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241話 敵意

 連合標準時刻 火の節88日


 伊佐凪竜一の足取りを追いかけると、囮になったアックスと白川水希に別れた彼は直ぐ目と鼻の先に建つ転移施設の門を潜っていた。


 が、足取りは重い。迷路のように複雑な駅構内、同行予定の白川水希の不在、勝手を知らぬ土地で適当に行動するアックスほど豪快ではない性格、旗艦内での生活全てをツクヨミに頼っていた過去など、幾つもの要素が言葉通り足を引っ張る。


「次は……ここか?」


 携帯端末が示す目的地へのルートが示す電車へと乗り込み、一息付ける間もなく周囲に視線を泳がせ、ホッと一息つく彼の姿を監視カメラが捉えた。


 この現時点ではまだ指名手配されていない。が、それは今この瞬間だけの話。守護者達も馬鹿ではない。遠からず特製IDの存在に辿り着いたならば、目撃情報を募る為に全ての情報を公開するだろう。


 スサノヲの地位を不当に落とす事で勝ち得た信頼を僅かに失うのと引き換えに得る利は多大。急がねばその時は来るが、一方でそんな心理的圧迫を除けば全てが順調に進んだ。


 もうあと僅か。電車を降り、転移施設からどこへなり転移すれば彼を追跡する手段は無い。広大な艦からたった1人の人間を探し出すのは砂漠から小石を探すに等しく、現状では旗艦の神か私以外の誰にも出来ない。


 指名手配が先か、転移が先か。少しずつ近づく目的地は、同時にタイムリミットへと変化する。


 ※※※


 仄かに灰色に輝く円形の大部屋に充満する濃い灰色の光に包まれた先は――望んだ行先とは全く違う場所だった。


「ここが第5居住区域?書いてある情報と違うな」


「ようこそ、第23区域へ」


 ホログラフィー型の式守が発する機械的な音声案内に伊佐凪竜一の動揺が一気に最高潮まで高まった。


「に、23!?え、5じゃないの?」


 聞き返す言葉に、しかし実体を持たない式守は返答をせず、無言のままに消失した。施設内に設置された映像諸々から利用者に適したサービスを案内、提供する式守が客を無視するなど有り得ない。


 そこまでしても、まだ彼は気付いていない。何者かが施設内のシステムを乗っ取り、彼の転移先を誘導した事に。


 罠は明白。ただ、問題がある。現時点において守護者でさえ特定出来ていない伊佐凪竜一の居場所を誰が特定し、その上で罠を仕掛けられるのか?


 ただ、何にせよ彼は誘導されるままに第23区域へと来てしまった。そして――


「お前はッ!?」


「馬鹿な、どうして普通に駅を利用している!?」


 予想通りの展開に鉢合わせた。待ち構えていた何者かと戦闘になると考えていた私が目撃した光景は、しかし伊佐凪竜一にとっては戦闘よりも厄介で、精神を削られる相手。彼の幸運もここまでか。いや、あるいはどうあってもこうなる運命だったのか。


 駅を出た先の広場に広がっていたのは、地球製のスーツを身に着けた一団。スサノヲ――ではなくヤタガラスだ。地球で言う警察に当たる、旗艦の治安維持を担う実力組織。彼等は他の客と同じく何食わぬ顔で駅から姿を見せた伊佐凪竜一の顔に動揺するも、即座に応援を呼び始めた。


 当然、周囲は騒然とし始める。旗艦を混乱に貶める「堕ちた英雄」伊佐凪竜一が黄泉を脱獄し、一般人に紛れ込みながら往来を堂々しているという事実に恐怖する。


 しかし、程なく恐怖が怒りへと転化した。伊佐凪竜一が何らの手も、口も出さない事実に1人また1人と罵声を上げると、その波は瞬く間に周囲へと広がり、やがて物まで投げ込まれ始めた。


 過去、ルミナが経験した光景を彼もまた見る事となった。意志薄弱な人間が周囲に押し流され、正誤の区別もつかぬままに心の内の醜い感情を吐き出す様を。


「醜い」


 私の口は、目の前の光景にそんな感想を絞り出した。何故こうなってしまったのか。こうさせないために旗艦法を整備し、神の監視が常態化した社会を作り上げたのに、枷が外れた途端に本能を剥き出す。一方、伊佐凪竜一は――


