第4話 オオカミなんてこわくない!
一通りのコマンドを確認した俺は、領域内の探索を開始した。
内部はほぼ森林で道らしい道はなく、中心にだけ直径二十メートルほどの草原がある。花畑もそこにあった。
外周から見ると、五十メートルほど先に川が流れている。
領域を広げる方法を知らない俺には、流れている川をただ見ている事しかできない。
「さて、どうしたもんか……」
空中で胡坐をかき、頬杖をつきながら地上を眺めていると――
森の奥から、獣の吠える声が響いた。
視線を向けると、穴の前で小さなウサギが、狼に向かって威嚇している。
狼の足元には、少し大きなウサギ――たぶん親だ――が、動かなくなっていた。
(……親子か。仕方ない、生きるためとはいえ……)
試しに狼と子ウサギへ憑依を試みるが、どちらもレジストされた。
どうやら精神が高ぶっているときは憑依できないらしい。
狼は子ウサギの穴を覗き込み、何度も突っ込もうとするが、子ウサギはそのたびに身をかわして逃げ込む。
やがて苛立った狼は、親ウサギの死体を弄びはじめた。
放り投げ、叩きつけ、木に打ちつける。
血まみれの死体に前足を乗せ、穴を背に遠吠えする。
……その光景を見た子ウサギは、耐えられなかったのだろう。
穴から飛び出し、まっすぐに体当たりを仕掛けた。
だが狼はそれを読んでいた。振り返りざまに首を噛み、木に叩きつける。
「ギャッ……!」
小さな体が血を吐き、何度も地面に叩きつけられ、最後は空へ放り投げられた。
そのまま落下し、ピクリとも動かなくなる。
狼は再び穴の方へと向き直る。
穴の奥からは二羽の子ウサギが顔を出していたが、狼の目線に気づき、慌てて潜り込んだ。
狼はその穴を掘り広げはじめる。
――親を殺し、さらに子を狩る。
食うためではなく、楽しむために。
俺は歯噛みした。
(理屈じゃわかるけど……やるせねぇな)
そのとき、倒れた子ウサギの上に、憑依アイコンが浮かび上がった。
【うさぎ 1時間/1500P 憑依しますか?】
「……いや、こんな瀕死のウサギに入っても、すぐ死ぬだろ」
迷いながらも、俺は画面を見つめ――そして決断した。
「……ダメもとだ。やってみる!」
Yes。
次の瞬間、視界が白く染まり、全身に激痛が走った。
体どころか、まぶたすら動かせない。
(……ああ、こりゃヤバいな)
意識が遠のく中、もうひとつアイコンが浮かぶ。
【体力高速回復/1500P 行いますか?】
〈解説:周囲の生物から生気を吸い取り、損傷を高速回復する。生物が多いほど効果的〉
朦朧としながら、Yesを選択。
次の瞬間、草木や地面から“生気”が流れ込み、体が一気に蘇る。
目を開けると、狼が穴をさらに掘り進めていた。
「勝てるわけねぇ……いや、待て」
新たなアイコンが表示される。
【リミッター解除/5分1500P 行いますか?】
〈脳のブレーキを解除し、身体能力を15%上昇〉
強化スキルがあるのか!
もちろんYes!
カチッと音がして、体が一気に軽くなる。
俺は枝をかじり切り、尖らせて口にくわえた。
そして――
穴掘りに夢中の狼の背後へ一瞬で接近。
ゴールデンボールに向かって、全力でキック。
「ギャン!!!」
情けない悲鳴とともに狼が跳ね上がる。
その隙に、口の枝を左目へ突き刺した。
「キャイーン!!!」
狼はのたうち回り、やがて逃げ去っていった。
……勝った。
息を整え、俺は穴の中を覗く。
奥には、二羽の子ウサギ。
黒と白。どちらも怯えながらも、こちらを見つめている。
「プウ!プウプウ!」
「プウ!プウ!」
――何を言ってるのか、全くわからん。
仕方なく【哺乳類言語セット/1500P】を購入。
途端に声が意味を帯びた。
「弟、こわかった……おおかみは?」
「弟、ぶじだったの? おおかみは?」
うむ、どうやら俺は“末っ子”だったらしい。
俺は二羽に事情を話す。
母ウサギは自分たちを守るために戦い、命を落としたこと。
「おかあさん、わたしたちをかくすために、あなをほってくれたんだね」
「ぼくがもっとおとなだったら……!」
悲しみを噛みしめる二羽。
そのとき、新たな表示が現れた。
【末っ子ウサギとの間に“縁”ができました。背後霊になりますか?】
「……地縛霊から背後霊に転職か。まぁ、悪くないな」
Yes。
次の表示。
【末っ子ウサギの名前を決めてください】
少し考え、俺は名を与えた。
その瞬間、憑依が解け、俺は末っ子ウサギの背後に立っていた。




