13.エリーゼとともに(真エンディング)
◇◇◇
……穏やかで、柔らかな日差しの日には思い出すことがあります。
それはとても昔のこと。
わたくしがまだわたくしの娘たちよりも幼く、ほんの小さな少女だった頃の、淡く甘やかな思い出。
ムーンリバー公領の豊かな自然の中で育てられていたわたくしは、自らを籠に入れられた鳥になぞらえておりました。
いいえ、そのように言ってしまっては、きっと失礼に当たりましょう。
お父さまも、お母さまも、わたくしのことをとてもよく愛してくださりました。
わたくしのお話にお耳を傾けてくださって、わたくしの意思を尊重してくださって、わたくしのためになるものであればきっと、なんだって与えてくれました。
ですが、そんなわたくしにも、ひとつだけ持っていないものがありました。
それは――本当に好きになった殿方と、契りを結ぶ権利です。
ムーンリバー公爵であるお父さまは、エイゼンブルグ王であらせられるディヴィッド陛下との間に、お約束を交わされておりました。
そのお約束とは、エイゼンブルグ家とムーンリバー家が互いに同世代の子どもをなしたとき、それが異性であれば婚約者とし、両家の間に永劫の盟約を結ぶというものだったのです。
折りしもエイゼンブルグ王国統一戦争が終わり、この国には、未だかつてないほどに平和で静かな時間が流れておりました。それは誰にとっても幸福な時間。大切なものが生まれ、育まれ、丸く熟れた実を成すのに最適な、とても貴重な時間でした。
……先に子を授かったのは、わたくしの母アンネリーゼ。
それに一月遅れて、王都からムーンリバー領へと、王妃マリアベルさまのご懐妊の報が届きました。
王国内はすぐに、祝福ムードで大騒ぎとなりました。エイゼンブルグとムーンリバー、この強力な両家が婚姻によって手を結べば、王国の永劫にも渡る平和は確約されたも同然と、この新しい王国民は思ったのです。
身籠られたばかりのお母さまのお腹の中にいて、まだ赤子ですらなかったわたくしには、そんな王国民の方々の祈りのような声がきっと毎日届けられていたのだと思います。
それはきっと、ロバートにしても同じことだったでしょう。
どうか互いに別の性別を持って生まれてきて欲しい――王国民の方々の平和を望む心は、未だ生まれてはいない一組の子どもたちへと託され、彼らが永遠に連れ添うという具体的な願いへと変わっていったのです。
やがて月日は流れ、二人の妊婦のお腹は大きくなり、そして――。
わたくしと、ロバートが生まれました。
生まれる前から婚姻を願われていた二人の赤ん坊は、こうしてその願い通りに、異なる性を持ってこの世界に生まれてきたのです。
王国内の騒ぎは、それはもうすごいものだったと聞きます。一週間、一月、どころか年中どこにいってもお祭り騒ぎで、景気までよくなったとか。
それでも、そんな騒擾はいつまでも続くものではありません。
一年経ち、二年経つうちに、王国内は落ち着きを取り戻し、やがていつも通りの平穏な時間が流れるようになります。
そんな中、二人の赤子は四つん這いから二本の足で立てるようになり、背が伸び、男女の別を覚えるようになって、順調に成長してゆきます。
王太子たるロバートがムーンリバー領に身を寄せるとの話が出たのは、果たしてわたくしがいくつのときだったでしょうか。
当時住んでいたムーンリバー城内では、わたくしは聡明で早熟な子どもとして有名でした。
わたくしの外見はお母さまに似ていると評判でしたが、内面の性質は『賢公』と呼ばれたお父さまの血を、そのまま引き継いだと言われておりました。
大人が読むような難しい書物を好む理屈っぽいわたくしは、この降って湧いたお話に、ついにそのときがきたのだと気が気ではありませんでした。
なんと言っても、自分の将来の伴侶と初めて会うのです。わたくしは、十も数えない身空ながら、このとき自分の人生を儚んでいたのだと思います。
「……ねえおとうさま、わたくしはほんとうに、ロバートさまとけっこんしなければなりませんの?」
ロバートの到着前夜、わたくしは言いつけを破ってお父さまの執務室を訪れ、涙を流しながらそんなことを言ったのだと思います。
