【46】異世界の朝、異世界の町へ
「おーっ、いい眺め!いい風!」
朝、ホテルの部屋のカーテンを開け、窓を全開して、バルコニーに出てみた。
窓から見おろす南国の海は最高に美しく、水色とエメラルドグリーンの混じった色合いで、波間がキラキラ光っている。
丘の上に建っているホテルだからか、風がビュービューと吹き込んでくるので、部屋の中は涼しくて気持ち良い。
「日差しは暑いのに海風は冷たい…元世界より海水が冷たいのかな。」
俺は、部屋の窓をどれも開けてみた。部屋の中にひんやりした風が通る。
朝風呂にでも入ろうかな、と思ったが、昨夜の湯船のお湯はもう水になってしまっている。
「こういう時、元世界のホテルシステムのほうが勝手にやれて便利だと思うよな…。」
ベルを鳴らして、ルームメイドのアペルを呼ぶ。
メイド用の控室からすぐやってきたので、密かに驚いた。
(俺が在室中は、ずっと控室に籠もってるのかな。呼ばれたらすぐ動けるようにと。)
「お早う御座います、クワノ様。」
「お風呂って入れるのかな?」
「勿論でございます。」
浴場に向かう彼女の後からついていってみた。
(どうやるのか気になったので)
すると、
─シュボボボボボボボボ…
「右手から水を吸って、左手からお湯を出してる…!!」
「すぐに入れ替えられますので、しばしお待ち下さい。」
「えっ、これって君の体の中で浄化されてるってこと?」
「よくわからないですが、綺麗なお湯ですのでご安心ください…!」
ま、まあ…いいか…。
可愛い女の子の体の中を通った水なら、万が一使用済み水の沸かし直しでも構わないや。
これが知らないおじさんの体から出てきた水…とかならちょっと躊躇しちゃうけど…。
俺が朝風呂に入り、身支度を整えてると、その間にダイニングテーブルの方には朝ごはんが用意されていた。
煮た麦を冷やしたものに、ナッツ類と南国の果実を混ぜ、ココナッツミルクと蜜をかけたもの。
南国風オートミールだな。
それと焼き立てのパンに、花の香りのお茶。
─なんて品のある、オサレな朝ごはんなんだ…。
皿がでかく、量自体は多かったので、軽食といえども結構腹は膨れた。
─さて、活動開始だ。
「アペル、出かけてくるけど、少し遅くなるかもしれない。」
「お戻りは日没からどれ程になりますでしょうか?」
時計…の概念はあるのかな、この世界。
そもそも1日は24時間なんだろうか?
「どれ程…うーん、日没から2、3時間後かな?」
「かしこまりました。」
おっ、通じちゃったよ。
時間は1時間2時間で数えるのかな、こっちも。
それとも適切な言葉に自動翻訳されてしまってるだけなのか。わからん。
「日没後はお気をつけください。特に町の外は、街道から外れると魔物も多少おりますし…。」
「そうか、気をつけるよ。」
「町の中でも、船着き場の辺りの繁華街に行かれますと、少々治安が悪いですので─」
船着き場って、ホテル・タラートよりは少しグレード低めの宿がいくつかあるっていう……。
あっぶねー!このホテルにしてよかった。
ここを真っ先に勧めてくれた、ジュース屋のお姉さんに感謝だな。
俺は、ホテル・タラートを出ると、昨日の市場に向かって緩やかな坂を降りていった。
途中で人力車とすれ違う。
お金持ちっぽい老夫婦が乗っていた。
ホテルにチェックインするのかもしれない。
車を引いてるのは、牛みたいな外見のマッチョ。
牛っぽい、というのではなく、牛男─獣人だ。
(おーっ、本物だ!昨夜は気づかなかったけど、獣人の人も町に紛れて働いてるんだな。)
なんというか、観光客的なワクワクを感じてしまった。
許されるものなら、スマホで写真を撮りたい。
(でもスマホ、こっち来てから無反応になっちゃったんだよな…)
そう、鞄の中に入れていたスマホが、うんともすんとも言わなくなってしまったのだ。
最初、フリーズかと思って再起動してみようとしたのだが、それもできない。
電波はもちろん圏外だ。
一晩たったら充電もなくなってるだろうと思って見てみたら、なにも変化なし。
電池も減ってなければ、時間も日にちも進んでいない。
辺戸岬で転移したと思われる時刻のまま、時を止めているのだ。
─元世界での時間が止まっててくれたらいいなあ…そしたら家賃の心配もしないでいいし、川口と福田にも心配をかけないですむ。
でも、もし時間が普通に進んでるんだとしたら─
「あいつら、心配してるだろうな。急に俺がいなくなっちゃったわけだし、警察に捜索願いを出してるかもしれない。」
不安と申し訳無さで、胸がズキッと痛んだ。
「…駄目だ駄目だ!こんなとんでもない事が起きてるんだ、いちいち不安に駆られたらきりがないだろ、俺!」
太陽はだいぶ高いところまでのぼってきている。
気温も高くなってきた。
噴き出る汗は、ヒンヤリした海風が乾かしてくれる。
人々のワイワイとした空気が聞こえてきた。
市場が近づいてきたのだ。
─1日でも早く手がかりをつかめばいいんだ。それだけを考えて、悪い想像は頭から消し去ろう。
自分を奮い立たせる為に足の速度を早めて、俺は市場へと入っていった。




