【48】異世界での戦闘はなるべくしない方向で
か細い声を他の頼りに、木立を掻き分け浜辺へ出ると─
「女の子が……!」
足枷をつけた金髪の女の子が、四つん這いになっていた。
年の頃は、18かそこらか。
苦しそうな表情で、肩で息をしながら、その姿勢のままジリジリと進んでいる。
足枷には黒い皮で編んだ縄がついていて、その先は太い木の棒に括り付けられていた。
周辺に人影はない。
彼女は俺の姿に気づくと、掠れた声を出した。
「たすけ…て」
俺は砂浜に足を踏み出し、駆け寄った。
よく見ると、木の棒は地面に突き刺す杭の形になっている。
埋められてた杭を自分で掘り出して、どこからか逃げてきたんだろうと言う事がひと目で解った。
彼女の手も爪も土で汚れている
「水…水を…」
「しっかり!いまあげるから!」
俺は鞄の中に入れておいた、ペットボトルに汲んでおいた水を渡した。
彼女は勢いよくゴクゴクと飲み干すと、砂浜にバッタリ横たわった。
「大丈夫か?!」
「あり…が………」
「っと、こんな所にいちゃ駄目だ…!」
彼女を抱き上げて木陰に運び、ペットボトルで海水を汲んできて、頭にトプトプとかけてやる。
「ふわぁ…」
想像通り、この世界の海は結構冷たくて、意識が正常になってきたようだ。
「こんな所にいやがったか!」
背後で、若い男の声がした。
振り向くと、二人の男が棒を持ってこっちを睨んでいる。
「オメェみてえな呪われた女でも、逃げられると俺っちが親方に殴られるんだよ!」
「おい!そこの男、その女をこっちに寄越せ!」
武器を持っている様子を見て、俺は一瞬怯んだが、立ち上がって彼らを見ると、なにやら違和感を感じた。
彼らは小さくて、痩せこけているのだ。
身なりも貧しく、声を張り上げてはいるけど潤いがない。
あきらかに栄養が足りていないのが解る。
年もおそらく、14か15か…
「おい!や、やるのかお前〜!」
─こいつら、俺を恐れてる…?
殴られたらたまったもんじゃないけど、俺はなるたけ場慣れしてるようなふりをして、出来得る限り大人っぽく、落ち着いた低い声で話した。
「お前ら、金に困ってるのか?」
二人の少年は、ピクッと反応はしたが、俺に向けて棒を構えた。
─ここで怯んではいけない。
大人の勘が、俺にそう告げる。
俺は勝負に出る気持ちで、銭袋から金貨を4枚出した。
「これをやろう。二人とも、この金で親方の所から逃げろ。」
少年たちの目は金貨に釘付けだ。
俺は惜しげもなく、彼らの足元に4枚の金貨を投げた。
二人はバッと拾いあげ、ワナワナしながら手の中の金貨を凝視していた。
「ああ、俺からもっと奪おうと思っても無駄だぞ。他の金貨は全部、ホテルの金庫に置いてきてるからな。」
─実際はホテルじゃなくて、恵比寿の金庫なんだけどな。
少年たちは、この思いがけない大収穫に、どうしていいのか戸惑っているように見えた。
金貨と俺の顔を交互に見ている。
恐らく、手に持つの自体初めての体験だろう。額に汗をかき、ドキドキしているのが伝わってくる。
もはや少女のことは眼中にないようだ。
「おおかた拾われたか攫われてきて売れ残ったか─親方に食わせてもらってるとはいえ、ひどい暮らしをさせられてるんだろ。戻ったところで、その金貨をかすめとられるのが関の山だな。」
親方とやらのことは知らないが、憶測で悪い奴と決めさせてもらった。
こんな子供たちに、たいした飯もやらずに下働きをさせてるなんて、碌でもない奴に違いない。
少年たちは、下を向いて手の中の金貨をジッと見つめている。表情は見えない─
「その金があれば、別の土地で生活を立て直せるぞ。新しい人生を掴め。」
─うわっ、しれっとカッコいい事言えた、俺!あいつらに刺さってくれてるといいけど…
少年たちは、かすかに震えていた。
そして何も言わずに、棒を捨て、すごい速さで走り出した。市場通りへと向かって。
「もう大丈夫。あの子たち、戻ってこないわ。」
振り向くと、金髪の少女が微笑んでいた。
「市場から、隣の大きい街に続く道があるの。きっとそっちに逃げたんだと思う。大きな街なら身を潜められるから…。」
「仲間を連れて、戻ってくるかな。」
「仲間の元へは戻らないでしょう。お金、大事だろうからね。あれだけの金額があれば、大きな街から馬車に乗って、別の国へ行っちゃうでしょうね。」
馬車で他の国に行くことができるのか。
金貨2枚は20万円だけど、この国の物価だと200万円くらいの価値がある。
親方とやらに見つからないで、逃げおおせられるといいな。
「ともかく、ここから離れましょう。あいつらが戻らないのを変に思って、別の追手が来たらいけないわ。」
「そうだね。俺についてきてくれ。安全な所へ─」
下を見ると、少女の足元の足枷と、その先についてる皮の鎖と木の棒が目に入った。
「─まずはそれをなんとかしよう。」
俺は、少女を抱き上げると、市場通りへと急いだ。




