1.夜会の不協和音
王家が主催する華やかな夜会に父と共に参加したけれど、誰もわたくしに声をかける者はいない。
値踏みするような視線があちこちから突き刺さるのに、視線が合うと皆がわたくしから顔を背ける。
たまに同情するような視線を送ってくる顔だけを覚えておく。
わたくしの役割は理解しているからこそ、顔色を窺うだけの人達の元へ行き、仲間に入ることは出来ない。
「王家の顔色を窺うだけが、国のためではないでしょうに」
微笑みを浮かべながら、会場の隅で様子を見ていると、厄介な人物たちが近付いてきた。
「アイシア。ずっと張り付けた笑みを浮かべて、お前は本当に気色悪いな。人形みたいなお前を誰も相手にしないのに、頭を下げることもしない。哀れな奴だな」
「上位貴族しか参加できないはずの夜会に、なぜあなたがいるの?」
「殿下から許可をいただいている。なにせ、俺は次期グランヴェル侯爵だからな」
当然のようにわたくしを呼び捨てにし、次期侯爵を名乗る男はイルシオ。
わたくしグランヴェルの婚約者で、遠縁にあたる騎士の子。
わたくしの家に婿入り予定にもかかわらず、わたくしとの仲は最悪。
理由は明白、今もその原因を腕にぶら下げている。
「そうそう、グランヴェル家の爵位はイルシオが継いでくれるから、嫌われ者のあんたは感謝しなさいよ」
イルシオの恋人のメアリー。
幼馴染であり、恋人である二人は事あるごとに絡んでくる。
別にイルシオとの間に恋愛感情はない。
愛人を作りたいのであれば、それも構わない。
だけど、家のことは許せない。
思わず握ってしまった拳をゆっくりと緩め、イルシオに向き直る。
「この国は女が爵位を継ぐことを認めています。お父様から爵位を継ぐのはわたくしです。我が家について何も知らず、学ぶこともしないあなたに継がせることはできません」
「はっ、俺には殿下がついている。殿下に嫌われ、誰も相手にしてない奴が侯爵になれる訳がない。俺がグランヴェル侯爵として名を残してやる」
何も持たぬ身で、努力もせず、貴族社会での身分を軽視する。
千載一遇の機会に王子に取り入り、自分が貴族として立つだけしか考えない愚か者。
幼い頃から両国の血を引いているからこそ、常に自分のために学び、努力をしてきたからこそ許せない。
それでも、第一王子が二人と身分を超えて側近として扱い、この言動を許している。
周囲が注意をしたくても、できない環境が出来上がっている。
「驚いたな。噂には聞いていたが、恥知らずな婿入りがあったものだ」
「あら、いつの間に?」
「会場に入ったばかりだ。グランヴェル侯爵令嬢、無知蒙昧な者の相手よりも、一曲、お願いできるか?」
「ええ。もちろんですわ」
このまま揉めていれば、嫌でも目立ってしまう。
わたくしの粗探しをして、社交界の場でも貶めたい相手に付き合う気はない。
声を掛けてきた男性に微笑み、手を預けて会場の中央へと歩み出す。
曲が変わり、新しい曲に合わせて踊り始める。
「助かりましたわ」
「いや、驚いた。こちらに来るのはかなり久しぶりだが、酷くなってないか?」
「ええ。殿下の帝国嫌いが悪化して、調子に乗っていますの」
互いに婚約者がいる身であり、過度な接触は避けつつも、優雅に美しく。
鍛えられた体は軽々とわたくしを支え、会場の誰よりも華やかに踊る。
イルシオ達が王子の元へと向かっていた。
身分が低い彼らこそ、他の者には相手にされないから当然だけど。
王家の意向には逆らわない日和見の家が多い。
わたくしが表立って反抗すれば、上げ足を取りたい方々も多い。
「王都が変わったのも事実ですが、北の辺境伯は中央がお嫌いだと噂になっておりましてよ」
「あまり苛めないでくれ。君の言う通り、ここ数年は忙しく王都に来る暇もなかった。それでも、最初に君に挨拶に来たのだから」
「ふふっ。ええ、わかっております。お忙しいのは、隣接していた帝国の領地が独立したからですか?」
「ああ、その通りだ。急に新しい国となり、接する側としてはどのように扱うか、父や兄と共に頭を抱えた」
北の辺境伯の次男、アルフレッド。
父親同士がとても仲が良く、幼い頃にはお互いの家を行き来していたが、婚約者が出来てからは交流が途絶えていた。
「君の婚約者がこちらを指さしているな。王子も頷いている」
「常に浮気相手をぶら下げているのですから、文句は言わせません。そんなことよりも、わざわざダンスに誘うほどのご用件が?」
「ははっ、話が早くて助かる。知っていれば、教えてほしい。『苗代の役』とはなんだ?」
「まあ! 流石だわ。その言葉を引き出すなんて」
他の人に聞こえぬように囁かれた言葉に、笑みが零れる。