「逃げた!?」


「チィ、マジかよ」


 迷いなく、一目散に逃げ出した。今、戦う訳には行かない。彼とヤタガラスの戦力差は天と地ほどに開いており、余程に加減せねば殺しかねない。


 が、そんな程度はヤタガラスも承知。故に、己が命を盾に突撃する。無謀ではない、計算だ。彼が人を殺傷出来ないと知るからこそ取れる最低の、だが現状において最も有効な戦法。しかし、大きな誤算があった。


「クソォ!?」


「ふざけるなよ犯罪者ァ!!」


 断末魔と共にさながら枯葉の如く吹き飛んだヤタガラス達は、雑踏の中に、ビルの壁面に、地面に叩きつけられるや全員が意識を手放した。彼等の誤算はたった一つ。圧倒的という表現さえ不適切な、絶望的なまでの実力差。


 周囲の罵声がピタリと止んだ。伊佐凪竜一が実体化させた刀を力任せに横に薙いだだけで、その風圧に最前列に立つ数人のヤタガラス達が容易く吹き飛ばされた光景は、何の根拠もなく安全だと信じる愚者を目覚めさせるには十二分な威力があった。


 しかし、ヤタガラス側に逃がすつもりはない。再び己が命を盾に、無数の四足歩行獣型式守(イヌガミ)を総動員して足止めに入った。


 止むを得ない。被害を最小限に抑える為、己が力を最大限に振るう彼の表情に迷いはない。味方だと信じていたヤタガラスが殺意と敵意を剥き出しに襲い来る現状にも、飛び交う無数の怨嗟(えんさ)にも彼は揺らがない。


 故に、カグツチは彼に力を貸す。未知の粒子は伊佐凪竜一の意志に反応、その力を爆発的に向上させる。


「守護者が来るまで何として持たせろォ!!」


 怒号、絶叫。ヤタガラスが発した号令に死線の気配を感じた市民達は我先にと逃げ出した。刹那――


「うぉぉッ!?」


 恐怖、憎悪、悲哀、様々な感情がない交ぜになる戦場に無数の叫びと衝撃、爆発が連鎖した。伊佐凪竜一が刀を横に薙ぎ、振り下ろす度に数人が一斉に吹き飛んだ。


 力の一端を解放したというたったそれだけ。当人からすれば全力とは程遠い攻撃を受けたヤタガラス達は木っ端の如く吹っ飛び、堅牢なイヌガミは玩具の様に破壊される。圧倒的な力の差。が――


「殺す!!」


「殺せェ!!」


 それでも尚、ヤタガラスは止まらない。悪意と敵意に塗れた怒号が、戦場となった転移施設に広がる。


 戦況は、現状を総合すれば圧倒的な劣勢。伊佐凪竜一はヤタガラスを殺せない。殺せば最後、状況を誇張し、恣意(しい)的に捻じ曲げ、最悪の犯罪者として喧伝(けんでん)するのは明白。


 一方、ヤタガラスは迷いなく殺す。いや、殺さなければならない。組織として動くヤタガラスが伊佐凪竜一を擁護する真似は信頼が地の底まで落ち切った現状では自殺行為に等しい。が、今の彼等恐らくは違う。


 (はがか)らず殺意を口に出すヤタガラスの真意は市民達と同じく、濁流のように流される恣意的な情報に飲み込まれた。旗艦の窮状(きゅうじょう)を全て英雄に押し付け、責める。しかし、そんな惰弱な精神にカグツチが力を貸す訳がなく、戦闘は呆気ない程にアッサリと終了した。


 止むを得ず、短時間で強引に戦闘を終わらせようと全力を出さない程度に奮闘した結末は、ある意味において無慈悲で残酷だった。


 彼は増援含めた50名近いヤタガラスに数百を超えるイヌガミを単独で、しかも僅か2分足らずで叩き伏せると瞬く間に戦場から姿を消した。


 後に残ったのはボロボロのヤタガラスと原形を留めない程に破壊されたイヌガミ、そして――恐怖に染まった無数の視線。


 正しく振るった力は、しかし弱い人間には暴力と区別がつかない。

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