……お父さまは、普段は聞き分けのいい娘のわがままに慣れてはおられませんでした。
書き物机から顔を上げられ、こちらに困ったお顔をお向けになると、子ども向けの気の利いた誤魔化しではなく、乾いた事実を口にされたのです。
「……エリーゼ、そんなことを言わないでくれ。ロバートと君が結ばれるのは、君が生まれる前から決まっていたことなんだ。それにこれは、すべての王国民の願いでもある。君は、君の役割を果たさなくてはならない」
「おやくめ、なのですか? わたくしとロバートさまがけっこんすることが?」
「そうだ。これは、王国の平和のためにどうしても必要なことだ。人の上に立つ者は、より重い責任を持つ。君はやがて王妃となる身だ。その重責は、私のそれよりも遥かに大きいんだよ。わかってくれるね?」
……このようにお父さまから理詰めの説得を受ければ、わたくしはいつも納得して引き下がっておりました。
けれどこのとき、わたくしは初めて感情で行動を起こしたのです。
「……いいえ、ぜんぜん、わかりませんわ」
「どうして? いつもの君なら」
「おとうさまは、ズルいです」
「ズルい……私が?」
「おとうさまとおかあさまは、すきあっていっしょになられました。なのに、どうしてむすめのわたくしには、それがゆるされないの……」
「エリーゼ」
「おとうさまなんてきらいです。おやすみなさい」
わたくしは踵を返して自室まで戻ると、枕に顔を埋めて一晩中泣き通したのでした。
――それでも、どんなに嫌がっても、時間は流れてしまいます。
翌日、多くの馬車を引き連れてデイヴィット陛下とマリアベルさま、それにロバートが、ルーンリバー城へと姿を見せました。
「ボク、ロバートっていうんだ。エリーゼちゃん、これからよろしく!!」
少年らしいあどけなさと元気をその身に宿したロバートのことを、わたくしはしばらく無視することに決めました。
城内の構造ならば、わたくしの方が通じております。関わらずにいることなど、容易いことかと思っておりました。
……ですが、ロバートは実にすばしっこかったのです。
ロバートは、わたくしがルーンリバー城内のどこにいようとも必ず見つけ出し、一緒に遊ぼうと声をかけてきました。
「ねーねーエリーゼちゃん、いつもかくれんぼばかりじゃつまらないよ。きょうはなにかべつのあそびにしない?」
「どうかほうっておいてくださいましっ。それにわたくし、あなたとあそんでいるつもりなんてございませんわ」
「ええーそんなきぶんじゃないってこと? じゃあどんなあそびならいいの?」
「……ひとりにしてくださいまし」
そう言い捨てて、いくさ用の隠し通路までも駆使し、わたくしはどうにかロバートの眼から逃れようといたしました。
ですが、いくら巧妙に隠れようと無駄でした。書物ばかり読んで体力のなかった対のわたくしは、とうとう音を上げてこう訊いたのです。
「ねえロバート……ロバートは、どうしてそこまでしてわたくしとあそびたいんですの? わたくしがこれだけにげているのですから、もっとべつのおつきのひとたちとあそべばいいだけのはなしではないですか」
「おつきのひと? ……うーんと、たしかにそうだね。エリーゼちゃんとのかくれんぼもたのしいけど、じゅうしゃのニックとちゃんばらするのもたのしいね」
「でしたら、そうなさったらどうですか。わたくしなんかにかまわず、ニックさまとけんのおけいこをされれば」
「……ああ、でも、それはだめなの」
ダメ? どういうことか理解できず、わたくしが首を傾げると、ロバートは別に隠す様子もなく、あっけらかんとこうおっしゃったのです。
「ボクはね、おとうさまから、エリーゼちゃんとなかよくするようにいわれてるの。エリーゼちゃんとあそんでって。だからいまは、ほかのだれともあそべないんだ」
その瞬間、わたくしの頭の中で、一本の線が切れたのだと思います。
気づくとわたくしは、ロバートの柔らかな頬を張っていました。
……きっと痛みは、あとになって訪れたのでしょう。
ロバートは張られた頬を自分の手で押さえると、じんわりと目元に涙を湛えながら、わたくしの顔を見たのです。