意味はわからずとも重要なこと理解して、わたくしに接近してくる。かつて帝国と最前線で戦った北の辺境伯家の長老の手腕は健在らしい。
この時期にわざわざ使いを出したのも、動きを見極めるためだろう。
曲が終わり、不自然ではないように庭を眺めるためのバルコニーへと移動する。
「教えてもらえるか?」
「そうですね。でも、どうしてわたくしに聞くのか、その答えを聞いてからにいたしましょう」
信頼できるか、否か。
言葉の意味を教えるに足る人物であるのか、先に証明してからだろう。
わたくしの意図を正しく受け取った男は、恭しく膝をついて首を見せるように頭を垂れた。
「隣国で少々な。祖父がすぐにアイシア嬢か、アイシア嬢の母君、グランヴェル侯爵夫人に意味を確認するように指示を出してな」
「そうですの。話しにくいから、お立ちになってくださる?」
「ああ」
男は立ち上がり、わたくしに視線を戻しながら、斜め後ろの方へ視線を送った。
どうやら盗み聞きをしている不届き者がいるらしい。
「盗み聞きは、はしたないですわ。姿を現してはいかがでしょう?」
暗闇で姿は見えない先に向かって声を掛ける。足音を立てながら近づいて来たのは無骨な中年男性だった。
「まあ! 我が国が誇る黒の将軍が盗み聞きですの?」
王国が誇る最強と名高いブライス将軍。
武勇に優れ、統率能力が高いだけではなく、政治的な感覚も鋭い。
辺境伯家の人間と、帝国の血を引く令嬢の密会を自ら探る豪胆さは評価できる。
「彼に用があったのだが、少々気になる話題であったので、つい気配を消してしまった」
「お行儀が悪いですわよ」
「すまない。だが、君達も二人きりでは余計な詮索を受けるのでは?」
「わたくし達よりも、ご子息を気にしては?」
わたくしの言葉に、瞳を閉じて頭を下げた。
王子の側近である次男が何をしているのか、把握はしているらしい。
わたくしに直接危害を加えることは無くても、傍観しているだけの男がどうなるのか。
「王子が率先しているとはいえ、行動を正せない側近に価値はありませんわ」
「耳が痛いことだ。善処しよう」
「お急ぎになってください。あまり時間はありませんわ」
ぴくりと将軍の左眉が上がった。
それを了承ととり、困ったように眉を下げているアルフに微笑む。
「お待たせしましたわ。アルフ、答え合わせをいたしましょう? あなたの解答が正しければ、花丸をあげましてよ」
「ははっ、そうだな。役割は国の王を親帝国派とする立場に導くこと」
「ふふっ、少し考えすぎですわね。でも、いいところをついています」
隣国となった新しい国の王妃は帝国出身の母を持つ。
わたくしと同じような立場。違うのは併呑した国を独立させて属国にしたか、攻め滅ぼせずに仮想敵国のままか。
「『苗代の役』とは、皇族の血が途切れないように、血を繋ぎ、他国で芽吹く苗となること」
「表向きか」
「あら、信用がありませんのね」
表向きと即断するアルフに苦笑する。
我が家に接触してきたのも、見極めたいからだろう。
国の行く末を考えたとき、このままであれば再び戦争となる。
その日は遠くない。それを理解している。
「調べたが、君の母君のような存在が各国にいる」
「ええ。そうですわね。融和政策として昔からありますわ」
「頭が痛い話だな。何故、皇帝の従兄妹の娘を虐げるようなことができるのか」
「噂は知っていたが、今日、この目で見て俄かに信じられなかった」
ブライス将軍が頭を横に振り、ため息とともに呟いた。
その言葉に続いたアルフも困惑している。
「あら、噂をすれば、でしょうか?」
話を止め、こちらに向かって来る男に対し、カーテシーをする。
「アイシア・グランヴェル嬢! 婚約者を持ちながら他の男と二人きりで長時間も何をっ!」
現れたのは、第一王子フォリス。
頭を下げたままのわたくしに怒鳴りつけてきた。
「おや、殿下。淑女に対し、そのような態度はいただけませんな。アイシア嬢、私が呼んだのです、どうぞ、楽に」
ブライス将軍がフォローに入り、顔を上げるとわなわなと唇を震わせてゆでだこになっている王子の顔が目に入った。
「ブライス将軍! 止めるなっ!」
「臣下として、間違っていれば止めることが役目です。殿下、お一人ですか? どのような場所でも、一人で動くことの無いように伝えておりますが」
ブライス将軍は護衛を探すように、周囲に視線を巡らせながら、王子の横につく。
慌ててこちらに向かってきている護衛。
こちらの様子を窺っている側近達も同様だけど、王子の身に何かあったらどうするのか。
すぐさま王子を庇えるような人員はいない状況はあり得ない。
「そんなことはどうでもいい! 婚約者がいるのに、他の男と二人きりになることが!」
