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梅見坂奇譚  作者: 真桑瓜
1/13

葛城カナ

葛城カナ


                     1

葛城カナは、先日目撃した出来事が忘れられなかった。

「確か、この辺だったけどな」

カナは郵便局の前で立ち止まった。ここに立ってずっとそれを見ていたのである。

まず、その人の立ち姿が目に入った。スッと立った姿勢がこの世のものとも思えぬほど美しかった。

長い黒髪を頭の後ろで束ね、真っ赤なシュシュで留めていた。

整った顔立ちは、香港の女優ノラ・ミャオを彷彿とさせる。

服装は地味なグレーのパンタロンスーツに黒いパンプス、どこかのOLかな?と思った。

ただ、その状況は異常だった。その人の眼の前には、出刃包丁を構えた浮浪者風の男が立っていたのである。

その人の後ろには、子供を庇うようにして蹲(うずくま)る母親。

危ないっ!と、誰かが叫んだ。

男が、訳のわからない叫び声をあげて、美しい女の人に切り掛かった。その人は二度三度、ひょいひょいと刃を躱してからとても自然な動作で前に出た。

アッ!と思ったら男が蹲り、間髪を入れずその人の長い脚が男の側頭部を粉砕した。

男は地に倒れ、それきり動かなくなった。

現場は騒然とした。誰かが通報したのだろう、間も無くパトカーがやって来た。

事情聴取の間、母子は何度も何度も、その人に礼を言っていた。

パトカーが行ってしまうまでその場を動けなかった。その出来事が余りにも衝撃的だったからだ。


                      2


葛城カナは、近くの私立女子高校に通う二年生。ソフトボール部に所属し二軍のピッチャーを務めていたが、本日退部届を出してきた。

「あっ!」来た、あの人だ。

遠くに見えた人影はあの人に間違いない。服装は違うけれどオーラが同じだ。

暫く待っているつもりで佇んでいたが、その人は思いがけないほど早く目の前に現れた。

別に急いでいる風にも見えなかったのに。きっと、動きに無駄が無いのだ。

慌ててその人の前に出た。「弟子にして下さい!」我ながら唐突である、言葉は色々考えていたのだが動いたらこうなった。昔から考えるより動く方が早かった。

頭を下げたまま、上目使いにその人を見た。その人は、きょとんとした顔で立っていた。

それがまた、なんとも言えず魅力的な表情だった。いけない、私にその趣味は無い。

「なんの?」

と、その人は言った。

「は?」

「私、胡弓と中国語を教えているの」

そう言う事か。

「いえ、どちらでもありません!」

「じゃあ・・・」

「私見たんです。男の人を一撃で伸したのを」

「まあ、あれを・・・」

「弟子にして下さい!」もう一度言った。


                    3


「あなた、高校生?」

喫茶店のテーブルで、向かい合わせに座ってコーヒーを注文した後、彼女が言った。

「はい、二年です」

「背が高いわね、何センチ?」

「・・・」

「あら、ごめんなさい。初対面の人に失礼だったかしら?」

そうでは無い、唐突で面食らったのだ。

「いえ、そうではありません、もっと別のことを聞かれると思ったから・・・178センチです」

「そのままでも十分強そうだけど?」

そうなのだ、私はガタイがでかい。それでいつも損をしている。

「でも、とっても小心者なんです」そう言うと彼女は、「そうなの?」と言って、

ケラケラと笑った。思ったより話し易い。

「あなたはきっと、拳法を習いたいんだろうけど私に道場は無いわよ」

「いえ、私はどこでも構いません。なんならそこの公園でもいいです」

「人が見ても平気?」

「はい、全然!」

「じゃ、ちっとも小心者なんかじゃ無いわね」

「はあ、そうですか・・・」

「そうよ、それにいきなり弟子にしてくれって。あなた、私がどんな人間かも知らないでしょ」

「いえ、分かります。私、人を見る目はあるんです!」

「あなたのお眼鏡に叶ったわけね。光栄だわ」

カナは慌てて目の前で両手を振った。

「いえ、そう言うわけじゃ!」

「いいわよ」

「へ?」

「だから、いいって言ったの」

「え、いいんですか?」

「だって、あなたが言い出したのよ」そう言って彼女はまたケラケラと笑った。

「私は李梅(リ・メイ)、今は吉田メイ。メイメイと呼んで。台湾から来たの、旦那様は日本人」

「葛城カナです。ソフトボールをやってました、今日辞めて来ちゃったけど」

「あら、どうして?」

「結局、私には団体競技は向かなかったんですね。私、ちょっと変わってるから」

