十一話 奇縁
ペサリアに到着してはや一週間。
ルヴィス達三人安全な場所を確保した。
旅行者が泊にしては貴族ほどとは言わないが、そこそこの宿である。
柔らかなベットに、滋養のある食事。
おかげでララルルの体調はゆっくりと回復に向かっている。
そして季節は本格的な冬に突入しており、街は外界とは隔絶された。
神殿からの追手の気配はない。
少なくとも春まで心配はいらないだろう。
順風満帆とは言いがたいが、それでもそこそこの生活はしていけた。
だがしかし、ここでルヴィス達にそれが襲いかかったのはある意味当然の出来事だった。
ルヴィスは、その日は朝早くから宿の食堂でそっと一人で悩んでいた。
悩みの原因はその手にもつ小さな巾着。
ルヴィスの財布である。
軽い金属音が聞こえるが、けれどもそれだけだ。
「金がない……」
深刻な顔をして、悩む。
言われてみれば当然の帰結である。
ルヴィスは金など月氷華の採取のために殆どをつぎ込んだ。
ララルルも病床で蓄えは殆ど無い。
氷の中にいたミナがお金をもっているとも思えない。
三人もの生活費となれば、それ相応の額が消えていく。
ましてや観光地でもあるペサリアは物価がそれなりに高い。
キレビアよりも三割増しである。
さらには、宿の値段だ。
それなりの宿というのはそれなりの金額が消えていくものだ。
馬車で半日程の距離というのに、どういう事なのだろうかとルヴィスは憤った。
本来ならばもう少し、一ヶ月くらいは余裕で持つはずであった。
一応鉄貨が五枚も有ったのだ、半銀貨と同額だ。
本来鉄貨一枚あれば、三人家族ならば二ヶ月は生活できる金額である。
だというのに、一週間しか持たなかった理由は二つある。
一つは先ほどあげたように物価の違い。
これは仕方がない。
割り切るしかない。
「主。一人で行かれる時は声をお掛けくださいと言っているではないですか」
とここでルヴィスに声がかかる。
階上から聞こえた声はミナのもの。
ミナが部屋から宿の食堂へ降りてきたのである。
「ああ、忘れてた。悪い」
ルヴィスの謝罪にミナは少しだけ不満気に頬を膨らませた。
「母さんは?」
「まだ本調子じゃないそうで、今日は寝ているとのことです」
けれども、ルヴィスに質問されれば素直に答え、ミナは静かに席につく。
途端に厨房が慌ただしくなる。
「主、朝食を頼んでも?」
「ああ、食えよ……」
「はい」
ルヴィスの何処か諦めたような声。
反対にミナは不満な顔はをしていたミナは満面の笑顔でテーブルにあった呼び鈴を鳴らした。
「はい、ご注文は!?」
途端にまるで、待ち構えていたかのように走りこんできたのはウェイターの男性だ。
鼻息荒く問いかける。
「黒パンを二十個と咲魚のフライを七人前、雪羊のロースト三人前、暴れ豆のサラダ特盛りで、あと赤葡萄酒を三本」
メニューを見ながら、口早に注文する。
「はい、ただいまー!」
威勢の良い返事と共に駆けて行く、ウェイター。
ルヴィスの財布が軽くなったもう一つの理由がこれである。
ミナの食費である。
注文の量からしてもおかしいのだ。
軽く見積もっても十人前は超えている。
毎食この調子ではそれは財布も軽くなるというものだ。
「朝からよく食うな」
ルヴィスの呆れた声が飛ぶ。
「はい! 美味しいものが多いのでとても嬉しいです!」
「そっか……よかったな」
なんでそんなに食べるのかとか、朝からそんなに食べて平気なのか、とか金額とか気にしないのとか、葡萄酒とか飲むのかとか、ルヴィスはそんな野暮な事は言わなかった。
思うだけで、顔を引き攣らせて見ているだけだった。
「お待たせしましたー!」
すぐさま大量の食事が運ばれてくる。
ろくすっぽ待ってなど居ない。
厨房のほうも恐ろしい速度で料理を作り運んできた。
円形のテーブルにはすぐさま料理が山になる。
ミナの口からよだれが滴り、物欲しそうな目でルヴィスを見た。
ルヴィスはミナに犬耳と尻尾が付いたような幻視をする。
ルヴィスはなんとなく穏やかな気分になった。
「いいよ、好きに食べて」
その言葉が切っ掛けだった。
「ありがとうございます!」