「な、なにするのエリーゼちゃん!? いきなりほっぺたぶつなんて……いたいよぉ!!」
「でしたら、ごじまんのおとうさまにおなぐさめしてもらえばよろしいじゃないですか。ロバート、わたくしにもうかかわらないで!」
「うわーん!!」
そうしてわたくしは、その場に泣き崩れるロバートをおいて、自分のお部屋へと帰ってゆきました。
勿論、あとでお父さまやお母さまがこられて、何度も扉をノックされます。わたくしは初めてそれを無視しました。お叱りが怖かったのではありません。わたくしもまた、ロバートをぶったことを後悔して大泣きしていたからです。
その日から、ロバートがわたくしに積極的に関わってくることはなくなりました。
いつも仲良く遊んでいたように見えていた二人が、今となっては口すらも利かない。きっとその様子を見て気を揉まれたのだと思います。
お父さまとお母さまは、国王ご夫妻とじっくりお話になり、わたくしたち二人の未来のためになればと、ムーンリバー領南方にある自然豊かな場所に、公爵家別邸を拵えることを決定されたのです。
王国一のメイドとして有名なムーンリバーメイド隊の活躍もあり、公爵家別邸は一夜にして完成しました。
翌日にはわたくしたちは城を出立し、避暑地のように自然豊かな緑の世界の住人となっておりました。
ですが、そんな視界すべてを自然に囲まれたような場所にあっても、わたくしたち二人はそれとは縁遠い存在でした。
自由に空を飛ぶ鳥たちは、自らの目や耳や経験を以って、多くの鳥たちから生涯の伴侶を見出します。けれど、わたくしは? わたくしとロバートとの関係性は、鳥たちとは正反対の道行きで決定していました。政略結婚の根底にあるものは二つの家の利害関係であり、王国民の願いでいくら糊塗されようとも、本質は政治のための駆け引きでしかありえないのです。
わたくしは、ロバートのことをなにも知りませんでした。
知らないうちから、結ばれることを運命づけられていたのです。
……それは置くとして、わたくしは罪悪感に頭を悩ませていました。
天真爛漫で、国王ご夫妻のお言葉を疑うことを知らない純真なロバートに、わたくしはひどいことをしてしまいました。
きっと彼は知らなかったのです。わたくしと仲良くすることが、いずれは王となる自分の責務であると、そう信じていただけなのです。だからこそ、本当に楽しい従者との剣のお稽古ごとを封じてまで、書物ばかり読んでいる辛気臭い娘と無理をしてでも仲良くなろうとしたのです。
まったく、子どもなのはどっちなのかと、わたくしは自分に呆れました。
そして、わたくしの犯したこの罪は必ず補償されなければならないものだと、そう思うに至ったのです。
ですが、どうすれば補償などできるのでしょう? わたくしはロバートの好むものを知りませんでした。愚かなことに幼いわたくしは、ロバートの好きなもの、ロバートを喜ばせるものを贈らねば、この罪は贖われないものであると心から信じ込んでいたのです。だというのに、同年代の少年が好むものなど、このときまでなんにも知らなかったのです。
剣や馬、甲冑を装備した人形――厨房係や厩番に訊いて、年頃の少年はそのようなものを好むと、だいたいの当たりは付けるに至りました。けれど、そのようなものわたくしが用意できるはずもありません。ロバートにプレゼントしたいから、そう素直に言えばきっとお父さまは買ってくださったでしょう。けれどそれは癪でした。わたくしはロバートと仲良くなりたかったのではないのです。ただこの罪を清算し、再びフェアな関係に戻りたいと、そう思っていただけなのです。
結局、剣も生き物もお人形も諦めました。わたくしはわたくしでできる範囲で彼に贖おうと決めたのです。
幸いにも、プレゼントに向いたものなら周囲に咲き誇っていました。わたくしは彼に、お花の首飾りをプレゼントすることにしました。
……その日から、わたくしは書物を読むことをやめました。
同時に、別邸内に引きこもることもやめ、自然豊かな外の世界に赴いて、いかな技術を用いればロバートへの罪を補償できるほどの質を持ったお花の首飾りを作れるか、それを極めようとしたのです。