「そんな事ないわ、とってもキュートよ」

「ほんとですか!初めてです、そんなこと言われたの」

「私、嘘は嫌いなの」

「わ〜ありがとうございます!」本当に嬉しかった。だって、こんな美人に言われたんだもの。

「じゃ、連絡先教えて。都合のいい時に電話するわ」

「はい、え〜と電話番号は・・・」

彼女は手帳を出して、私の言った番号を書き写した。そして名刺を出して私にくれた。

「これが私の連絡先。自宅と教室ね、きっとどちらかにいるわ」

「私がいない時は、母に伝えてもらっておけばいいです。必ずその時間に行きますから」

「分かったわ」


                    4



「私、今日弟子が出来ちゃった」

吉田が帰って来るなり、メイメイは報告した。

「弟子って、胡弓のかい?」

「ううん、拳法の」

「あそこで拳法も教えるの?だって狭いだろうに」

「違うのよ、今日、道でいきなり弟子にしてくださいってお願いされちゃった。高校生の女の子」

「それは・・またどうして?」

「この前のアレ、見られてたらしいのね」

「ああ、ご近所でも評判になってるよ。吉田さんとこの奥さんは女武道だって」

「女武道?」

「女の武芸者の事だよ」

「あら、失礼しちゃうわね。私にとって拳法は余技よ」

「あんなに強いのにかい?」

「そうよ、今は陽さんの奥さん・・・って、そんなことはいいの。でね、空いている時間にそこの公園でやる事にしたの」

「ふ〜ん」

「だから、陽さんも協力してね。朝やることが多くなると思うから食事の支度お願い」

「ご飯と味噌汁くらいしか作れないよ、あと、目玉焼きかな」

「それで十分」

「なら、オッケーだ、心置き無くやればいい」

「ありがとう。楽しみだわ、あの子素質があるみたいなの」

「君が言うなら間違いないな」

「今度、陽さんにも紹介するね」

「分かった。楽しみにしているよ、君にも日本の友達が増えて来たね」

「うん、今はとっても楽しいわ」

「そりゃよかった」

「さ、夕飯にしましょ・・・」


メイメイはキッチンに入って行った。吉田は食器を出すために水屋の扉を開けた。




                    5




「そう、最初はできるだけゆっくりとね」

早朝、公園の片隅でメイメイとカナは拳法の練習を始めた。メイメイは黒、カナはピンクのジヤージ姿だ。

「呼吸に合わせて、終始ゆっくりとね。慌ててはダメよ」

「低い姿勢でゆっくり動くのって、意外ときついんですね」

「あなたは基礎体力が出来ているからそれくらいで済んでいるのよ。でもね、筋力に頼ると躰が居着いちゃうから踏ん張らないでね」

カナは慣れない動きに四苦八苦している。

「重心を意識して、丸くま〜るく、はいイー・アール・サン・・・」

早朝の公園は、通勤の人よりも健康のために歩いている人の方が多い。

皆、珍しそうに見て通り過ぎてゆく。

「なんだか、やりたそうな顔をしていますね」

「ダメよ、あなたが今からやるのは健康体操じゃない。本当のウーシュウを学ぶの」

「ウーシュウってなんですか?」

「武術の事よ。私はあなたに本当の武術を伝える、生半可な気持ちでやるなら今日でおしまい」

「やります、やります!すみませんでした!」

カナは真剣な表情になって、気持ちを動きに集中させて行く。


「じゃあ、今日はここまでね。あまりやりすぎると逆効果だから」

「はい!」

「それからね、ここで私に習う時間だけが稽古だとは思わないで。ここでは稽古の種を仕入れるだけ、後は家で稽古をしてまた次の種を仕入れに来るの。日本人はそこを勘違いしているわ」

「そうですね、週に何回稽古をしたとか、一日何時間やったとか、そんなことばかり言ってる」

「さ、もう行かなくちゃ、学校に遅れるわよ。また連絡するね」

「はい、ありがとうございました、先生」

「メイメイでいいわ。じゃ、またね」




「このお味噌汁美味しい!」

「そうかい・・で、どうだった?」

「やっぱりあの子、筋がいいわ」

「凄いなぁ、君の眼鏡にかなったんだ」

「本人は分かっていないようなんだけど」

「その方がいいさ。変に自信を持たせると天狗になっちまう」

「大丈夫よ、とってもいい子なの」

「そうだ、今度の日曜ここに連れて来るといい。都合を聞いておいてくれないか?」

「そうね、そうするわ。是非陽さんに会って貰いたい」

「じゃあ、時間空けておくよ」

「ありがとう、彼女きっと喜ぶわ」



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