19 境界の亀裂
赤色灯をともすと、黒い箱の前に座ったカイは大きく深呼吸し、震える手で蓋を開いた。
獣耳がわずかに下がる。
「カイ……種は」
ゼフィルの問いかけに、カイはゆっくりとこちらを振り返った。
両手で抱えた瓶。そのガラスを突き破るように、五寸ほどの緑の茎と若葉が伸びていた。
「そんなに大きく……」
「僕は……植物学者の名折れだ。
枯らすことも、傷つけることさえ出来ず、この事態を招いてしまった……」
黒い瞳から涙が零れ、瓶を持つ指先を濡らす。
ゼフィルは慌てて彼のそばに跪いた。
「違う! お前のせいじゃない!
こんな規格外の植物、誰が手を出してもダメだった。
ドライアドでさえ処理できなかった種だ。
俺にだって何もできない。お前は、ただ巻き込まれただけだ!」
「……ゼフィル」
「頼む、泣くな。俺は今日もハンカチを持っていない」
「ははっ……なんだよそれ」
袖で涙を拭い、カイは少しだけ笑った。
「ここを出よう。この狭い部屋で襲われたらひとたまりもない」
「そうだな」
二人は足早に巨大温室を出た。
外は冷たい雨。空一面に重い雲が広がり、容赦なく打ち付けてくる。
そして、目に映った光景に息を呑んだ。
――世界の亀裂。
地面でも空でも関係なく、至る所にひびのような割れ目が走り、そこから強い潮の匂いが漂っていた。時折、水が溢れ出しては、足元を濡らす。
「これが……境界の歪み?」
「そうだ」
振り返れば、いつの間にか背後にドライアドが立っていた。
焦茶の長い髪は雨に打たれ、緑の衣は戦闘で汚れていたが、彼女の眼差しは鋭く、神々しさを欠いてはいなかった。
「来るぞ!」
その声に、ゼフィルとカイは反射的に身構えた。