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234話 私が内通者

「今朝のデモ、間違いなく誰かが扇動(せんどう)しています」


 ヤハタから通信があった。


「信じても良イのだろうな?」


「えぇ。立場も境遇も様々な若者と接触して確証を得ました」


 ルミナに先んじて声を上げたタケルの視線は極めて厳しかった。露骨なまでの不信を隠そうともせず、寧ろヤハタを牽制しているようにさえ感じる。事実、ルミナはタケルの言動を(とが)める素振りさえ見せない。


「根拠を聞きたい」


「全員が一様に口を揃えてこう言いました。参加するだけで金が貰える、と」


「あの手の運動の目的は世間への宣伝で、その目的で数を集める。一番手っ取り早くて、最も効果的だから。ただ、それだけじゃ根拠が薄い」


「はい。続きです。現地に行って、実際に見ました。デモとは様々な団体が様々な思惑で合流し、各々が好き放題に叫ぶものでして、だから特定の主張だけを声高に叫ぶ訳ではありません。なのに、今回に限り不気味なまでに主張が一貫していた。英雄を排除し、神を復活させろ」


「つまり思考、思想を誘導する為のデモだと?大多数がそう思ってる、と思わせる為の」


「はい。金銭を口実に、特に困窮(こんきゅう)する若者に付け入り操っている何者かが存在するのは疑いようありません。本心から神の時代へ回帰する事を望まない、そこに利益を見出した何者かが存在する。これが実際に彼らと接触して辿り着いた結論です」


 そこまでを語ったヤハタが資料を用意した、と何かを送信した。


「これ程の規模です。例え足元を見たとしても報酬は莫大、となれば相応以上の立場の人物が複数結託していると思われます。しかもプールした資金をある程度自由に使える大企業重役か、もしくは富裕層。その点を踏まえ、ここ2年の状況から怪しそうな人物をリストアップしました。役に立つか分かりませんが」


「感謝する」


「いえ、礼には及びません。では私はこれで」


 次の場所へ向かいます、そう結んだヤハタは監視役を伴い画面から姿を消した。一連のやり取りは、まだ人工の空が夜の闇に塗り潰される今より3時間前の話だ。


 ※※※


「お待たせしました」


 星が天一面を覆う夜空に女の声が静かに響いた。声の主を見たコノハナが、狼狽うろたえる。


「誰が来たかと思えばその服、地球人……いえ、元清雅社員かしら?こんな事をして、どうなるか分からない程バカなの?」


 精一杯の悪態が向かう先には白川水希の姿があった。


「私はともかく、この2人が理由もなく馬鹿げた真似しませんよ。もしあなたが潔白で、嫌疑を晴らしたいと思うなら協力した方が賢明です」


「そんな、証拠なんてあると思うの!?それに疑うならアナタの方がッ」


 語気を荒げるコノハナ。対照的に、白川水希は一切動じない。それどころか「議論するつもりはない」と、バッサリと切り捨て――


「貴女が担当した患者に使用したナノマシンに関する情報を見せて下さい。実は私もナノマシン調整を行っていました。地球製を改造したとなれば、それがどんな用途で、どんな効果を引き起こすのかはある程度ですが分かります」


 その態度が口調にも出る。自信満々で堂々とした語りにコノハナの表情が急変した。余裕は一気に消え、露骨な焦り始めた。


 その様子を泰然(たいぜん)と見守る白川水希――の言動は実際のところブラフだ。神魔戦役時に主戦力として参加していた彼女に余計な知識を入れる余裕などなかった。


 しかし、コノハナは知らない。加えて、ルミナとタケルも当然とばかりに無言を貫く。焦り始めた彼女の表情が更に崩れた。


 確かにコノハナが知り得る情報は相当に多い。が、流石に地球人の一個人が持つ知見までは範囲外だ。嘘かも知れない。だがもし本当ならばと考える焦りが表出する。そんな様を見たルミナ達は彼女が裏切り者であると確信した。


「嘘よ。だってそんな話聞い……」


 ルミナ達の恫喝(どうかつ)に揺れる精神が立ち直る前に白川水希によって再度揺さぶられた結果、コノハナが致命的な一言を口走った。恐らく「聞いていない」と続くのだろうが、それ以上を話せない。


「神魔戦役の実行犯、白川水希を含む清雅社員の情報は極めて厳重に管理され、開示請求に加え理由の審査から請求者の調査までが必須事項となる。故に、並大抵の理由では閲覧不可能だ」


