)を超えた、暗黒騎士(ダークロード)であるラデル。


 この二人が戦えば、決着など付きはしない。


 互いに互いの性能が相手を超えられない。


 レイトの炎はラデルには効かず。

 ラデルの鎌はレイトには届かない。


 竜人(ドラゴニュート)であるレイトの体力は無尽蔵。

 また不死族(アンデット)の力を取り込んだラデルも無限に近しい体力を誇る。

 

 終わることなき、永遠の演舞。

 思わずそれを想像してしまう。


 けれどもそれは、第三者がいなければの話である。


 打ち合う二人を囲むのは無数の白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)達。


 ラデルへと次々と襲いかかる。


 とはいえ、ラデルにとって白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)など有象無象にすぎない。

 いくら体が大きくなろうとも、その一撃でもって殲滅する事は容易い。


 死したその骸から、溢れだす黒い光はラデルに吸い込まれる。


 むしろ、ラデルの力が僅かに増す結果となる。


暗黒騎士(ダークロード)って本当嫌いですぅ……」


 アリシアはその目に涙をためて、戦況を見る。

 増援として送ったはずの白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)達。

 アリシアの持つ調教の聖痕(スティグマ)によって捕まえた、シェーンブルンの子供たちだ。


 本来アリシアは戦闘向けではない。

 後衛型の聖騎士(パラディン)だ。

 本来己が身を守るために、手に入れた獣達。


 命の巫女の数は多くない。

 その必要性からアリシアは何度もその生命を危険に晒してきた。


 教皇(ホープ)派と枢機卿(カーディナル)派が袂を分かちはや十年。

 枢機卿(カーディナル)派にとってその価値は跳ね上がった。


 聖痕(スティグマ)は本来聖騎士(パラディン)になる時その身に宿る。


 十年前の戦争。

 聖騎士(パラディン)になる儀式に必要な道具。

 真なる聖杯と呼ばれる、魔法道具(マジックアイテム)教皇(ホープ)派が持ち去った。


 今いる新しく聖騎士(パラディン)になった者達は、真なる聖杯を使った儀式で聖騎士(パラディン)に成った者達ではない。


 枢機卿(カーディナル)が容易した偽の聖杯で聖騎士(パラディン)になった者達だ。


 けれども、其の聖杯で聖騎士(パラディン)になった者達からは命の巫女は生まれなかった。


 そもそも、ほとんど自然発現しない治療系の聖痕(スティグマ)

 それだけでも希少性が高いのだ。


 だというのに結界石のせいでその価値がさらに跳ね上がる。


 結界石。

 十二使徒教圏内の国に存在する。

 文字通り結界を生成する石である。


 結界の効果魔物を生まれにくくする力、及び魔物の活性化の抑制。

 これがなければ、国は魔物で溢れかえるといっても過言ではない。

 

 特に、枢機卿(カーディナル)派の命の巫女は悲惨な運命にある。

 結界石の治癒が間に合わなければ犠牲になるのは、其の身である。


 そう、結界石の材料は命の巫女である。


 現在十字教と世間に認知されているのは、枢機卿(カーディナル)派である。

 故に教皇(ホープ)派は、そこに一切の介入をしなくなった。 


 そのために、枢機卿(カーディナル)派は命の巫女を得ようと、実験や、既存の巫女を攫うべく行動していたのである。


 故に、アリシアは何度も其の身を狙われた事がある。

 それこそ、暗黒騎士(ダークロード)にも。

 

 暗黒騎士(ダークロード)は現在枢機卿(カーディナル)派の最大戦力だ。

 その辺の聖騎士(パラディン)では歯も立たない。

 

