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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
終章 失格教師と屋根裏の殺人者
51/51

失格教師と散歩者の未来

これにて終幕です。読んでくださった方、ありがとうございました(/・ω・)/

 静かに少女――蓮を見る。捨見と同じく1年C組の生徒で、家業を理由に欠席している少女、それが埠頭蓮だ。

「防犯って言やあいまどきはパソコン関係がメインだ。学校のデータ改竄なんて朝飯前だよな。C組の生徒写真を捨見のものと入れ替えておいた」

 考えてみれば上手い手だ。捨見の写真が「全くの他人」のものと入れ替わっていたら、万一発覚したときに大問題になる。が、クラスメイト同士の入れ替わりなら何なる「手違い」で済まされる可能性が高い。


「1度戻ってきて、自分の写真を片っ端から処分したんだろ?」

 強盗直後の現場を見た時。部屋は荒らされていたが、写真の類まで1枚もなかった。アルバムなどもなくなっていたので、意図的に処分されたとしか思えない。


 だから、葬式に顔を出した。

「驚いたぞ、遺影にお前の顔があるんだもんな」


 幸い、叔父さんとやらが一昨年に行った家族旅行の写真を持っていたので、遺影にはそれを使ったそうだ。


「念のため、川中にお前と捨見愛離子の写真を見せた。川中はお前こそが埠頭蓮だと証言してくれたよ」


 答えは目と鼻の先に転がっていた。ただそれが結びつけられなかっただけで。

「タマタマツバつけた先生が、まっさかウチとそんな関わるなんて思ってなかったわ」

 苦笑する少女。


「こっからは憶測が多分に混じるんだがな。2台持ってたスマホ……1つは捨見のだろ。お前は捨見の死体からスマホを回収した。それで、捨見になりすましてカワセミ関係の情報を引き出し、S商を怪しんだ」

 ヒビの入ったスマホの方のことだ。

「それに、ピア・セキュリティサービスは連続強盗団の対策に引っ張りだこだった。おそらく途中で――目撃証言や犯人の行動半径で、S商が怪しいって目星がついてたんじゃないか?」