わたくしは、どこに出しても恥ずべきところのない立派なお花の首飾りをロバートの首にかけ、己の罪を清算すると、もう一生彼とは口を利くまいと固く心に誓いました。
毎日毎日外に出て、ただ草地に座ってお花の首飾りを作るという絶え間ない研鑽の果て――とうとうやりました。わたくしは、とんでもないハイクオリティを誇るお花の首飾りの開発に成功したのです。
そのデキに満足を覚えたわたくしは、すぐにロバートの姿を探しました。
お花は生物、お野菜や果物の仲間です。少しでも新鮮なうちに届けないと、しおれ果てて無様な首飾りになってしまうに相違ありません。
どこ、どこにいるのロバート――わたくしは公爵令嬢らしからぬはしたなさで、全速力で草原を駆け、土を蹴り上げ、岩山の上まで調べてロバートの姿を探します。
そしてやっと、ロバートを見つけました。厩の影。彼は膝を抱えて、誰からも見つかるまいとするように、とても小さくなっていました。
「ロバート、やっとみつけましたわ」
「……ふぇ、エリーゼちゃん?」
ロバートは目元を袖で拭って、わたくしに向き直りました。
その所作に、わたくしの胸が痛み、思わずこう呟いたのです。
「ないて、いらしたのですか?」
「うん、そうなの……だからちょっとみられてはずかしい、かな」
「どなたかに、ぶたれたのですか」
言っていて心が痛みましたが、訊かずにはおれませんでした。
ロバートは、二三首を振って答えられました。
「ちがうよ。けど、おかあさまにいわれちゃったの」
「なにをですの?」
お花の首飾りを背中に隠し、わたくしが見つめる先で、ロバートは決心を決められたように――。
「ボク、おうさまにむいてないかもしれないって」
「おうさま? どういうことですの、ロバート?」
「……ボクはね、あまえんぼさんなんだって」
甘えん坊? 言っている意味がわからず、わたくしは首を傾げます。
ロバートは、少し躊躇われたのち、こうおっしゃいました。
「ボクずっとね、ほんとうはエリーゼちゃんにあやまりたかったの。あれからおかあさまにいわれたんだ。ロバートはエリーゼちゃんにひどいこといったって。あのいいかたじゃあ、ボクがニックとあそびたいのに、ムリしてエリーゼちゃんにつきあってるようにおもっちゃうって。だから、ごかいをといてきなさい、あやまってきなさいって、そういわれたの。だからあやまろうっておもった。でも……」
そうしてロバートは、両腿の間に顔を埋めて、とても言いづらそうに続きをお話しされました。
「ボク、ゆうきがでなくって……またおこらせちゃったらどうしよう、またきずつけちゃったらどうしようっておもって、なかなかいいだせずにいたんだ。そしたら、おかあさまはいったの。そんなちいさなゆうきもだせないひとに、おうさまなんてぜったいにつとまりませんって。ボク、ひっしでそんなことないよっていったよ。そしたらこんどは、ロバートはいいわけばかりだって、あまえてるって……」
「……ロバート……」
わたくしは、彼にどんな言葉をかけたらいいかわかりませんでした。
わたくしがロバートへの贖罪を考えていたように、彼もまたわたくしに対する言葉足らずを謝ろうとしてくれていたのです。
このときロバートは自信を喪失していました。きっと王妃マリアベルさまからかけられたお言葉が、相当堪えていたのだと思います。
けれどそれでいてなお、彼生来のやさしさは、わたくしにあるお言葉をくれたのです。
「ごめんねエリーゼちゃん。ボク、きみにひどいことしてたよね。じつは、きらわれてるのはわかってたの。でもボク、キミのけっこんあいてだから。だから、ボクのおとうさまとおかあさまとのなかがいいみたいに、キミともなかよくなりたかったの。めいわくしてたならごめんね。ボク、もうキミにはなしかけないから……」
「ロバート……まってて! すぐにかえってくるから、ここにいて!!」
そう叫ぶやいなや、わたくしは踵を返して草原へと走り出しました。
とうとう気づいたのです、甘えていたのはわたくしだったということに!