 襲撃の度、犠牲になるのは、仲間や愛しいペット達。

 アリシアが嫌いになるもの無理はない。


 とはいえ、教皇(ホープ)派とて無闇に邪魔をしたいわけではない。

 結界石が壊れれば、被害を被るのは力なき罪なき民。


 無体に民の被害のでるような事になれば教皇(ホープ)派の信用も地に落ちる。


 そのため、今回アリシアはレイトに連れられて治しに来たのだが。


「カイエナ様でも殲滅しきれないとか、嫌ですねぇ……」


 アリシアの脳裏に浮かぶのは男装の麗人。

 信託の聖人、カイエナ・レオンハルト。

 彼女の強さ現存する大司教(アークビショップ)中、最強と云われる。

 それでも、殺しきれなかったのだから、ラデルも相当な者である。


「まぁ時間稼ぎですけどねぇ……」


 戦場を見つめるアリシアの瞳には余裕があった。

 戦場で時間稼ぎをする理由など多くはない。


 ほとんどの場合が援軍を待つ場合。

 つまり、これもそういう事である。


 教皇(ホープ)派の本拠地は空にある。

 空中都市マチュピーと呼ばれる、航空要塞。


 アリシアとレイトはそこからここに降り立ったのだ。

 つまりそれは遥か上空に仲間たちが居るということに他ならない。


 いかにラデルが強くとも、所詮は一人。

 これだけ騒げばすぐにこちらの増援がやってくる。


 だから時間を稼げばいい。


 そう思っていた。


 だというのに、それは起きた。


 一陣の突風。


 アリシアは思わず目を瞑る。


 そして、目をあけて驚愕した。


 あろうことか、先ほどまで戦っていた二人は、完全に地に伏していたのである。

 

 そして、それを成したのは、明らかにそこに居る女。


 悠然と佇むミナである……。


 アリシアはただ呆然として、それを見て居るしかなかった。



***



 ミナは黄金の光を纏い、二人を地面へと叩き着けた。


 まさに、一瞬。

 何を考えさせる暇もない。

 

 瞬きよりも早くそれを成した。


「ぐっ……」


「……がっ……」


 大地が砕け、凹むほどの強さでたたきつけられた二人。

 常人なら即死であろう、その衝撃。


 しかし、動けはしないがレイトは呻くだけ。

 ラデルも同様に、四肢は砕け、一部がもがれる、一応は生きている。


 とはいえ、基本的な丈夫さの違いが此処で現れた。


 しかし、明らかにラデルのほうが重症であるが、既に再生を始めているのか、その体はまるで時間を逆廻しのように復元していく。


 けれど結局、二人共衝撃で動けないのか、静かに其の身を横たえている。

 ミナはラデルを見て、レイトを見て、レイトのほうへと体を屈める。

 レイトの兜をゆっくりと外すと、少しだけ面白そうな顔になる。


「誰の赤子か、ミナは嬉しいぞ?」


 そして、レイトの顔に己が顔を近づけ。

 接吻(キス)をした。


「んっ……」


 鼻を摘むのは愛嬌か、レイトは少なくとも呼吸ができない。

 長い長い接吻(キス)だった。


 レイトの顔が赤くなり、白くなり、やがて青くなる。


 ルヴィスから小魔力(ポリ)を貰った時と同じ方法だ。

 違いといえば、手加減をしてない所である。


 接吻(キス)が終わる。


 だらんと力なく投げ出されるレイトの体。

 もはやぴくりとも動かない。


 ミナはレイトとは逆に、とても充実した表情だ。

 ミナ満足気に立ち上がれば、そこには鎌を構えたラデルの姿。


 満身創痍、そう見える。

 けれども、鎌から黒い光がラデルに流れ込む。


 その度、ラデルの傷は修復される。


不死族(アンデット)か、本当なら消し飛ばす所だが、ミナの主に感謝するがよい」


 不遜ともいえる態度、ミナは両手を組んで仁王立ち。

 けれども、何処か堂に入る。


「……主……誰?」


「そういえば、まだ今世の名を聞いて居なかった。ミナとした事が迂闊な事を……赤毛で凛々しい少年である」


 ミナの行動、言い分、ここにいる面子を考えて導き出される答えは一人だけ。

 