ものすごい勢いで食べていく。
けれども、その勢いにしては綺麗な食べ方である。
きちんとフォークとナイフを使って丁寧に食べている。
ミナの服はララルルの私服を拝借している。
少し露出の控えめな白いワンピースだ。
おかげで貴族に見えない事もない。
もっとも、テーブルの上の積み上がる皿の数を見なければ、という注釈がつく。
ミナの食事の量をみてルヴィスはため息を付いた。
これで昨日稼いだ銅貨も消えるだろう。
現在ルヴィス達は日雇いで食いつないでいる。
ルヴィスとミナ二人で染色工房での、染め布の水洗いだ。
布を染色したあとは冷水で洗う必要がある。
専用の小川で水荒いするのだが、小川は生憎と結界の外から流れているのである。
これが氷が浮くほど冷たいのだ。
これがなかなかのハード業務である、実際ルヴィスも手あれがかなり痛む。
しかし、実入りも悪くない。
貴族たちも逗留する避寒地だからか、服飾店も多く、布や染色の需要が多いのである。
なぜかミナは手あれ一つ起こさず、楽しそうにやるのでルヴィスはなんども羨んだが。
おかげでペースが違うのでミナの歩合はルヴィスの五倍はある。
ともあれ殆ど食費に消えるのだが。
春にはペサリアからさらに西に逃げなければならないのだ。
そのために金が必要であるのに、これでは金がたまらない。
食欲旺盛なミナを横目に見やり、ルヴィスはため息まじりに思案する。
その手には仕事の斡旋所で手に入れた求人情報の書かれた藁半紙。
「大規模な魔物狩りか……狩人と荷物持ちか……炎魔法使い歓迎……」
一番収入の多い仕事である。
最近活性化している魔物を間引くというものだ。
ペサリアの結界が封鎖するのは雪だけなので、魔物については人力で処理するしかないのである。
狩人の収入は獲物にもよるが、やはり命の危険が伴うためは普通の仕事とは比較にならない料金だ。
ルヴィスは横目でミナを見た。
思い出すのはミナの強さ。
ラデルとレイトを一蹴した能力。
ミナならば、その辺の魔物くらい造作もなく狩る事は可能だろう。
けれども、ルヴィスは首を振り、その考えを否定する。
あまり目立つことはしたくない。
本来魔物狩りに女など居はしないのだ。
そんな中ミナを連れていけば、目立ってしまう。
おそらく十字教に目を付けられている状況でそれは避けたかった。
となると、ルヴィス一人で行くしかないだろう。
幸い荷物持ちも募集している。
狩人程ではないが、やはり命の危険があるためか高収入には違いはない。
とはいえ子供をやとってくる保証もない。
「行くだけ行ってみるか……俺炎魔法少し使えるしな」
ルヴィスは藁半紙を丸めると、服のポケットへとねじ込んだ。
***
「子供の仕事じゃないのよねぇ」
ここは斡旋所の受付だ。
話だけでもと思い担当の女性に聞いた結果。
ルヴィスは断りの言葉をもらう事と成った。
「荷物持ちでもいいんだけどー」
一応は懇願してみるものの。
「ダメなものはダメ」
取り付くしまもない。
「なんで、駄目なんだよ?」
とりあえず理由を聞いてみるが帰ってきた答えは予想だにしないものだった。
「坊やは小さすぎるかなぁ……」
「はぁ?!」
確かにルヴィスは同年代に比べれば平均よりも小さいと呼べるだろう。
そして、華奢でもある、女装すれば女の子と言ってもばれないほどに。
「十歳でも普通はもうちょっと大きいわ。狩人になりたいならもちょっと大きくならないとね。そんな体じゃ荷運びにだって使えないわよ」
どうやら体格が問題のようで、ルヴィスとしては多少気にもしている事であるが、事実ではあるので反論はできなかった。
けれども、事実だからといって言われた本人からしてみれば腹が立つものだ。
「けっ」
悪態をつくルヴィス、しかし女性は気にした風もなく問いかける。
「前あのお姉さんと一緒に紹介した染色工房の水洗いの仕事はどうしたの?」
前というのはすでにルヴィスがここには来たのは二度目であるという事だ。
「ミナはまだ続けてるけど、あれじゃ足りねえんだよ」
「結構いい歩合の仕事よ? なんで蓄えができないのかしら」
