第3話 アリよさらば
大まかなルールを理解した俺は、さっそく周辺の探索を始めた。
だが――やはり、この領域内には人間の気配がない。
地面に腰を下ろし、メニュー画面をぼんやり眺めていると、突然「憑依」のアイコンが光りだした。
「ん? なんだこれ?」
あたりを見回すが、相変わらず何もいない。
……と思ったら、空中と地面に赤いマーカーが二つ点滅している。
【『蝶 1時間/20P』・『ゴキブリ 1時間/3P』 どちらかに憑依しますか?】
「……虫かよ。」
選択肢の貧弱さにため息をつきながらも、俺は蝶を選んだ。
こういうのは試してみるのが一番だ。
憑依を決定した瞬間、全身を光が包み――視界に、巨大な草が広がった。
「おお……!」
俺は蝶の体を軽くホバリングさせ、葉の上に止まる。
初めての憑依にもかかわらず、まるで昔からこの体だったかのように自然に動けた。
視界は広く、世界が淡くぼやけて見える。
だが、匂いがはっきりと感じ取れる。――触覚で世界を“嗅いでいる”のだ。
新しい感覚に感動していると、正面から甘い香りが漂ってきた。
「……花の匂いか?」
羽をぱたつかせて飛んでいくと、目の前に一面の花畑(※蝶視点で)!
俺は夢中で近くの花にとまり、蜜を吸った。
「……うまっ!」
思わず声が漏れる。
蜜にもいろいろな味がある。甘すぎるのもあれば、軽やかなもの、フルーティーな香りのものまで。
「蝶って……毎日こんなおいしいものを食べていたのか……」
感動しながら花の上で一息ついたその瞬間――
体が、何かに引っ張られた。
「……え?」
次の瞬間、首筋に鋭い痛み。
「ブチッ!」
鈍い音とともに、視界が真っ暗になった。
――気づけば、元の“霊体”に戻っていた。
見上げると、さっきまでいた花畑で、カマキリが蝶を貪っている。
「……そうか。うっかり襲われたのか。蝶さん……すまん。」
俺はそっと合掌した。
気持ちを切り替えて「カマキリ1時間/500P」に憑依しようとしたが――
【注意:一度憑依を行ってから24時間は、他の生物に憑依できません】
【注意:憑依終了後10日以内に再憑依を行う場合、通常ポイントの10倍が必要です】
という、なかなか理不尽なメッセージが表示された。
「10倍って……検証勢に冷たすぎない?」
しかも、【精神力増加】はいまだゼロのまま。
このままでは何も成長しない。
とはいえ時間はある。
俺は再びマニュアルを開き、書かれていない要素を探る。
「ステータス!」
心で唱えると、空間に半透明の画面が現れた。
【氏名】吉田正義
【ランク】地縛霊
……地縛霊?
確かに今の俺、100m以内しか動けないし、憑依しかできない。
でも神になる前提で“地縛霊”スタートって、どういうキャリアルートだよ。
まぁ、そういう仕様なら仕方ない。
このまま1日待ってみたが、現れたのは虫・トカゲ・蛇のみ。
……人間の姿はなし。
そして翌日。
再び「憑依」を発動し、『アリ1日/50P』を選択。
世界が切り替わり、目の前には地面が広がった。
体は小さく、だが軽快だ。
「よし、行くか」
地面を走っていると、別のアリが近づいてきた。
触覚を合わせて挨拶を試みる。
「§※?Δ〇◇※!」
……うん、何言ってるか全くわからん。
そこで【昆虫全言語セット/1500P】を購入。
触覚を再び合わせると、会話(信号)がはっきりと伝わってきた。
「食事……女王様……運ブ……」
「獲物……倒ス……集合……」
「疲レタ……休ム……」
「シゴトシタラマケ……シゴトシタラマケ……」
「オレタチハナゼアユミツヅケル?……ワカラナイ……」
最後の一匹、急に哲学的すぎる。
アリ社会もなかなか闇が深い。
とりあえず、近くのダンゴムシの死骸を運び、貯蔵庫へ。
ついでに女王の部屋を覗いてみると――
巨大なアリが卵を産みながら愚痴をこぼしていた。
「毎日……毎日……卵ヲ産ムノ繰リ返シ……トテモツライ……」
「……アリの世界もブラックなんだな」
思わずしんみりしてしまう。
その後、仲間たちと協力してバッタを倒したり、
サボってるアリを叱ったりしているうちに、1時間が経過した。
そのとき――
「ピンポーン!」
空中にアイコンが表示される。
『お時間5分前です。延長1日/50Pを行いますか?』
「……完全にカラオケ方式だな」
結局、延長はせずに憑依終了。
視界が切り替わると、例のアリがキョロキョロと周囲を見回し、そのまま木陰で昼寝を始めた。