「……ルヴィス……?」


 ラデルがそう言うとミナは満足気に頷いた。


「そうか、主の名前はルヴィスというのか、良い名前である。これは後で直接お名前をお聞きしなければなるまいて……さて不死族(アンデット)、ついて来い」


 そう言うとミナは背を向けてルヴィスの元へ一直線へ歩き出す。

 先にあるのは白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)の警戒網。

 それすらも気にしない。


 ラデルも、しばらく考えこむものの、やがてミナの後を歩き出す。


 これに驚いたのは、アリシアだ。

 アリシアからみれば、唯一の見方であるレイトが一方的に倒されたにすぎないのだから。


 身構え、白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)達も警戒する。


 けれども、そんな警戒の中を、二人は気にもせずに歩いて行く。


 それも其のはずで、ラデルにとってすら白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)など取るに足りない存在だ。


 それを、ラデルや、ラデルと同等の戦いを繰り広げていたレイトを瞬時に倒してしまう程の力を持つミナからすれば、塵芥にも等しいであろう存在だ。


 塵芥に警戒する事などありえない。


 近寄ってくる、恐怖。


「エフレディアよ……」


 十字教が崇める、神の使徒。

 十二使徒が一人、エフレディア。


 信心深いわけでもない、アリシアではあるが、この時ばかりは祈らずに居られなかった。


 ミナが一瞬だけ、アリシアを見た。


 見られただけで、息が詰まる。

 冷や汗が溢れだし、呼吸が荒くなる。

 心臓は恐ろしいほどに音を鳴らす。


 一歩一歩確実に近づいてくる。


 感じるのは恐怖。

 圧倒的な差。


 アリシアは己が死を覚悟した。


 ミナはそのままアリシアへ近づき……通り過ぎた。

 ラデルさえも、横を抜ける。


 二人が通り過ぎたとき、アリシアは思わず、前に倒れこんだ。

 そこに感じるのは白鬣狼(ホワイトメーンウルフ)の白い鬣。

 首を守るためのその鬣は、とても固かった。


「クゥン……」


 情けない、恐怖に怯えた声。

 けれども、おかげでアリシアは我に返る。


 そして、自分を守るために其の背に乗せてくれていた、シェーンブルーンに感謝した。






***




「主! 止めてきました! 褒めてください!」


 先ほどまでの雰囲気は何処へやら。

 ミナはまるで飼い主に甘える飼い犬のように、へたり込むルヴィスに擦り寄り、抱きついた。


「ああ、ありがとう。ミナ」


 ルヴィスは面くらいながらも、礼を言う。

 けれども、ミナは不満気に、頬をふくらませた。


「もっと、褒めてください!」


「ああ、凄いよミナ」


「そうだけど、そうじゃなくて!」


 嬉しいやら、不満気やら、ミナの表情がころころと変わる。

 相変わらず、意味の解らないミナの言動に、ルヴィスは辟易する。


 するとミナは一旦距離をとり、ゆっくりとその頭をルヴィスへと差し出した。


 まるで何かを期待するかのようなその行動。

 

