【47】異世界の市場で帰還手段を考える
昼近くの市場は、活気に溢れていた。
夜にはなかった、朝採れの食品や鶏を売る屋台があるのが目についた。
逆に、夜は開いていたが今まだ開けてない店もある。昨夜のジュース屋がそうだ。
革細工屋のおじさんは、もう店を開けていた。
「こんにちは。」
「おお、兄ちゃん!鞄と銭袋の使い心地はどうだい?」
「軽くて、とても良いですよ。それはそうと、聞きたいことがあるんですが。」
「ワシにかい?なんだね…」
「昔この国に、勇者と聖女がいたという言い伝えがあると聞いたんですが…おじさんは会った事ありますか?」
へえー、という感じにおじさんは眉を上げた。
「よくそんな古い話を知ってるね。勇者パーティーと魔物の戦いはもう25年くらい前のことだから、兄ちゃん生まれてないんじゃないか?」
ハハ…まあ、その戦いの果てに俺が誕生したんだけどね。
「その頃はおじさんもまだ若くて、兄ちゃんと同じ位のピチピチの10代だったよ。」
俺20代も半ばだけど…やっぱり日本人は若く見えるのかな。
「あの頃は奴隷商人がまだ幅をきかせていて、訳ありの子や獣人が売買されてたんだよ。中には知らない土地から子供をさらってきて売ってる、あくどい商人もいた。俺ら普通の市民は、許せないとは思いながらも何も手出しできなくてなぁ…。」
「もしかして、その奴隷商人を勇者が─」
そんなエピソードが、父の手記の中にあった。
魔物の征伐に行くより前の話だ。
「そう!勇者があくどい商人を倒してくれたんだよ。よく知ってるね、兄ちゃん。まさか、勇者の関係者?」
─ドキッ
「えっ…なんでですか」
─父親だって言って、大丈夫なんだろうか?それとも隠しておいたほうがいいのだろうか?
「いや、勇者も兄ちゃんと同じような、この辺の人間とは違う顔立ちしてたからさ…」
おじさんは、俺の顔をジロジロ観察してきた。
「そうなんですね。ゆ、勇者はどうやってこの地に来たんでしょうね?なにかご存知ですか?」
「どうって…船じゃないのか?異国の人なら、船だろ。兄ちゃんもそうだろ?」
─まずいな、あまり深くツッコまれたらどうしていいかわからなくなりそうだ。
「は、はは、まあそうですが…じゃあ勇者は今、船で故郷に帰ったとか─?」
「そりゃあそうだろ。奥さんを連れて、船で帰ったんじゃないかってみんな言ってたよ。」
俺はガックリした。
─異国から来た強い人だ、くらいの言い伝えしかないのかな。父が徹底して、異世界から来た事を隠していたんだろうけど…
どこから来て、どうやっていなくなったか。
誰に聞いたら、詳しく知ってるんだろう?
これ以上おじさんに聞くと、逆に俺の事をアレコレ聞かれそうな気配がしたので、オススメの美味い店を聞いてその場を立ち去った。
オススメの美味い店を聞くと、多くの人は答えることを優先してくれて、親密度も少し上がる。
美味いものを食いたいというだけで、なぜだか人はわかりあったような気持ちになるからだ。
─せっかくなんで、教えてくれた屋台に行って昼飯を食うことにしよう。
ジュース屋の屋台の近くに、その麺料理の店はあった。
見ると、店主のおばさんが鉄板で麺と野菜を炒めた上に目玉焼きを乗せ、何かの葉で作った皿に盛って、果物と一緒に客に手渡していた。
「すいません、こっちにも一皿ください。」
「あいよ。」
ナンプラーと似た、魚っぽい香りの調味料で炒めているようで、すごく美味しそうだ。
─そういえば、昨夜お粥を食べた時にも思ったけど…この国ではお米を育ててるんだな。
「はいよ、お兄さん。小銅貨1枚。」
100円か、相変わらず安い。
「おまけは箸と果物、どっちがいい?」
「えっ、箸…?!」
「こういうのだよ。持ってる人には、果物サービスしてるけど。」
おばさんはカウンターの下から、紙に包まれた竹の箸を一膳取り出して見せてきた。
「これ、食べるのに使うんだよ。麺をすくって…」
いや、使い方は知ってる。知ってるけど─!
麺や米を食べる文化から、自然発生的に生まれたのかなあ。箸。
それとも誰かが教えて、流行らせたのか?
ふと、頭に両親の顔が浮かんだ。
俺はおばさんに小銅貨を1枚渡して料理と箸を受け取ると、屋台裏手の木立の中に行き、腰を下ろして食べた。
麺は米粉の味がする。
米でできた麺なんだろう。
タイ料理のパッタイみたいで、とても美味い。
ちょうど麺を食べ終わった頃─
浜辺の方面から、か細い声が聞こえた。
「…誰か…」
それはあまりに小さく、市場を歩いてる人には全く聞こえなかったかもしれない。
しかし、俺の耳にはとてもくっきりと、鮮明に聞こえたのだ。
─早く行ってあげないと…
─俺が行ってあげないと…
俺はなにか、心の奥から突き動かされるような感覚になり、木立をかき分け足を進めた。
─浜辺へ、早く行かなくちゃ…
気がつけば、俺は走っていた。




