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235話 神の道具

「もう特定したのか!?」


「でも、たった一発だけ?」


 響く銃声が混乱を呼ぶ。もはや、ここまでこればいっそ清々しい。敵はあらゆる部分において抜け目なく、常に先手を打ち、最も苦痛を受ける選択を平然と実行する。


「コノハナッ!!」


 ルミナの絶叫――


「何ッ!?」


「まさか、狙いは私達じゃなく」


 続いてタケルと白川水希が闇夜に声を張り上げた。折り重なる声が互いの無事を伝える。同時に、敵の狙いも――


「ぐ、ご」


 ルミナ達の視線が銃声の軌跡を追い、茫然とした。敵の狙い、闇の向こうから放たれた銃弾の狙いに誰もが苦虫を嚙み潰すしか出来ない。


 狙われたのはコノハナだった。服の上から主張する大きな胸元は鮮血で真っ赤に染まり、溢れだす血は白衣を染め上げながら止まらず、(したた)り、地面に血だまりを作る。赤いルージュが引かれた唇は意味ある言葉を紡げず、その端から血を(にじ)み出す。


「動かないで頂きたい」


 死の危険。椅子からずり落ち、膝をつく彼女の様子から致命傷を受けたのは明白。直ぐに応急処置をしなければ遠からず死ぬ。が、闇からの声が行動を阻む。


 闇からコツコツと足音が響く。4人の元へと迷いなく進み、程なく光明の下に現れた。男だ。その手に銃を握り締めた男が闇の中から星と街灯の下へとゆっくり歩み出た。


「お前はッ」


「お久しぶりです、ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートル」


「ステロペース、だったか?」


 その男はステロペースと名乗った男だった。戦闘禁止区域となるミハシラに黒雷と共に転移し、堂々と戦闘行動を行った理由を「ルミナと話がしたかった」などとのたまった敵だ。


 その時の会話で、男はルミナにザルヴァートル財団と接触するよう促した。が、罠だった。まるで見計らったかのように現れたザルヴァートル財団副総裁フェルムは現総帥アクィラを殺害すると、あろうことかその罪状を孫のルミナに(なす)り付け、強引に新総帥の座を手にした。


「覚えて頂き恐縮です、タケル殿。それから初めまして、白川水希様」


「私の顔と名前が一致する人間、旗艦(ココ)には殆どいませんよ。誰ですか?」


「おや、そうでしたか。ですが、それは明日にでも分かるでしょう。どうかその時までゆっくりお待ちください」


 ステロペースの言動はやはり変わらなかった。本心を頑なに隠し、周囲を煙に巻くに終始する。


「そんな事はどうでも良いッ、彼女はお前達の仲間じゃないのかッ!!」


「はい、そうです。但し、我々の繋がりはアナタが考えるよりもずっと複雑なのですよ」


「抽象的な物言イはもうウンザリだ、覚悟しろ」


「さて、困りましたね。私も上からの命令には逆らえない身、どうかご容赦頂きたい」


 激高するルミナ、タケルの静かな決意も男の前では全くの無意味。動揺とは無縁、全く、微塵も揺らがない。が――


「ア、アイツ……ね、ゴホッ」


「はい。全ては我らが主のご命令。本当に、申し訳……」


 揺らいだ。ほんの僅か、だが確実に。尚も傷口から血を零し続けるコノハナを見た男の表情に苦悶の影が落ちた。それは傍目に見れば後悔、あるいは「本当はこんな事したくない」と言わんばかりに見えた。


 とても奇異な光景に誰もが目を奪われた。何故、凶行に走ったステロペースの顔色が急に(にご)ったのか。


「無駄口を叩いている暇は無いでしょう?」


 動揺と混乱から立ち直る間もなく、事態が再び動く。ステロペースが言い淀みながらも何かを伝えようとした矢先、眼前に広がる闇が切り取られた。やがて四角に安定した明滅する光が、その中に女の姿を映した。