 ルヴィスは何となくミナの頭を撫でた。


「ピギャッ」


 不思議な声を出しながらも、ミナは気持ち良さそうに目を細めた。

 どうやらルヴィスの行動は行動は正解だったようで、ミナは満足気である。

 気づけばどうやっているのか、まるで猫のように喉を鳴らしていた。


「……ルヴィスの……使い魔?……」


「使い魔? ミナが?」


 使い魔とは、契約によって、人の下僕になる者の事を示す。

 契約の証に、使い魔は特殊な力を手に入れる。

 主は使い魔の力を使えるようになる。

 使い魔は主の小魔力(ポリ)を永久的に分けられる。

 けれども、多くは小動物で、魔物や幻獣となると話は違う。

 基本的には自分より実力の低いものでなけば使い魔にすることなど出来はしないからだ。

 それに仮に魔物や幻獣を使い魔にしても待っているのは絶大な小魔力(ポリ)消費。

 身を滅ぼす覚悟がなければ、それは現実的ではない。


 故に、現存する使い魔のほとんどは、小動物。

 せいぜい、目や伝令として使用するのが一般的である。


 故に人が使い魔になる事などあり得ない。


「ミナは使い魔なのか?」


「いいえ?」


 ルヴィスの問いにミナは即答。


「違うって……」


「……そうか……、……帰る……?」


 ラデルの冷静な提案。


 ルヴィスは思いの外、拍子抜けする。

 戦いを止めた事を怒ると思っていたからである。

 

 ルヴィスとて皆の死に思う所はあるが、あえてほじくり返すことはない。

 今は皆傷ついている。

 休養が必要だ。


 とはいえ、レイトやアリシアを殺したわけじゃない。

 いつ襲われるかもわからない。

 故にまずは、安全な場所を探すことが急務である。


「そうだな、キレビアに帰ろう。レイトが起きる前に……ミナ、行くぞ」


 そう言うと、ルヴィスはミナを撫でるのをやめて立ち上がる。


「ああん……」


 不満気に声をあげるミナ。


「どうやって帰る?」


「……呼ぶ……」


 ラデルが口に手を当て、口笛を吹く。


 すると、何処に居たのか、二角獣(バイコーン)が二頭寄ってきた。


 ラデルは片方の二角獣(バイコーン)に跨がり、ルヴィスに手を差し出した。


「……前乗る……」


「ああ」


 ルヴィスがラデルの手をとった時だった。


「ミナは?!」


 ミナが非難の声をあげた。


「……そっち……乗れる……」


 もう片方を示すラデル。

 ミナは渋々と、その二角獣(バイコーン)にまたがった。


 その時二角獣(バイコーン)が緊張したかのように、ぴくりと震えた。


「これならミナが主を前に乗せます、不死族(アンデット)は先導しなさい」


 そう言って、ルヴィスに手を伸ばすミナ。

 ルヴィスは仕方なしにミナの手をとった。


 ラデルは少しだけ、寂しそうにすると、二角獣(バイコーン)の手綱を握る。


「……行く……」


 こうして、三人はキレビアに向かい、走りだした。






***


 