女性は不思議に思ったのか、目を丸めて問いただした。
「母さんの治療費が……」
思わず出たのはそんな言葉。
素直にミナの食費と答えても信じられるわけがない。
母の事をだした事に少しだけルヴィスは罪悪感を抱き、沈黙した。
受付の女性はは沈黙をどうとったのか気まずそうに頭をかいた。
「そう、それじゃ仕方ないわね」
そして、難しい顔をして一枚の藁半紙を取り出した。
「そもそも坊やでもできる仕事で金払いがいいところなんて、そうそうないんだからね」
言いつつルヴィスに藁半紙を押し付けた。
「これは……?」
「貴族様の侍従……ここは避寒地でしょ? 貴族様も結構来るんだけど本来家から侍従を連れてくるもんなんだけど、何かしらの理由で欠員が出ると現地で一時的に人手を募集することもある、そうするとこうやって避寒地にいる間だけの人手を募集するのよ」
「給料いいな……」
明細は日に銅貨八枚とある。
これはミナが日に稼ぐ分の約三倍近くある。
「当然よ。依頼主はアポストルテ子爵と言ってね、西の国と貿易を営む大諸侯でもあるのよ……」
「へぇ」
大諸侯と言われてもルヴィスはピンと来ない。
そんなルヴィスを見て女性は何かを察したように、小さくため息をついた。
「よその町から来たんだったわね……面接は午前で終わる予定だけど、これから行けばまだ間に合うから急いでいくのよ」
「まだ、昼には早いけど……子爵様なら貴族街だろ? そんなに遠いのか?」
時刻はまだ、午前の九時を過ぎた所だ。
昼まではまだまだ時間がある。
「行けばわかるわ」
言いながら、女性はまじまじとルヴィスを見る。
「でも、流石にこの服では行かせられないわ」
その言葉ででルヴィスは気づく。
ルヴィスの着ていた服は、どこにでもあるような麻の服だ。
しかも、連日の染色工房での作業で汚れがところどころついている。
貴族の相手では、流石にこれが不味いという事はルヴィスにもなんとなくだが理解できた。
「汚れてない服を着て行けばいいか?」
「そうね、後……ちょっといらっしゃい」
女性はルヴィスを引き寄せると軽く手ぐしで髪を整える。
「これで可愛くなった、ふふ、女の子みたいよ。あと言葉遣いも丁寧に……子爵様の前で俺とか言っちゃだめよ? 私っていうのよ」
「ああ、わかった」
ルヴィスは一瞬眉を顰めるも、素直に承諾する。
「わかりました、よ」
「……わかりました」
不満げであるものの、ルヴィスは素直にうなずいた。
そんなルヴィスを見て女性は微笑んだ。
「よろしい、これが割符ね、斡旋所の紹介を受けた証だからむこうの人に見せてね」
そういって女性は親指ほど石が二つに割れたかのような硝子球をルヴィスへと手渡した。
「着替えたらすぐに行くのよ、面接終わらないうちにね、場所は貴族街一番大きな、アポストルテ子爵家よ」
「わかっ、わかりました」
「そうその調子。じゃあがんばってね」
ルヴィスは女性にそう言われ斡旋所を後にした。
***
支度を終え、いつもより小ぎれいな服に身を包んだルヴィスは貴族街を歩いていた。
避寒地の貴族街。
つまりは別宅、別荘と言われる住居が立て並ぶ地域にそれはあった。
貴族街の中央、大通りを進んだその先。
その中央に唐突に現れる広範囲に作られた鉄柵。
中を覗けば、もはや森と言っていいような広大な庭。
道を聞いた時は驚いたものだ。
この土地全てがとある貴族の所有地だというのだから。
そして、そんな森の中央にそびえ立つ大きな邸宅。
まるで城かと思うほどにそれは大きかった。
斡旋所の女性が言った言葉を少しだけルヴィスは理解した。
見えているのに、たどり着かないのである。
着替えて出発してから既に二時間近く。
面接の時間切れまでは後三十分ほどである。
「アポストルテ子爵家ってここなのか……」
鉄柵の周りを必死に歩いて行くと、そこには一際大きな門がそびえ立っていた。
やっとの事でたどり着いたと、ルヴィスはほっと胸をなでおろした。
とはいえ、辿り着いただけで満足してはないけない。
ルヴィスはこれから、侍従の面接を受けるのだから。
門の前には二人の人影。