「タナトスッ!!」


 激昂(げきこう)するルミナが、女の名を叫んだ。タナトス。半年より以前はフタゴミカボシに本社を置く超巨大製薬会社アスクレピオスCEOを騙った女。本物のCEOオオゲツを殺害し、本人に成りすまし、当時のアラハバキを良いように操り、切り捨て、一人だけ逃げおおせた女。正体不明、異形、化け物etc、形容する言葉だけは事欠かない私達の敵。


「御機嫌よう、ルクセリア=アルゼンタム・ザルヴァートルとその他大勢の皆様。お久しぶり、と言いたいところだけど、まぁ随分としぶとい事で。フフッ」


「これは、今はお忙しいのでは?どうして連絡を」


「元気かなって。顔、もう随分と見てませんしね?」


「ふざけるなッ!!」


 怒りを露わにするルミナ。だが、相手はまるで意に介さない。まるで眼前に広がる夜の闇に消えてしまった怒号の様に。


「あらあら、でも本当よ?あの日から再び会うその日を指折り数えて待ってたんですよ。本当はそちらにお伺いしたかったんですけど、急な来客が入りまして。映像越しで御免なさいね」


「相変わらず喰えなイ奴ッ。だがッ、何故このタイミングで仕掛けた!!口封じならもっと早くに出来た!!」


「用が済んで無価値になった道具に、もう少しだけ価値を与えてあげた。ソレだけよ」


「お前達は人を何だと思っているんだッ!!」


「言ったでしょう?道具よ、全部。全部ね。人間なんて全て、例外なく神の道具なのよ」


 激昂するルミナを淡々と、平然といなすタナトスが答えた。神の道具、と。神とは何者を指すのか、真意も含め何一つ分からない。しかし目の前の女が仲間を、人の命を踏みにじった事実に変わりはなく。ルミナはその行動と理念にこれ以上ない程に怒る。


 恐らく初めてであろう感情を剥きだすルミナにステロペースは勿論、タケルと白川水希も動く事が出来なかった。


 特にステロペースは恐怖したと思う。夜を押しのけ、ルミナの周囲が輝き始めた。カグツチの光が淡く舞い、踊る。強い感情により火が入ったカグツチは、それを吸収した人間の戦闘能力を爆発的に引き上げる。


 しかし、状況は常に動く。それも悪い方向にばかり。銃声に怒号が混ざれば嫌でも目立ち、程なく何人かがこの場を訪れ、警備とヤタガラスに連絡を入れるよう叫びながら姿を消した。


 ステロペースを殺すだけならば容易い。が、出来ない。今のルミナがステロペースを攻撃すれば恐らく肉片すら残らないが、もし殺せばそれさえも利用し、更に状況を悪化させるのは火を見るよりも明らか。


「さて、周囲が騒がしくなりそうですから用件を手早く済ませましょうか?分かっているわね?」


「無論です。さて、賢明な貴方達ならば次に私が何をするかお分かりでしょう?」


 タナトスの指示にステロペースは無表情のまま、手に持つ銃を見せびらかした。白川水希は意味が理解出来ず呆然と見つめた。対照的に、ルミナとタケルの顔が苦悶に歪んだ。言葉の意味を即座に理解した。男が持つ銃はフェルムと全く同じ型、つまり――


「まさか、また堂々と濡れ衣を着せるつもりかッ!!」


 そう。アクィラ総帥の時と全く同じ手口だ。目の前で祖母を殺されたルミナの怒りが再燃する。


「準備に時間は掛かったけれど、全て完了して見ればこれ程楽な事はない。そう思うでしょう?」


「影響力の強い富裕層、又は大企業重役に山県令子が作り出したナノマシンを注入、デモを起こす準備を水面下で推し進め、一斉に命令を出した。影響力の高い極少数の人間を操り多数を扇動する、これが活発化したデモの真相か?」


「ついでにその口振りからすれば、司法局とヤタガラス上層部にも使ったようだな」


 回答はない。が、事実だ。タナトスも、ステロペースも不敵な笑み浮かべた。コノハナとの接触を機に、雪崩のように事実が明らかとなった。四方が塞がれ、出口のない現実が――

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