 十字教教皇(ホープ)派が総本山。

 航空要塞、空中都市マチュピー。


 マチュピーにのみ許された大神殿。

 その大神殿、会議室に、彼らは集まっていた。

 二人の女性に二人の男性。


 そんな中注目を集めるのは二人の女性。


 一人は上座に座る金の刺繍を施された法衣を着こむ、若い女性。

 銀の髪に赤い瞳。

 気強そうな、其の瞳には、力が篭り、一人を見つめていた。

 十字教が第一階位、教皇(ホープ)と呼ばれる最高指導者である。


「申開きはあるか?」


 そしてもう一人。

 言葉の先にいるのは男装の麗人、カイエナ・レオンハルト。


 今はただ静かに跪く。


「今回ノ、部下ノ不始末、如何様ニも処罰を受ける所存であります」


 紡ぎだされるのは慇懃な言葉。

 其の目からは涙さえ溢れている。


「ほう? 部下が勝手に行ったと?」


「任務ノ失敗ニ責任を感じ、独断で結界式を襲撃……、私達が向かう頃には既に、結界は解かれており……」


「その部下は何処へ消えた?」


「重圧ニ耐え切れず、自害致しました……」


 涙を流し、さも、悲しげに語るカイエナ。

 何も知らない者が見たのなら、確実にその言い分を信じるであろう。


 カイエナ自身も必ず騙せる確信するほどの、演技である。

 事実、周囲の他の者など、其の目に涙を貯めて死した仲間の行動に胸をうつ。


「そうか、よく解った、カイエナ・レオンハルト。お主に沙汰を下す」


「ハッ、謹ンで受ける所存(しょぞン)ニございます」


「半年の禁固刑及び部隊の凍結を言い渡す」


 その言葉に周りがどよめいた。


「猊下、それは余りに軽い沙汰では……」


 教皇(ホープ)の後ろの居た一人の男が言い放つ。


「構わぬ。カイエナ下がれ」


 けれども、教皇(ホープ)はそう続ける。


「猊下ノご裁決、誠ニ有難き……」


「下がれと言うておる」


 教皇(ホープ)の言に何かを感じ取ったのか、カイエナは引き下がる。


「では、私はこれニて……」


 そう言うと会議室を出ていった。


「猊下……、カイエナの横暴を許すのですか?」


 先ほど教皇(ホープ)の判決に文句を言った男である。


「……奴の虚言など端から信じてなどおらぬ。しかしだ、結果的には枢機卿(カーディナル)の手下どもを減らせたのだ、命の巫女を奪い、反射のキートを討ち取った。成果としては申し分ない」


「しかし、結界が成就されなければ、無為の民に被害が……」


 教皇(ホープ)の言葉、しかし、男は引き下がらない。


「本来ならば、枢機卿(カーディナル)の手落ちなのだがな……原因がこちらであっては外聞が悪い、だが既に命の巫女(アリシア)を派遣した、すぐにでも治すであろう」


 そこまで言って男は初めて、引き下がった。

 軽く頭をさげ、元の位置……教皇(ホープ)の後ろへと戻る。


 教皇(ホープ)は顔は椅子に腰を掛けた。

 鼻息を荒くし、冷たい視線をその男へと向けた。


 不満気に言い放つ様子から実に本位ではないことが伺える。

 教皇(ホープ)は、気を落ち着けようとゆっくりと呼吸し、前を見る。


 カイエナが退出したことにより、この会議室にいるのは教皇(ホープ)を含め三名。

 秘書であり、教皇(ホープ)の指南役でもある男、司教(ビショップ)のグーデン。


 そして、その銀の髪を腰まで多靡かせ、厳しい顔をして座っている男が一人。

 騎士服と呼ばれる服を着こみ、その上から鋼の鎧を着込んだ男。

 

 この男こそ、十字教における第三階位。

 三人いる大司教(アークビショップ)のうちの一人。

 忘却の騎士、ドルク・セファンである。


「ドルクよ、お前も思う所があるのだろうが、ここは堪えてくれぬか? 今カイエナが使えなくなるのは大勢に響く」


 無言なドルクに対し教皇(ホープ)も少しばかり気をもんだ。

 カイエナの行動に対し、ドルクは腹を立てているだろうと思ったからだ。

 義に熱い男。

 それが、ドルクである。


 けれども教皇(ホープ)の言葉に、ドルクは身動ぎ一つしない。

 その瞳を閉じ、腕を組み厳しい顔で座っていた。


「っ……、食べきれねぇよ、くわっしゃ」


 特に意味を持たない小さな呟き。

 それは、属に寝言と呼ばれるもの。


 教皇(ホープ)の額に青筋が立った。


「どいつもこいつも……プレミスに関しては、参りもせぬ……こんな奴らが我らの最大戦力だというのか……」


「猊下……気を確かに……」


 よろよろと、覇気をなくす教皇(ホープ)をグーデンが慰めた。


「すまんな、グーデン。お主にはいつも迷惑をかける……」


「猊下……それは言わない約束でしょう……教皇(ホープ)たるもの弱音を吐いてはなりませぬ……人の上に立つものとは、そういうものなのです、ゼオル様は決して弱音など吐きませんでした」