門番だろう、白銀の鎧を着こんだ厳しい男が二人程立っていた。
おそらくは家紋であろう胸部には六角形の文様が刻まれている。
腰には細身の剣を吊り下げている、若い兵士と年配の兵士である。
厳めしい門番に、ルヴィスはわずかばかり気おくれする。
けれども、意を決しては問いかけた。
「すいません。ここはアポストルテ子爵様の家であってますか? 侍従の面接に来たんですけど……」
ルヴィスが声をかけると年配の兵士は顔をしかめて、目をこする。
兵士の行動をルヴィスが不思議に思っていると、若い兵士にとっても年配の兵士の行動はおかしかったのか、年配の兵士を不思議そうに見つめたあと、ルヴィスに対応をした。
「間違いありませんが、何か御用ですか?」
斡旋所の割符を見せると、左の兵士がここ得たとばかりにすぐに答えた。
「あちらの通用門をお通りください、その先にすぐ緑の屋根の建物がありますので、面接はそこで行われます」
「ありがとう」
存外に丁寧な兵士の説明に、ルヴィスは礼を言う。
いわれた通り、通用門へ向かい中へ入った。
中に入るとそこが面接を行う小屋なのだろう、緑の屋根の建物がそこにあった。
それなりの大きさだ、キレビアの斡旋所なみの大きさはある。
ルヴィスは玄関と思わしき扉をノックしながら声をかけた。
「面接にきたんだ……ですけど、まだ間に合いますよね?」
何度かノックした時、扉を内側から足音が聞こえた。
「大丈夫ですよ、まだ間に合います」
声と共に扉をあけたのは、白いひげを左右に蓄えた男性。
黒い執事服を着こんだ、老紳士のような男性だ。
執事服の男性はルヴィスを見ると、一瞬目を見開き、そして、無言で舐めるように見回した。
「なんだよ爺さん。じろじろ見やがって気持わりぃな」
男性の不自然な態度に、ルヴィスは丁寧に行けという斡旋所の言葉をついつい忘れてしまった。
「その声。これは、失礼を……、あまりにも似ていたものでしてつい、申し訳ありません」
そう言って男性は頭をさげた。
丁寧な謝罪にルヴィスは、毒気を抜かれ、誰に似ていたんだと疑問に思う。
「どうしたのクラウス? 面接の方が来たんではないのかしら?」
クラウスと呼ばれた男性の後ろから新たに声がかかる。
高い声。
若い女性……否、少女の声。
そして、少女は姿を現した。
「え?」
少女はルヴィスを見て驚いたような声をあげる。
「ん?」
ルヴィスも少女のほうを見る。
そして、目を見開いた。
ルヴィスと少女は見つめあう。
少女はルヴィス程の身長で、紅い髪を背中まで流し、一本にまとめている。
ほんの少しのたれ目。
けれども、その表情は活発そうで、ノーザスの平均的な人よりも少しだけ肌色が濃い。
髪に合うような紅いドレスを着こんでいた。
服装は似ても似つかない。
けれども、その顔はまるで鏡を見ているかのように酷似していた。
「俺?」
「私……?」
顔だけを見ればそれはまるで、鏡を見ているような光景だった。
そう思えるほど、二人の顔は酷似していた。
驚愕によるためか、その場に静寂が訪れる。
「これはこれは……なんとも数奇な事があったものです」
静寂を打ち破ったのは、クラウスと呼ばれた男性だった。
「やはりよく似ていらっしゃる」
その言葉で先に我に返ったは少女のほう。
小さく咳をして、仕切り直し、前にでる。
「私の名前は、ベアトリス。アポストルテ家が長女、ベアトリス・アポストルテよ。貴方のお名前を聞かせてくれないかしら?」
胸元に手を当て、優雅に語られたのはその名前。
アポストルテ家の令嬢だという。
「俺の名前はルヴィス。貴族じゃないから姓はないっ」
ルヴィスは少しだけぼんやりとして、けれども、慌てて名乗り返した。
「そう……ルヴィスというのね。覚えたわ」
どこか人を惹きつけるような笑顔でベアトリスはそう告げる。
ルヴィスが給仕として笑う貼り付けたものとは違うその笑顔。
顔は似ているが決してルヴィスにはまねできるものではなかった。
「それでルヴィスは侍従の面接を受けに来たという事でいいのかしら?」
その言葉にルヴィスは本来の目的を思い出した。
「斡旋所から聞いて、えっと割符を……」
