12. 愛おしい人のために
※ 本作には「アレルギー」に関する描写が登場しますが、あくまで異世界ファンタジーとしての演出です。
現実の疾患を軽視・揶揄する意図は一切ありません。
ルチアナはあの事件の後、精神を病み、心身ともに崩れていった。
最初リディアーヌがルチアナを殺そうとしたのでは、と疑いの目が向けられたが、用意したミートパイもナラクアの果実水からも異常は何も見つからなかった。
誰も、“ナラクア”がルチアナにだけ毒性を発揮するのだとは気づきもしなかった。
本来ナラクアは桃に似た無害な果実だ。
そして桃はリディアーヌの母の大好物の果実であり、昔からそれを好んで口にしていたほどだった。
しかし、それこそが落とし穴だった。
母が妊娠中に好物として繰り返し摂取していたことで、胎内にいたルチアナの免疫系は“ナラクア由来の物質”に強い拒絶反応を覚えるように感作されてしまったのだ。
それが後の“重篤なアレルギー”となり、今では微量の精油や香気成分に触れただけでも、ルチアナの神経は過敏に反応するようになっていた。
思い返せば、ルチアナは昔から桃に似た果物には手を伸ばそうとしなかった。
「なんだか匂いが好きじゃないの」と言って、桃の入った菓子やジャムをそっと皿の端に寄せる姿が何度かあった。
ときおり香りを嗅いだだけで、ほんの少し咳き込むことさえあったが、それも気まぐれだと誰も気にしなかった。
誰も深く気に留めていなかったその違和感こそ、彼女自身の本能的な“防衛反応”だったのだ。
やがてルチアナは、社交界とは無縁の施設に隔離されることとなり、父と母も容態が悪化し、ともに病院への入院を余儀なくされた。
その病院にはリディアーヌが手配した特別な食事が届けられるよう手配しておいた。
アレルギー物質の管理を欠かさず、家族の“症状”を意図的に進行させるために。
たとえその食べ物を拒否しても、彼らが口にできるのは水だけ。
きっとそう遠くないうちに、彼らは天に召されることだろう。
「どうか安らかに。今度こそ、思い通りの夢が見られますように」
*
そして父が長期療養のため、事実上、家の運営や爵位に関わる権限を手放さざるを得なかった。
正式な死去はしていないものの、その状態を鑑みて、家の有力者たちの合意のもと爵位はリディアーヌに譲られたのだ。
しかし新たな問題が残っていた。
それは家を継ぐための婿の問題だった。
そこに名乗りを上げたのは、叔父であるアシェルだった。
「……あの叔父様?叔父と姪は結婚できないんですよ」
「そんなの当たり前だろう」
「ええ、そうですね。だから私と叔父様では…」
「問題ない、そもそもリディアーヌと私は血は繋がっていないのだから」
「………はい?」
アシェルの話を要約すれば、リディアーヌの母は再婚での連れ子であり、実家の血を全く受け継いでいない。
だから祖父母からすれば、血を絶やしたくないためアシェルとリディアーヌの婚姻に前向きだそうだ。
「………ううん」
迷いはある、だが正直これから知らない男とお見合いだのなんだのするよりは、少しだけ信頼できるアシェルの方が安心だと思っている。
だが決断するには、まだ得ていない答えを得る必要がある。
「…叔父様」
「アシェル、と呼んでくれないか?」
「…わかりました、アシェル様。
ただ婚姻のお話をする前に聞きたいことがあるんです。
ルチアナの祝福を、あなたは知っていたんですか?」
リディアーヌの問いかけに、アシェルはあっさりと肯定した。
「ルチアナは“魅了”の祝福を受けていた」
「…魅了?」
「言葉通り、多くの心を奪う祝福さ。だが同じ祝福の者には効かない」
その言葉にリディアーヌは確信する。
アシェルがルチアナに魅了されなかった理由、それは。
「私も祝福持ちだ、そして私の祝福は“回帰”」
リディアーヌの胸に熱いものが込み上げた。
回帰、それがアシェルの祝福だというなら。
「もう気付いているだろう、リディアーヌがやり直したのは私の所為だ」
「………どう、して」
「リディアーヌ、君を失いたくなかった」
アシェルはあの日の後悔を鮮明に覚えている。
リディアーヌが転倒し、打ち所が悪く亡くなったと知らされアシェルはすぐに彼女の元へ駆けつけた。
だがアシェルは見た。
リディアーヌの死を嘆きつつ、大勢に慰められながらリディアーヌを嘲笑うルチアナを。
神の祝福は、神が自らの好みに応じて与える。
アシェルに祝福を与えた神は、回帰だけでなく“美しさ”も与えた。
その所為で、何度苦しめられたことか。
信じていたメイドや友達にだって裏切られたこと数知れず。
祝福を与えた神を何度呪ったことだろう。
だけどリディアーヌは、リディアーヌだけはアシェルを、ただの叔父として慕ってくれた。
幼きゆえに欲望など薄かったのだろうか。
けれど、アシェルは救われたのだ。
だがルチアナが生まれ、よりによって魅了などという愚かな祝福を授かったことにより、リディアーヌはルチアナを妄信するようになり引き離すことは容易ではなかった。
結果アシェルはリディアーヌを救うことすらできず、最愛の子を失ってしまったのだ。
「……それで、回帰を?」
「君のいない世界に、なんの意味がある?」
リディアーヌは信じられない思いだった。
だけどアシェルの真剣な眼差しが、リディアーヌの胸を高鳴らせた。
「リディアーヌ、どうか私の妻になってほしい。君を心から愛してる」
リディアーヌは深く息をつき、優しく微笑んだ。
これはやり直しではない。
私が選んだ、もう一つの未来だ。
初めて、愛を信じてもいいと思えた。
彼の願いが私を連れ戻したなら、
今度は私が願おう、ともに生きたいと。
冷えた胸の奥に、あたたかな灯がともった気がした。
end
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