 ゼオルという名前を聞いて、教皇(ホープ)は姿勢を正した。


「父上か……、あの人を喰ったような爺に負けるわけにはいかんな……嘆いている暇があればできる事をするか」


 教皇(ホープ)は気を取り直し考える。

 そして妙案を思いついた。


「修復の報告を待つのも手間だ、直々に私が見てやろう」


 同時に、其の目に光が宿る。

 赤い瞳に浮かぶのは十字の白い光。


「このような細事で千里眼をお使いに……」


「なに構わぬ……報告を待つよりは良い」


 千里眼……聖騎士(パラディン)の力である、聖痕(スティグマ)のうちの一つである。

 発動させれば目に様々な効果を付与する聖痕(スティグマ)だ。


 遠視、透視、暗視、未来視など……。

 今は遠視と透視だけを発動させる。


 遥か下方を見据える。


 そして、はじめは悠々としていた教皇(ホープ)だが、その表情は驚愕に彩られ、赤くなる。


「なぜ少年少女が逢瀬を……」


 教皇(ホープ)の目に映るのは、ミナがルヴィスに接吻(キス)する映像。

 教皇(ホープ)は思わずその手を頬に置き、目を見開き注視する。


「猊下……?」


 男の言葉に我に返る教皇(ホープ)


「なんでもない、なんでもないぞ?」


 教皇(ホープ)は否定するように慌てて手を振った。

 けれども、その目は男を見ておらず。

 その映像を見続けた。


「なんと……」


 けれども、視界からミナが消える。


「ど、何処だ?」


 思わず探す、そして見つけた。

 レイトの兜を外し無理やり接吻(キス)するミナ。

 

「お……、両方、両方行けるのか? あの武骨者のレイトが腰砕けになるほどか? なんといぅ……」


 それ以外の事が目にはいらなぬ程、教皇(ホープ)はミナの行動に熱中していた。

 気づけば頬を赤くそめ、目を潤ませている。


「む? 暗黒騎士(ダークロード)……まさかコヤツも一緒に、なんてはしたない……まさか!」


 連れ立ち歩き出す、二人を見る。

 歩く先にはアリシアの姿。


「まさか……アリシアまでも毒牙に掛けようというのか……?」


 教皇(ホープ)の妄想が止まらない。


「猊下?」


 けれども二人は、アリシアの横を抜けていく。


「なんだ、無視か……、少し見たかったのだが……」


 言ってる間にも三人は、二角獣(バイコーン)に騎乗し、去っていく。


「猊下?」


「なんじゃ、帰るのか。少しもの寂しいような……」


 そう言うと、教皇(ホープ)はため息をついた。


「猊下!」


「おわっ、なんじゃい、叫ぶでない。グーデン」


 慌てた教皇(ホープ)がグーデンを叱りつけた。


「結界石はどうなったのでございますか!」


「ええい、今見ておる、そう急かすな……」


 グーデンの台詞に思い出したかのように教皇(ホープ)は慌てる。

 すぐさま視線を結界石があるべき場所へ向ける。


 千里眼は魔力の流れすらも追うことができる。

 なれば、結界の起点である結界石の場所などすぐに見つかる、はずだった。


 だというの、いくら視線を彷徨わせてもそこには何も無い。


「……無いぞ?」


 呟かれたその言葉。

 グーデンは、怪訝な眼差しで教皇(ホープ)を見つめた。


「猊下……?」


 グーデンが凄みを効かせて、再び教皇(ホープ)に問いかける。

 怯み喚くように、教皇(ホープ)は叫ぶ。


「ええい、私の見間違いではない、本当にないんだ! 結界石が!」


 その言葉に驚いたのは、残る一人。


「無いとは、いかなる事でしょう?」


 寝ていたはずのドルクである。

 ちゃっかり会話に加わっている辺り、いい性格をしている。


「文字通りだ……ドルク。何が起きたか聞き出さねばならぬ、迎えをだせ、アリシアとレイトを回収し、対策を練る! 急げ!」

 

 教皇(ホープ)の声が会議室へと響き渡った。

 



 


 

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