にひゃくはちじゅうろっかいめ
今日は、朝から雨が降っていて、じっとりとした空気が肌にまとわりついて嫌に気持ちが悪かった。この蒸し暑さには耐えられそうもなく、今日から扇風機が本格稼働だ。毎年扇風機の本格稼働するようになったら我々は宇宙人だと言うのが恒例となっているのだが、今年は夜中に本格稼働という事もあって心の中でそっと呟くだけに留めた。
そんな今日だが、ある人と少しだけお酒を飲んで話した。私の体感なのだが、お酒を飲んでいる時は飲んでいない時に比べると随分と素直で、自分の心により近いものを言葉にできる気がする。
そんな話の中で、自分が話す時のイメージの話になった。私はシャボン玉のイメージで、吹いては消えていく言葉たちを繋げるイメージで話しており、相手は一本の大きな木が立っていてどこから話しても大元に行くイメージだと話した。
私は前に書いたが、消えてしまうものや、失ってしまうものに執着してしまう性質があり、この性質が自分が話す時の言葉にも作用しているということに、今日話しているうちに気がついた。相手から言われた言葉も同様で、その時にあった心の動き方はいずれどうしても薄れて、その時の気持ちは再現できないものと思っているからこそ、より心の内に近しいことを知りたいとそう思うようになったんじゃないか、と。自分の事なのに、答えは分からないし、どちらが先だったのか因果関係はハッキリしてない。ただ、失ってしまうものへの執着を減らすと、伝えたい、伝えて欲しいと執着してしまうことも減るような気がしている。ただ、こればかりは時間がかかると思うので、ゆっくり自分を観察していこうと思う。