「二人きりですか? 私もいましたが? すぐそこに従者とメイドもおります。お叱りになるのは、数年ぶりに会う幼馴染み同士よりも、婿に入るのに浮気をしている殿下の側近では?」
ブライス将軍の声音に責める響きが含まれて、王子は拳を固く握った。
わたくしに落ち度があると会場に聞こえるように大声を張り上げているが、王子に同意する者はいない。
見事に裏目に出ている。
「イルシオとメアリーは他にも目がある場所にいる! それよりも人のいない場所で二人きりになる方が問題だろう!」
「婚約者を持つならば不適切な距離であることは誰の目にも明白です。そして、アイシア嬢は見ての通り、二人きりではありませんが?」
「ブライスがずっといたわけではなかろう!」
「最初から話を聞いています」
ブライス将軍の返答にわたくしとアルフが苦笑した。
将軍は最初から話を聞いていた。盗み聞きも含まれるが、間違ってはいない。
「問題はアイシア嬢にある! 会場についても、婚約者に挨拶に来ないのだぞ!」
「あら、婿に来るなら、現当主への挨拶はあちらからするべきでは? 他の女性を連れ、できるならですが」
「君がメアリーを認めれば問題はないだろう。愛し合う二人を引き裂くほど、君には情がないのか。イルシオは、正妻は君でいいと言っているんだ。愛人の一人くらい許すのが寛容だろう」
貴族は血を残し、家を守ることこそが最大の義務。
家を乗っ取ることを許す王家など、どの家にとっても害悪。
会場の者達が顔を顰めたことに王子は気付かない。
「問題はそこではありません。メアリーにしか子は産ませないと宣言する婿――高貴なる血をどうお考えですか?」
「血よりも優秀で、忠誠心のある者こそが大事ではないか。君には我が国にとって憎き、帝国の血が入っているのだ。その血を繋ぐことに意味はない」
静まり返った会場に殿下の声は届いた。
長く、敵対していた帝国。その血を憎む者がいるのは事実でしょう。
それでも、表面上は悟らせないのも貴族。平和に暮らすことが出来ているこの二十年は母が嫁いできたことも理由であるのに。
国を任せるに値しないと自ら宣言をした。
敵として相対するしかない。
声が響いた会場では、父が悲しそうに王に視線を送っていた。
「殿下のお考えはよくわかりました。わたくしがいると邪魔になりそうですので、これで失礼いたします」
「途中までエスコートしよう」
馬車へと歩きながらも、暗い顔をしているアルフ。
帝国と戦い続けた家だからこそ、悩むのだろう。
帝国を再び敵に回すのか、王家の間違いを正すのか。
「幼い頃の聡明な彼は見る影もないな」
「あの一件以来、随分と変わってしまいました」
王子が変わる切っ掛けとなった事件。
自身の失態を認めることができずに、無理矢理に繕った結果がこの現状。
アルフは「近日中に侯爵家に伺う」と呟くと、その場を離れた。
そして、3日後。
王家から、婚約破棄をするならば、イルシオを養子とし後継者にせよという命令書をブライス将軍が持ってきた。
父とは何かを話したようだけど、わたくしには頭を下げるだけで何も言わなかった。
「お父様、戦いましょう」
「辛くはないか?」
「お父様のように、心を痛めるような親しい方がおりませんので」
「……情も尽きたか」
お父様の言葉に肯定も否定もしない。幼い頃から知っていても、人は変わる。
王家と敵対すること。
それが自分の生まれのせいで生じているのであれば、辛いとは思わない。
両国の懸け橋になれる存在ではあるけれど、それを望まない人達のために犠牲になるつもりはない。
すでに戦うための盤面が出来ている。
わたくしの誇りのために、婚約者を追い詰めるだけでは足りない。
「今日の様子から軍部は抱き込めるかもしれませんね。辺境伯家も声を掛けてみます」
「……道はないか」
「王の言う通りにされますか?」
「いや、変えるつもりはない」
「では、王家が命令を撤回するまで――塩を止めたいのですが、いかがです?」
「民が困るだろう」
「ええ、だからこそ最初は王都にだけ。備蓄もあるでしょうし、すぐには困りません」
この国で岩塩が出る鉱山を持つのはグランヴェル侯爵家のみ。我が家の塩か、もしくは他国からの買い付けしかない。
帝国を憎むと常々口にしながら、塩を頼ることはしないでしょう。
「撤回をしなかったら、完全に止めるつもりかい?」
「来月には試金石がまいりますわ――そこで王子の考えが変わらなければ」
王子の箱庭である学園。
そこでは自由に振舞えるから、勘違いをしている。
箱庭に外敵が現れたとき。
彼の行動次第で、王国の未来が変わる。