 隙を逃さず、タケルが詰め寄った。彼の言葉通り、白川水希含めた神魔戦役における地球側の戦犯に関する情報は、その一切が秘匿(ひとく)される。その厳重さは、コノハナでさえおいそれと調べることが出来ない程に。半年前の被害者側に誤って復讐させない為の措置に彼女は足を(すく)われた。


「英雄の主治医が元清雅社員の情報を求めた理由は何だ?どう説明したのだ?誰から聞イたのだ?」


「それは、それは……」


 尚も畳みかけるタケルに、コノハナはしどろもどろになる。もはや確定的だろうと、そう思える光景だった。激しい動揺に加えて呼吸も荒く、虚ろな視点は冷淡に睨む3人の顔の間を交互に彷徨(さまよ)い――


「……そっか、何か嫌な予感したのよね」


 力なく呟きながらフラフラと近くのベンチに腰かけると、降伏を宣言した。大きな溜息が、満天の星が輝く夜空に吐き出された。だが視線は直ぐに重力に負け、足元に吸い寄せられる。赤い髪が夜の闇に揺れ動いた。


「認めた、と判断して良イか?」


「そう、そうね。想像通りよ……私が内通者。仕事で知った情報は全部守護者(ヤツラ)に渡したわ。油断してたわけじゃないけど、でも良く分かったわね?」


「信じたくはなかった。あんなに私達の治療に献身的に尽くしてくれたのに、なのにどうして?」


 コノハナをとても信頼していたルミナは、涙こそ流さないが悲壮に満ち満ちていた。呻くような言葉の終わり、彼女の視線もまた吸い寄せられるように地面へと向かった。


 伊佐凪竜一を除けば、恐らくルミナの心に一番近づいたのは彼女だろう。それ程に誠実で、清廉で、献身的だった。


「恐らく、献身的な介護は疑いの目から遠ざける為の演技でしょうね」


「答えて欲しイ、どうして守護者に情報を……イや、質問を変える。貴女と守護者の接点は何だ?」


「フフッ、聞きたい?逃げられないからよ」


 表を上げたコノハナが、タケルの顔を見上げた。答えを言った――ようには聞こえなかった。誰一人として意味を理解出来ない。


「それは情報を渡した理由か?何からだ?貴女はスサノヲが警護している。なのに、それでも尚……安全ではなイと?」


 精神的動揺からか、口を固く閉ざすルミナに代わってタケルが更に踏み込んだ。


「えぇ、そうよ」


「真面目に答えろ。守護者との接点は?確かに貴女なら情報の入手だけなら容易だ。だが、来艦したばかりの守護者達は違う。何故、守護者達は貴女に接触できたのだ?仲介役は誰だ?」


 埒が明かないと、タケルが矢継ぎ早に責める。が、諦めて素直に回答するかと思いきや、回答の全てが曖昧(あいまい)で要領を得ない。


 コノハナの態度は夕焼けの赤が消え黒い闇に浸食された夜空の如く、心が闇の中に落ち込んでいるように見えた。まるで、絶望に支配されているような、そんな気がした。


「誰も彼も甘すぎるのよ。どうして旗艦(ココ)が安全だと言えるの。無駄なのよ、何もかもが悪魔の如き神の掌の上なのよ」


 ややあって、コノハナが絞り出した。その表情は恐怖から焦りを経て絶望へと至っている様な、何とも生気を感じない顔だった。


 私の予想が正しく、彼女の心の内はまるで今の空の様に暗く冷たい闇に侵食されている。だけど、その理由が分からない。彼女は何に絶望しているのか、させられたのか。


「抽象的過ぎて具体性に欠ける、もっとはっきりと答え……」


「誰だッ!!」


 淡々とコノハナの尋問を続けていたタケル。その合間に、ルミナの叫びが割り込んだ。ハッ、と彼女を見た。下ろした銃口を夜の闇の奥に向けていた。


 バンッ


 僅かに遅かった。ルミナが夜の闇に何者かの気配を感じ取った刹那、銃を構え、引き金を引くよりも先に発砲音が鳴り響いた。


 闇の中に一瞬、閃光が浮かび、直ぐに消えた。まるで、今の彼女達の現状を現わしているかの様に。闇に生まれた希望は何らも照らさず、瞬く間に消失した。

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