わたくしは草原に舞い戻ると、すぐに新たなお花を使った作業へと没頭を始めました――わたくしの汚い、打算に塗れた、お花の首飾りを投げ捨てて。
そうして作られた成果物は、先程作ったお花の首飾りよりも随分とこじんまりとした、急いで作ったせいで細部が粗っぽいもの。
ですが、それでも構いませんでした。わたくしにはそちらの方が、さっき作った完璧なお花の首飾りなんかより何倍も何倍も美しいものに、そう思えたから。
再び全速力で走って厩まで舞い戻ると、そこにロバートはいました。
わたくしはさっきと同じ姿勢でいるロバートの横に腰かけると、できる限り空いている距離を詰めて彼と密着します。
ロバートはまた、泣いていました。わたくしの姿を目に入れると、もう一度袖で眼元を拭って、それから抜けるように青い空を見上げたのです。
「エリーゼちゃん、ボクね、いいおうさまになりたかったんだ」
「……なれますわよ、ロバートなら」
同じく空を見上げるわたくしのその言葉は、初めて自然に口を衝いて出ました。きっと本音だったのだと思います。
わたくしは座った姿勢からロバートの方へ身を乗り出すと、先程作ったばかりのものを彼の頭に被せました。
拙い作りのそれは――摘んだばかりのもので作られた、お花の王冠。
いずれは王になる彼に対する、今のわたくしの精一杯の思い。
ロバートは手を上げ、自分の頭に置かれたものを確認すると、ぱちっと驚いたようなお顔をこちらにお向けになりました。
「エリーゼちゃん、これ……おうかん? すごいや、ほんとうにボクにこれを?」
「とてもよくにあってますわ、ロバート」
「えへへ、どうもありがとエリーゼちゃん!」
ぱあっと華やいだロバートのお顔に、しかしすぐに陰が差します。
「……でもボク、おうさまなんかじゃない。おうさまになんてなれない」
「どうして、おあきらめになりますの? ロバートがおうさまになるのでしたら、わたくしおうえんいたしますわ。がんばれーがんばれーっておうえんいたしますわ」
沈んだ表情のロバートのことを一秒だって見ていられなくて、わたくしはこのとき、必死に励ましの言葉を送りました。
このときにはきっともう、わたくしの心はこの優しい王子様に傾いていたのだと思います。
――ですが、そんなわたくしの王子様は、ここでいきなり難題を突き付けてきたのです。
「……だって、ほんとだから」
「ほんとうって、なんのことですの?」
わたくしが首を傾げると、ロバートは説明を始めます。
「ボクがあまえんぼうさんなのも、いいわけばかりしちゃうのも、ほんとなの。おかあさまのいうとおりなんだ。エリーゼちゃんのきもちはうれしいけど、ぼくはおうさまにむいてない。ボクじしんがそれをいちばん、わかっちゃってるの」
「わかっちゃってるって……だったら、それをなおそうとどりょくされればいいだけなのでは?」
「……ちょっとじしんない」
「ええーっ?」
そのあまりに脱力回答に、思わずわたくしは悲鳴をあげてしまいました。
けれど、ここで諦めるわけにはいきません。
「でしたら、なにかおもいつくことはありませんか? こうすればあまえんぼうといいわけぐせがなおるかもって、そういうおかんがえは……」
「おかんがえ? えーゆーに、なるとか?」
えーゆー? なんでしょう?
それが所謂英雄譚にでてくる主人公のことを指すと気づいたのは、再びロバートが話し始めてからのことでした。
「えーゆーはね、すごいんだ。さいしょはちょうよわいくせに、たくさんのしれんをのりこえて、ガンガンつよくなるの。それでね、さいごにはこわいこわいまおうをたおして、せかいにへいわをもたらすんだ。だからボクにも、えーゆーみたいにたくさんのしれんがふってきたら、ひょっとしたらいいおうさまにだってなれるかもしれない」
ロバートの語ったそれは、まるで絵空事のようなお話。
広大無辺に荒唐無稽で、およそ実現不可能な条件。
けれども、そのときのわたくしには、まるで女神がくださった天啓のようにも思えたのです。
この答えが、答えがあることが。ですから――。
「しれんがあれば、ロバートはいいおうさまになれるのですね? だったら、わたくしがよういいたしますわ」
「エリーゼちゃん? きもちはうれしいけど、そんなのムリなんじゃ……」
「いいえっ、ムリなんかじゃありませんわっ!!」
わたくしはロバートの右手を両手で握って、真剣な眼差しでそのお顔を見つめました。
「わたくしが、よういいたします。ロバートがデイヴィットさまのようなりっぱなおうさまになれるように。えいゆうのしれんをたくさんよういして、ロバートにのりこえさせて、きっといいおうさまへとみちびいてさしあげますわ」
