第1話 俺の担当は使えない
俺の名前は吉田正義。三十六歳。
早くに両親を亡くし、優しい叔父夫婦に育てられた俺は、そこそこの大学を出て、今は建築関係の会社で身を粉にして働いている。
深夜残業、休日出勤は当たり前。
新人は毎年入ってくるが、ブラックすぎてすぐ辞めてしまう。
そんな職場で、もちろん恋愛なんて起こるはずもなく、俺の年齢はそのまま「彼女いない歴」でもある。
――そんな俺の唯一の楽しみは、歴史の本を読むことだ。
坂本龍馬がもし暗殺されなかったら?
本能寺の変で信長が生きていたら?
項羽と呂布が同じ時代で戦ったらどっちが勝つ?
ワーテルローでナポレオンが連合軍を破っていたら?
そんな「もしも」を想像している時間だけが、現実から逃げられる唯一のひとときだった。
そして――久しぶりの休日、俺の人生は突然終わりを迎える。
「……ここは、どこだ?」
気づけば、真っ白な空間の中に立っていた。
「ああ、そうか。俺……本を買った帰りに事故にあったんだな」
なにかを助けようとして車にひかれた――そんな記憶がかすかに残っている。
つまり、ここは死後の世界ってことか。
そう思いながら歩き回ってみたが、どこまでも白い。何もない。
「何もないなここ……。俺、これからどうなるんだ?」
途方に暮れていると、突然、空間のどこかから声が響いた。
「……佐藤、お前一人に時間かけすぎ! 後がつかえてるんだから巻いて説明しろって言ってんだろ!」
「承知しました! チーフ!」
――え、今の声、会社の会話っぽくない?
佐藤?チーフ?なんだこれ。
俺の脳裏に、生前の上司の怒鳴り声がよみがえる。
考え込んでいると、声が俺に向かって呼びかけた。
「お待ちしていました、吉田正義様!」
……いや、待ってたのは俺の方なんだが?
混乱しているうちに、「佐藤」と呼ばれた人物が超早口で説明を始めた。
「あなたは現世で交通事故に遭い、現在、意識不明の状態です。今は魂だけがこの空間に存在しています。
このままでは一年ほどで魂が消滅してしまいます。
そこで、我々『管理者』は提案します――あなたに別の世界で“神”となり、人々を導いていただきたいのです!」
……説明、早すぎて頭に入らない。
「ご質問は? なければマニュアルをお渡ししますので、すぐに旅立っていただきます!」
おいおい、説明15秒で異世界転生ってどういう雑対応だよ!
「ちょ、待ってくれ佐藤さん!」
俺は思わず声を上げた。
「上司に急かされてるのはわかりますけど、もう少し丁寧にお願いします!
まず、ここは死後の世界じゃないんですか? それとも俺、まだ入院してるってこと?
あと、“神”って何――」
「ストップ! ストーップ!!」
佐藤が怒ったように声を上げた。
「まず言っておきますけど、私は“佐藤”じゃありません! “管理者”です!」
いや、そこ訂正する時間あるなら説明しろよ。
「じゃあ管理者さんでいいです。質問に答えてください」
「詳細は説明しません! 体験しながら学んでください!」
……は?
この対応、どこかのゲーム運営か?
俺は必死に冷静を保ちながら言った。
「いやいや、俺を神にする理由があるんでしょ?
そんな何も知らない神が現れたら、そっちの世界の人たちが迷惑しますよ。
その人たちのためにも、ちゃんと説明して――」
言い争っていると、再び上から怒鳴り声。
「おい佐藤! 早く終わらせろって言ってんだろ!」
「す、すみませんチーフ! すぐ終わらせます!」
「ったく、使えねぇな、お前!」
チーフの舌打ちが響き、再び静寂が訪れた。
「……管理者さん、なんか大変そうですね」
「うちの会社にもああいう上司いました。負けずに頑張ってください」
励ますと、少し涙ぐんだ声が返ってきた。
「ありがとうございます……あの人、みんなに嫌われてるんです……性格悪いし……」
同情しつつも、心の中でツッコむ。
(いや、それを俺に愚痴る余裕あるなら仕事しろよ)
「……じゃあ、送りますね。いってらっしゃい」
そう言うと、足元に魔法陣が光を放った。
「ちょ、マジで説明なしで行かせる気!? 佐藤! お前マジでダメ社員――」
「だから私は佐藤でもダメ社員でもありません! 管理者です! 後でマニュアルを転送――」
その言葉の途中で、俺の体は光に包まれ、どこかへと消えた。




