逃亡編 9
ゆっくりとだが確実に近づいている足音に後ずさる。…落ち着け。追われているという焦りは、視野を狭くして自分自身を追いつめる。
足音に集中して聴き分けろ。確かにする足音は二足歩行の足音か。それとも四足歩行の足音か。
足音にも個性は出る。大股で歩くなら、男の人が多いし、小股でつま先から力が入るなら女の人が多い。動物なら肉球の働きで体重の移動がスムーズで、音を消す事が習慣づけられているから足音がしない。
この足音は。人間。
一気に緊張が増す。
ナイフを持つ手に、汗がにじむ。
足音は、二人。大股で、歩くたびに金属の擦れ合う音。声を潜めてボソボソと話し声。
私を狙う悪魔狩りか、それとも。
「ここの森で本当に毛皮なんか手に入るのかよ。お前、騙されたんじゃねーの?」
私の耳にはっきりと声が聞こえた。
「…ここで狩ってきた奴から聞いた話だ。」
「狩ったって言ったってぼろぼろで売り物にならなかっただろ。どんな殺し方したらあんだけ汚なくなんだよ。黒色の毛皮が血塗れで買い取ってもらえなかったんだ。毛皮なんて眉唾物だろ。」
「…この森にまだいるらしい。」
「それが疑わしいだろーが。金になる情報をただでくれる奴がいるかよ。」
男たちの夜の森を歩くための火を入れたランプの灯りが木々を照らす。
「…あいつら、情報料として一割よこせだと。」
「はぁ?馬鹿言ってんじゃねーよ。何のために危険を犯してまでここに来てんだよ!」
声を荒げる男。黙りこむ男。
「欲しがる人間がいるから商売になるけど、見つかったらやばいんだから報酬は俺たちのもんに決まってんじゃねーか!」
これだけ話を聞けば答えは明白。
この男たちの狙いは、私じゃない。黒色の毛皮。血塗れの毛皮。売るための殺し。密猟。
逃げた子供。おそらくこの子供の親族。犠牲。
反吐が出る。殺して売る奴もその毛皮を身にまとう奴も。
…私も同じなのかもしれない。でも、ここまで腐ってはいない…はず。
よし、私の独断と偏見でこいつらを懲らしめよう。獣人の男の子が望んだわけではない。私がムカついたから。
こいつら、喰ってやる。
口角が上がり、牙が伸びる。唇に刺さる牙は鋭く尖る。牙が唇を傷つけてプツリと血の味がする。舌で血を舐めとった私の顔はたぶん残忍な笑いを浮かべていただろう。
悪魔にふさわしい顔だったはず。




