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244話 接触 其の2

「話がしたいだけと、そう申し上げましたよね?」


 仲間を呼ばれる。悟り、背を向ける伊佐凪竜一の背を無機質な声が突き刺した。足を止め、振り向く。刀を握り締める手に力が入る。


「遅れて済まない」


 手に浮かんだ血管が脈打った。伊佐凪竜一の視線の先に男が降り立った。セラフの頂点、ミカエル。時間が惜しい、そう前置きした男は困惑する伊佐凪竜一を他所に一方的に語り始めた。


「挨拶抜きで本題に入らせて頂く。新総帥の命を受けた我らセラフは君を捉える為に動いている訳だが、全員がその指示に疑問を持っている。更に言えば新総帥決定に至る全過程にも、だ。君も既にその結論に至っているだろうが」


 そこまでを語ったミカエルは一拍間を置き、婚姻の儀――と切り出した。彼も同じ疑問を持っている。


「何かが起こるって?」


「何か、までは分からない。ただ……こうも強引である以上、連合に良からぬ影響を及ぼす可能性は高い。だから知りたいのだ、君が信用に足る人間か。ルミナを支えるに相応しい人間か、この事態を治めるに足る精神と力を持つ人間か。無論、拒否しても構わない。但し」


 ミカエルはその先を語らず。だが、否応なく伝わる。戦いの予感――とは言え、返答次第では回避が可能。


 しかし、その条件に驚かされる。ザルヴァートル財団により創造されたセラフ達は主たる財団総帥の意向に反するどころか、敵である伊佐凪竜一と手を組もうと持ち掛けた。


 新総帥への露骨な不信と危機感が言動に隠し切れていない。一方、納得する部分もあった。伊佐凪竜一の捕縛に動き出した真の理由は、彼と独自に接触して協力を仰ぐ為だった。


「君には二つの選択がある。我らを信じ協力するか、さもなくば……」


「分かった」


 ミカエルの語りを遮り、伊佐凪竜一が即答した。目的を共にするならば争う理由はないと、その目に宿る強い決意の輝きが雄弁に語る。


「驚いた。随分と決断が早い」


「信じようと決めただけだ」


「感謝します。しかし失礼を承知で申し上げますが、無謀か無知ではないでしょうか?」


 が、余りにも早い決断にガブリエルは疑惑を向けた。現状を覆し得る英雄、伊佐凪竜一への不信を隠そうともしない。


「その気ならとっくに捕まえていただろ?この位の判断なら誰でも出来るさ」


「その認識は正しい。己惚れる訳ではないが、我らが全力を出せば君の捕縛は可能だ。しかし、もう片方の認識は間違っている。どうやら君は己以外への評価が甘いようだ」


 ミカエルもまた水を差した。彼が反応したのは伊佐凪竜一の発した「誰でも」という方だろうか。


「残念だが合理的、理知的に物事を判断する人間は多くはない。誰もが信じたい物事を信じ、その為にあらゆる情報を自らに都合よく捉える」


 痛いほど知っている。偏見や先入観だ。消そうと思っても消せない、人に特有の問題。それが、彼を苦境に(おとし)めている。


「今、大多数の人間が何者かが巧妙にばら撒いた偽の情報に呑まれ、正常な判断力を失っている。直に見聞きした訳ではないのに都合良く踊らされ、疑いもしない。嘆かわしいが、これが旗艦の現状だ」


 ミカエルの言葉に伊佐凪竜一は反論を飲み込んだ。ここ数日で旗艦アマテラスと地球の情勢、何より英雄である伊佐凪竜一とルミナへの評価が劇的に変化する様を彼は確かに見聞きしていた。


 僅か半年前の出来事は既に遠い記憶の彼方と忘れ去られ、今や憎悪と侮蔑(ぶべつ)でもってその評価は塗り潰された。英雄の人となりなど知らないのに、苦境を直接見た訳ではないのに、報道され、あるいは人づてに聞かされた情報を真実と誤認した人々は英雄を唾棄(だき)し、憎悪する。


 かつての戦いを命懸けで止めたと言う事実などもはや存在せず、ただ血に塗れ罪に塗れ、(おびただ)しい死骸の上に立つ悪鬼として認識されてしまった。


 否定的な意見は最初こそ少なかった。だが、歪曲された情報が絶えず報道された結果、大勢が真実だと思い込んだ。もしかしたらそうかも知れない。そんな疑心暗鬼が日を追うごとに膨れ上がり、何も変わらない現状が人の中に(うごめ)く闇を更に焚きつけた。