割符を見せようとするが、それはベアトリスが首を振ることによって遮られた。
「良いわ、ルヴィスは合格にしてあげましょう」
「へ?」
唐突な成り行きでルヴィスは合格した。
「いいのか?」
理由はともかく、今のルヴィスには金が必要だ。
合格ならば、是非もなかった。
「驚くのも無理はないけれど、だけど私も驚いてる、うん、でも、そうよ。こんな事ってあり得ない。だからこそ、私は機会を逃したくないの。クラウス!」
「畏まりました、お嬢様」
ベアトリスが名前を呼ぶとクラウスが静かに礼をした。
「細かな手配は任せるわ! エイナに言ってすぐに用意させなさい」
「仰せのままに」
言われるがままクラウスは行動に移した。
ルヴィスの横をすり抜けて邸宅のほうへ向かっていく。
「ルヴィスはこっちよ、ついてらっしゃい」
そう言うとベアトリスは小屋の中に入って行く。
「え? あー、はい」
生返事をしてルヴィスもそれに続いた。
中に入ると、そこは使用人や侍従のための建物である事がわかる。
あちらこちらには、制服であろう執事服や侍女服を着込んだ人達がせっせと仕事をこなしていた。
ベアトリスはそんな中挨拶をされながら、通って行く。
そして、周りの人達は、ベアトリスの後ろに続くルヴィスに驚きながらも道をあけた。
歩きながらベアトリスは仕事の話を詰めていく。
「日給は銅貨九枚。仕事は住み込みでいいわよね?」
「え、それは困る……ます」
ルヴィスが躊躇うとほんの少しベアトリスの目が細くなった。
「何か理由が……?」
「母さんが、ちょと病気で様子を見なきゃいけないし、連れもいる……です」
「そうじゃ、三日に一度は休暇をあげる、うちの医者も付けてあげる、これでどう?」
有無を言わせぬ態度でベアトリスは言い切った。
確かにその条件なら、何かあっても対応しやすい。
医者をつけてくれる事を考えると破格の対応といってもいい。
「いいのか? 俺は助かる……ますけど」
けれども、破格すぎてルヴィスは少し躊躇する。
「構わないわ」
けれども、ベアトリスは酷然とした態度で言い切った。
そんな態度にルヴィスも思わずうなずいた。
「来なさい」
そういうとベアトリスは踵を返し歩き出す。
ルヴィスも慌てながらついていく。
詳細を詰めながらも、二人は建物の中を歩いて行く。
広い建物だというのに、誰もいないのか道中誰に出会う事もなかった。
数分程歩いただろうか、二人は少し大きめの扉の前に辿り付いた。
少しばかり埃っぽく、倉庫のような扉である。
「ここよ!」
勢い良く開け放たれたそこには、無数の服が並べてあった。
作業着か制服か、いずれも家紋入りである制服なのは間違いなかった。
ベアトリス、なれた手つきで服を選ぶ。
「見た感じ身長も同じくらいだし、私と同じサイズでいいわよね」
手にとったのは、フリルのついた侍女服一揃え。
「はい、これに着替えてね!」
そして、それを堂々をルヴィスへと差し出してくる。
「え? いや俺は……お」
「今はいいけど、皆の前では俺なんて言葉使わないでね、後敬語は無理でも丁寧語くらいは使ってね」
「……私は、男なんだ、ですけど」
勘違いされてはまずいと思い、ルヴィスは正直に答えた。
「それが?」
だというのに、ベアトリスの返答にルヴィスは目を丸くした。
「え?」
「何か問題あるの?」
問題があるかと聞かれたら、特に無い。
女装は給仕の頃もやっていた。
倫理的な問題はあるが、物理的には問題はない……のかもしれない。
「え、いや、無い……のかな?」
「でしょう?」
満面の笑で微笑むベアトリス。
何処か迫力があり、ルヴィスは気負された。
「明日は朝から仕事よ」
「ああ、わかった、ました」
「返事は畏まりました、よ」
「かしこまりました……」
こうしてルヴィスの新しい仕事が決定した。
明日からルヴィスは、公爵家の侍女である。
あっという間に決まった仕事。
内容はルヴィスにとって良いことばかりだ。
だというのに、手渡された侍女服を見てルヴィスは何処と無く不安になる。
ルヴィスは小さくバレないようにため息をついた。




