第408話 馬上ゆたかな 美少年
騎兵で駆けるレッドブルたちは、やがて薩摩隼人の集団を肉眼で捉えた。
{見えたぞ! 速度を上げろ!}
号令とともに、横一列に並んだ騎兵団がさらに加速する。
地面を叩く蹄の音が、重く、鋭く、連なって響く。
その接近を察したのか、十名足らずの敵兵はその場に立ち止まり、抜刀したまま動かない。
{見ろ! あいつら、固まったぞ!}
{ハハ! 騎兵にビビったんだろうよ!}
{運が悪かったな!}
敵を軽く見た騎兵たちに、笑いが混じる。
もはや勝利を疑う者は、誰一人いない。
{{{潰せぇぇぇ!!!}}}
刀を持って構える彼らに、レッドブル率いる騎兵が一斉に踏み込む。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
中央軍司令部。
カイム将軍のもとに前衛師団壊滅の報が届いたのは、ケレルマンの左翼突撃からおよそ一時間後のことだった。
{報告します! ザック将軍率いる左翼師団が、敵竜騎兵および歩兵団の挟撃を受け壊滅! ザック将軍は行方不明!}
{報告します! 左翼の崩壊に巻き込まれ、中央師団も壊滅!}
{報告します! 左翼・中央に続き、右翼も――}
{もういい! 黙れぇぇぇい!!}
度重なる敗報に、カイムの怒号が天幕内に響き、報告の声を叩き潰した。
カイムは席を蹴って立ち上がり、そのまま目前のテーブル上の地図や駒を払い飛ばす。
張り詰めた空気の中、わずかな沈黙が落ちる。
(ぬぅ……狂犬共め、一体どのような魔法を使いおったのだ!)
(このままでは敗北を待つばかり……ならば――)
{俺が直接指揮を執る! 竜騎兵団、進撃準備! レッドブルと合流し、各個に敵を叩く!}
{{{ヤヴォール!!!}}}
兵たちが一斉に動き出す。
そのとき、ひとりの見張りが遠方に動く影を捉えた。
{あの旗は……報告します! 副官レッドブル大佐がこちらに向かってきます!}
{なに! レッドブルが……!?}
視線の先――双頭の黒鷲を掲げた黄色旗を先頭に、およそ百騎の騎兵が姿を現した。
(奴には援軍の指揮を任せていたはず! それを放棄して戻って来ただと? 一体どういうつもりだ?)
カイムの胸に、不信が広がる。
だが、その視線の先で、兵たちがざわめいた。
{……おい、あの旗手の馬……妙に大きくないか?}
{なに?……本当だ……普通の馬より、一回りはでかいぞ……}
{あんな馬、うちにいたか……?}
徐々に距離が詰まる。
同じ軍服。同じ隊列。それでも何かが違う。
{……馬鹿者! あれは敵の騎兵だ!}
瞬時に気付いたカイムの一喝が、場の空気を裂いた。
{竜騎兵は俺に続け! 副官は歩兵の指揮を執れ!}
{急げ――!!}
{{{ヤ、ヤヴォール!!!}}}
号令と同時に、周囲のエオティラヌス竜騎兵が慌てたように動き出す。
カイムを先頭に、準備ができた先鋒の一団が、地を震わせて前へ飛び出した。
巨大馬に跨る男は、偽装が見破られたと悟ったのか、旗を投げ捨て、クラシック将校の外套と帽子を脱ぎ捨てると同時に、その下から青のトレビアン将校服を露わにした。
{ふん、小細工など!}
{敵は鋒矢、ならばこちらも鋒矢で突き抜ける! 行くぞ――!!}
竜騎兵百騎が一斉に陣を変え、鋭角に尖る矢のごとき隊形へと収束していく。
距離はすでに四百を切る。
竜騎兵が操るエオティラヌスは巨大だ。
先頭の巨大馬よりも一回り大きな体躯に、竜も騎手も鉄板と鎖帷子で固められている。
もし正面から当たろうものなら、馬などひとたまりもない。
しかし、ここで敵騎馬隊に変化が起こった。
巨大馬の嘶きと同時に、後続の騎兵たちは一斉に速度を落とし、その背後へ整然と並び替わっていった。
{長蛇? 竜騎兵とわかって突撃を止めたのか?}
{どうでもいい! 吹き飛ばしてくれる!}
残り百。
カイムはサーベルを抜き、先頭の巨大馬へ狙いを定めてさらに加速する。
次の瞬間、巨大馬が前脚を振り上げ、そのまま地面へ叩きつけた。
《ムゥゥゥン!!》
衝撃が大地を走り、前方へ波の様に拡がると、竜騎兵たちの足元が跳ね上げられた。
{{{うわぁぁぁ!!}}}
竜騎兵たちの隊列は一瞬で崩れ、巨体ごと弾かれた騎手たちは次々と宙へ投げ出され、そのまま地面へと叩きつけられる。
{うぐぅぅぅ……}
{何だ……今のは……?}
何が起きたのか理解できぬまま起き上がろうとする兵士たちの間で、乗り手を失った竜たちが制御を失い、混乱のまま暴れ始めた。
{うわぁぁ! や、やめろぉぉ!}
{ぐふぅ!}
{だ、誰か止めてくれぇぇぇ!!}
逃げようにも、重い装甲に動きを奪われた騎兵たちは思うように立ち上がれず、次々と踏みつぶされていく。
辛うじて転落を免れた者たちが、必死に竜笛を吹き鳴らすが、その音は混乱する竜たちには届かない。
竜騎兵の三分の一以上が戦闘不能となったその惨状を前に、カイムは竜上で呆然と呟く。
(あの馬……魔法を?……)
だが、カイムに部隊を立て直す暇は与えられない。
「いまだ! 全員突撃ぃぃぃ!」
「「「チェストォォォォ!!」」」
巨大馬『ペガサス号』の後方に潜んでいた薩摩軍の騎兵が、混乱の只中へ一斉に雪崩れ込んだ。
(しまった! 計られた!)