 ――何も変わらないのは英雄が足を引っ張っているからだと、そんな荒唐無稽(こうとうむけい)な噂が流れ始めた。


 その先は瞬く間だった。賛成反対、否定肯定、様々な意見はやがて殊更に大きな声に集約され始めた。その様はまるで餌に群がる蟻の如く、誰も止めようがなかった。しかし、伊佐凪竜一はそれでも迷いを見せない。


「間違うなんて誰にでもある」


 熟考の末、彼は頭一つ分ほど高いミカエルを見上げた。追い詰められ、否定されても、それでも彼は誰も責めない。それは明確な意志、戦うべき者を間違えないという決意に見えた。


「そうか。どうやら君は信ずるに値する人物のようだ。実は、君がこの区域へ足を運んだのは自発的ではなく私の意向によるものだ。君の行動を追いかけるのは極めて困難で、ここまで時間が掛かってしまったがね。だがその甲斐はあった、君と接触できたのは最大の幸運だ」


 その言葉に伊佐凪竜一は驚いた。施設を案内する式守(シキガミ)の異変含め、確かに様子が少しおかしかったが、ミカエルの意を汲んだガブリエルが介入した結果だとすれば納得がいく。


「真偽を見極める。これほど言葉にするには簡単で、実行が難しい言葉もない。何者かは何かの目的で意志薄弱な人々を一方向に誘導し、君みたいに誘導されない人間を排除しようとする。そして……実に嘆かわしいが、我がザルヴァートル財団も一枚噛んでいるようだ」


「疑問を持つ、って言ったのはそう言う理由なのか?」


「恐らく前総帥が殺害された理由も明日起こるであろう何かの邪魔になると判断したからに違いない。あの方がご存命ならば君達の行動を強く後押した確信が私にはある」


「だけど、その総帥を殺害したのはルミナだって言っただろう?」


「実は、誰もその現場を目撃していないのだ。確かに彼女は武器を携行しており、総帥のご命令で取り上げる真似はしなかった。それ故に、ルミナがアクィラ総帥を殺害したとの情報が事実として拡散されるのを止められなかった。まさか総帥のご厚意が彼女を窮地(きゅうち)に追い詰めるとは……」


 総帥の殺害を止められなかったミカエルは「無念だと」と、話を締め括ると静寂に身を委ねた。


 無表情な鉄面皮が僅かな苦悶に歪んでいる。抑えきれず、溢れる感情が表出するその様子にはアクィラ=ザルヴァートルへの高い信頼と、そんな彼女を救えなかった心中を雄弁に語る。


「我々は別の人間……副総帥フェルムが殺害したと考えております。総帥と副総帥のご命令は絶対でして、当時あの男は込み入った話をすると言う理由でセラフの介入を禁止しました。状況証拠でしかありませんが、恐らくは」


「しかし、一方で確たる証拠は何もない。旗艦アマテラスを管轄(かんかつ)するヤタガラスと、実効支配する守護者が口を揃えて『ルミナ=AZ1が犯人』と断言する現状において従う以外の選択肢は無い」


「ですが、セラフには自由意志が与えらえれています。自らで考え、状況を判断し、行動する権利。今、我々は暫定新総帥の指示を受けつつも自由意志を用いて独自に動いています」


「大丈夫なのか?」


「今のところは、とだけ言っておこう」


「つまり、何れは敵に回ると?」


「スサノヲを縛る『鎖』と同じく、我らにも行動を縛る『神託』という枷が存在する。情けない話ではあるが、新総帥の性格から判断すれば遠からず発動されるだろう」


 セラフと伊佐凪竜一の会話を通し、あの夜の状況とセラフの置かれた状況がほんの僅かだけ明らかとなる。


 アクィラ総帥を殺害した新総帥は、同時にセラフを何らかの形で縛る神託の使用権も手に入れた。何の躊躇(ためら)いもなくルミナに罪を(なす)りつける悪辣(あくらつ)な性格からすれば、どのような形で使用されるか分かったものではない。


 だから伊佐凪竜一に接触、現状を伝えて協力関係を結んだ。鉄面皮の下に隠れた本心は不明だが、セラフ達も相当に切羽詰まっている。その点だけは疑いようない。

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