「ふぇ? エリーゼちゃん、それほんとに? ……でも、やっぱりだめだよ。もししれんがよういできても、キミがじゅんびしたんだってしったら、ボクまたエリーゼちゃんにあまえちゃう……」
幼いわたくし的に、売り言葉に買い言葉だったのでしょうか。
それでもいったん胸に点った炎は、なおも激しく燃え盛ったのです。
「だったらわからないよう、かくれてしれんをじゅんびしてさしあげますっ。わたくしがじゅんびしたしれんで、ロバート、あなたはりっぱなおうさまになるの! もうこれはけっていっ!!」
「えぇー? エリーゼちゃん!? ……ちょっとおちつこうよ、ね?」
ロバートは、まるで暴れ馬を眼の前にした厩番のように驚き、肩をポンポンと叩いてヒートアップするわたくしを落ち着かせようとしました。
きっとそれが功を奏したのでしょう、顔を真っ赤にして憤っていたわたくしの心は、段々と平静を取り戻してきたのです。
「もうしわけありません。わたくしったら、なんてはしたのないまねを……」
「アハハ、でもありがとっ。エリーゼちゃん」
今にも顔を覆いたいわたくしに笑むロバートは、さっきまでの暗い表情ではありませんでした。
そのあまりにも素敵な笑顔を浮かべ、ロバートは明るく弾んだお声でこうおっしゃったのです。
「こんなボクをはげましてくれて、おうえんしてくれて、ほんとにうれしいよ。だからね、ボクもうすこしだけがんばってみる。おとうさまみたいにりっぱなおうさまにはなれないかもしれないけど、でもできるだけちかづけるようにがんばってみるよ」
膝に手を当て立ち上がるロバートの面差しにはもう、先程まであった暗い陰は差しておりませんでした。
高く昇った太陽を見上げ、まるでなにかを掴むかのように右手を伸ばされたそのお姿に、わたくしは思ったのです。
……きっと、わたくしは誤解していたのです。
わたくしはずっと、自分だけが籠の中の鳥だと思っていました。でも、それは大きな間違い。ロバートもまた、生まれたときから定められた運命に囚われた、鳥籠の中の小鳥だったのです。
わたくしと結婚し、王となる務めを負ったロバートに、最初から自由などありませんでした。わたくしと同様、いえそれ以上に、悲観主義に陥ったって不思議なんかじゃない――けれどロバートは、そうはなりませんでした。
ロバートは、空だけを見ていました。
いつかこの柵が払われて、青い空に羽ばたけるその日を夢見て、柵の内側でずっと空を飛ぶ練習をしていたのです。
ときがきて、鳥籠が取り払わたとしても、それは本当の自由ではないかもしれない。ロバートは、ロバート自身のために空を飛ぶのではないのかもしれない。その背に、もっと重いなにかを背負わされ、誰かに飛べと言われるのかもしれない。
それでも、いつか訪れるその日のために、このわたくしにもできることがあるのでしたら、そしたら――。
「ロバート、わたくしほんきですから……さっきのおはなし、どうかおわすれにならないでくださいましね」
わたくしは眼の前のあまりにも真っ直ぐな少年に見蕩れてしまいながら、心の底からそんなことを口走っていました。
その声にロバートは、いえ――わたくしのロバートは振り返ると、ニコニコっと満面の笑顔で、こう答えてくれたのです。
「うん、ありがとうエリーゼちゃん! ボクぜったいに、エリーゼちゃんとのやくそくわすれないよ! ボク、いいおうさまをめざすね!!」
――それはとてもとても遠い記憶。
――まだあどけない少女だった公爵令嬢エリーゼ・ムーンリバーが、初めて恋に落ちたときのお話、なのでした。
〈了〉
ここまで読んでいただけた方、もしいらっしゃればどうもありがとうございます<(_ _)>
えぇ~色々おっしゃりたいことがあることはわかります。後半のクオリティについてだとか……。
でも一言だけ《完結済》私はこの文字が見たかった。
この小説を書いているとき、自分はどうあってもピリオドマークを見ようと走っておりました。それだけが支えでした。エタ常習のままではいたくなかったんです。
うーん、そういう意味では一歩前進できたのかな? できたと思いたい……。
さて、ブクマ・評価pt・感想など、このサイトには作者と作品を評価する項目がたくさんあります。
もしよければそのどれでも、一言罵倒であっても、ご反応いただけると未熟な私めの力になります。
お気軽に、是非にご反応をいただけたらと思います。作者が飛び跳ねて喜びますので(んー、こういうの一度ちゃんと完結させたあとに言ってみたかった)。
――それでは、また次作でも会えますことを願って。