瞬時に状況を察したカイムは、即座にサーベルを振り上げた。
{敵が来るぞ! 動ける者は迎え撃て!!}
その声に応じた、一部の竜騎兵は態勢を整えるものの、半分以上は迎撃態勢に入る間もなく、敵の襲撃に呑み込まれていく。
「チェストォォォォ!!」
{ぐわぁぁぁ!}
薩摩隼人たちによる一撃のもと、竜上の騎兵たちは為す術もなく、次々と斬り伏せられていく。
その混戦の只中、カイム将軍たちの前に、ひとりの少年兵が立ちはだかった。
{何だ? 貴様!}
およそ戦士には見えない華奢な少年へ、護衛たちはサーベルを向ける。
右手に血刀、左手に手綱。
整った顔立ちの少年は、馬上から真っすぐにカイムを見据える。
{その装い……名ある将とお見受けしました!}
{……! 貴様、魔族語が分かるのか!?}
{我が名は、村田岩熊!}
{戦局は既に決しました――これ以上、無益な血を流さぬため、降伏していただきたい!}
{なにぃぃ?}
{小僧が! 儂らが降ると思ったか!}
護衛たちが怒りを露にする中、カイムは静かに問いかける。
{……小僧、お前の乗っている馬の持ち主は、どうなった?}
その装飾を一瞥しただけで、それがレッドブルの騎馬であると見抜いていた。
{この馬の持ち主……ですか?}
わずかに考え、岩熊は思い出したように口を開く。
{そうでした! この馬の持ち主は、レッドブル殿!}
{安心してください。彼は私が倒しましたが……}
その一言で、張り詰めた空気が裂ける。
カイムの表情が歪み、サーベルが振り上がる。
{青二才め、法螺を吹くな! この儂直々に討ち取ってくれるわ!}
{そうですか。ならば、仕方ありません!}
猛然と突き進むカイムたちに向かい、岩熊は上段に刀を構え、そのまま迎え撃つ――かに見えた。
だが次の瞬間、背後から巨大馬が滑り込むように前へ躍り出る。
《ペガサスさん、頼みましたよ!》
《おおよ!》
すれ違いざまの、短い合図。
{……! さっきの巨大馬か!}
岩熊と入れ替わる形で突進してきたのは――ペガサスと手を組んだマルモンだった。
《大将首だべや! 青服、しっかり手柄立ててこいってやが!!》
好機と見たペガサスは、そのまま踏み込む。
――が。
〈うおぉぉぉ! 俺は馬になんて士官学校以来乗ってないんだぞ!!〉
《はぁぁ??》
巨体を揺らして疾走する背で、マルモンは振り落とされまいと必死にしがみつく。
《この役立たずがぁぁぁ! しっかり摑まっとけってやぁぁぁ!!》
{たかが馬一匹! 弾き飛ばしてくれる!}
怒号が入り混じる中、巨大馬と竜騎兵が正面から激突する。
先頭の一騎は弾き飛ばされるが、続く二騎が行く手を塞ぎ、ペガサスの勢いがわずかに鈍る。
{もらったぁぁぁ!!}
《むっ!》
その隙を突き、側面へ回り込んだカイムがサーベルを振りかぶり、ペガサスの右前脚へ狙いを定める。
〈させるかぁぁぁ!!〉
不安定な馬上でマルモンは銃を引き抜き、竜へ向けて撃ち放つ。
乾いた銃声が連なり、竜がよろめく。
その揺れに引きずられた刃は軌道を逸らし、ペガサスの右前脚を浅く斬り裂くにとどまった。
カイムは崩れる竜の背から転げるように飛び降り、片膝を着いたまま剣を構える――だが、その刃は根元から折れていた。
一方のペガサスも傷を負った前脚に踏ん張りが利かず、二頭の竜に押され、じりじりと後退する。
その背では、マルモンが振り落とされまいとしながら二騎を相手に必死に応戦していた。
「助太刀します!」
岩熊が駆け込み、動けぬ竜騎兵へ斬りかかる。
さらに、周囲の薩摩隼人たちも一斉に集まり、カイムを包囲しようと動き始める。
{クッ、ここまでか!}
覚悟を決めた、その時。
戦場の側面から、地鳴りのような音が一気に迫る。
{カイム将軍、ご無事ですか――!!}
{割って入るぞ! カイム将軍を救い出せ!}
カイムが先陣を切って出撃した後、副官たちは残る竜騎兵九百を率い、援軍として雪崩れ込んできた。
崩れかけていた戦場は、再び激しくぶつかり合う混戦へと引き戻される。
この地点で、双方の兵力差は約10倍。
カイムの精鋭竜騎兵九百の参戦より、形勢は一気に逆転したかに思われた。