 川中は、「親子でそんな会話をしてたような気がする」と曖昧な肯定をした。


 諸々の要素から、S商を疑うことになった。

「九死に一生を得たお前は、S商に狙いを定めた。犯人的にはお前も“死んだことになってる”から、潜伏と犯人探しも兼ねて、S商に住み着いた」


 普通に考えれば、親戚とかを頼って匿ってもらうのが一番だったはずだ。でもこいつはそれをしなかった。


 あくまでも独力で決着をつけようとした。無謀としか思えない暴走は、おそらく両親を殺されたことによるものだろう。


……「もう1つの可能性」は考えたくない。


「じゃあ、アタシの目的は?」

「敵討ち。防犯会社でありながら強盗に遭った、なんて不名誉を、1人で払拭しようとした」


 だから、取り分は1200万にこだわった。ピア・セキュリティサービスで盗まれた金額に。


「ふっるーい」

 ケラケラと笑う。

「でも、言われてみればそーかもね。泣き寝入りしたんじゃ、パパとママを否定されたような、そんな気がしたんだ」

 この言葉は、俺の推理を全て認めたことを意味した。

「強盗団に襲われて、鉄パイプで後ろ頭をぶん殴られたんだけど。幸い気絶で済んだんだよね。

アタシが最初に目覚めたのは車の中。3人がなにか言い合いをしていて、モーローとしたアタマでカワセミやS商のコトを聞いてた。じきに意識を失ったケド」

 話し始める。


「廃屋で目覚めて、捨見のスマホを拾って。調べてみたら同じS商、しかも同じクラスでびっくりしちゃったワケ」

「そうだろうな」

 偶然じゃない。Cクラスの担任が会社に目星をつけ、人材をスカウトしたんだからな。


 カワセミのクラスだったから闇バイトに誘われて、カワセミのクラスだったから獲物に選ばれた。こう考えると、実に単純な間の付け所だったわけだ。


「カワセミたちは、捨見がまだ生きてると思ってた。だからなりすまして、正体を突き止めてやろうと思い立ったワケ」

 カワセミから奪った鍵を指で弄ぶ。

「ケッキョク、センセのお世話になっちゃたケド。ようやく取り返したっしょ」

 蓮の表情にははっきりと疲労が見て取れた。


 やはり、学校で隠れて生きるなんて、相当無理してたんだな。

「でも、目的は達しただろ? 大した悪いことはしてないんだ。金も取り返したし、今ならまだ“埠頭蓮”に戻れる」

 言い募った。蓮は哀しい笑みを零して、答える。



「センセーのウソツキ」




【5月15日(月) 23:50】


「センセーウソついてるよね?」

 薄い笑みの蓮。

「わざと、1つの可能性を考えないようにしてるっしょ?」

 やっぱりそうか。


 俺は最悪の想像を、わざと口にしないでいた。口にすると実現してしまいそうな気がしたから。



「カワセミは、始めから捨見を殺してなんかなかった。殴って気絶させて、死体と一緒に山に捨てて来ただけ」

 二味と久里のLINEを見るに、反抗的な手下を置き去りにする、というのは何度かやっているようだったからな。慣れてるんだろう。

「次に目覚めたら、薄汚い廃屋の中。置き去りにされたっぽかった。隣にはパパやママの亡骸がゴミみたいに捨てられてた」

 想像するのも恐ろしい光景だ。

「起き上がろうとしたら、すぐそばで転がってた捨見が起き上がったの。殺されてなかったんだ、って気付いたのはこのトキ」

 感情を感じさせない声で話す。

「悪態を吐きながら立ち上がって。足元にはパパとママが転がってて。アタシね、見たんだ」

 淡々と語る。

「パパとママを殺したのは捨見だった。パパは一度は捨見を取り押さえたの。でも、泣いて許しを乞うもんだから、パパもつい油断して」

 気を許してしまったようだ。

「背中を向けたところを、包丁で何度も刺した。殺した後は、隅っこで震えてるママを何度も刺した。直後にアタシは後ろから殴られてバタンキュー」

 捨見はもはや、引き返せないところで行き着いてしまっていたのだろう。


「捨見を廃屋で観た瞬間、その光景がフラッシュバックして、怒りが爆発した」


 つまり、手を下したのは。


「アタシが捨見愛離子を殺したの」


 やっぱりか。初めて会ったその前から、この子はとっくに引き返せないところにいたのか。


「屋根裏の散歩者はね、もう陽の当たる場所には帰れないんだよ」


 それは、今まで見たどんな顔よりも哀しく、美しかった。

 彼女が学校に隠れ住んでいる屋根裏の散歩者であり、犯人探しの追跡者でもあり、警察から逃れる逃亡者でもあった。


「お前の行動は矛盾している。体育祭のとき、二味と久里が襲撃の実行犯って気付いたんだろ?」

 あの事件がなければ、俺はこの少女の正体に行きつかなかったはずだ。

「なのに、俺の邪魔をしなかったのはなぜだ? ひょっとしてお前は、自分を止めて欲しかったんじゃないのか?」

「……止めて欲しかったのかな。バレたら、いままでの努力がムダになるのにね。よく分かんないや」

 本当に自分でも分かってないのだろう。ただ、彼女の中に復讐と葛藤があったのは事実なのだろう。そう思いたい。

 少女は車から降りた。

「今日でちょうど3週間。契約終了だね」


 時計はちょうど0時。


 これまで協力の見返りに、学校暮らしを1週間黙認してきた。計3回。4月24日から始まり、今日でちょうど3週間目。

「やり直せるって言葉、本当に嬉しかった。九字塚センセ、教師辞めないでよ。きっと向いてるからさ」

 埠頭恋はにっこりと笑った。なにか吹っ切れたような、それでいて複雑な感情を抱いた表情で。

「さようなら、先生」

 去ってゆく彼女を、俺は止めることができなかった。




 翌日。酒石みどりの惨殺死体がアパートで発見された。犯人と目される男は、同じ部屋で息絶えていた。男は酒石の恋人で、痴情のもつれによる無理心中ではないかと囁かれている。


 俺は、男が酒石の共犯者だったのではないか、と思う。言うなれば「もう1人のカワセミ」だ。女性1人で4人を山奥に捨てに行くことは難しい。マメにLINEをして手下の行動監視することも、忙しい酒石の手に余る。おそらく手分けして「カワセミ」を演じていたのでは、と踏んでいた。

 そりゃあ教員採用試験の勉強に身が入らないはずだわ。うだつの上がらないブラック職種より、実入りがケタ違いに良いんだから。



 ドアや窓は施錠され密室状態だったこともあり、事件は早々に片付けられた。防犯のプロにかかれば鍵も窓も素通しなのだが、真偽のほどは定かではない。


 ただ、酒石と恋人のスマートフォンは、なぜか見つからなかった。

 警察の捜査にも、連続強盗団を疑わせるものは何も出てこなかった。


 まさか誰かさんが、俺や学校に迷惑をかけたくなくて証拠品を処分してくれた。なんてな。


 思い上がりだろうか、と苦笑する。

 生徒のデータベースを見ると、捨見の写真は本物の捨見愛離子に差し替えられていた。埠頭蓮の方は写真が消えていて、「退学予定」とだけ記載がある。


 いつものようにS商に来る。だが、不思議とため息やぼやきは出てこなかった。

 宿直室を覗くと、きれいさっぱり何も残ってなかった。まるで最初から誰もいなかった、と主張しているかのように。


 いつもの騒がしい底辺校の日常。いつもと違ったのは、昼休憩に酒石先生の死が告げられ、黙とうの時間があったことぐらい。中には号泣する生徒もいた。

 犯罪者としてではなく、哀れな犠牲者として見送ってもらえたのは、酒石にとって幸福なことかもしれない。 



【ーーーー】


 仕事が終わり車に乗り込むと、助手席に見慣れないものが置いてあった。ボストンバッグと、買い物かごに入った生活用品がいくつか。

「やれやれ、言いたいことがあるなら姿を見せろってんだ」

 かごの中身はドライヤー、アイロン、エプロンなど。どれも捨見が盗んだものだった。

 

 そういやアイツ、「借りただけ」って言ってたな。本当に返す気があったのか。

「俺に返しとけってか? どんな口実こしらえればいいんだよ。ま、やってみるけどな」


 ボストンバッグには、札束がぎっしり詰まっていた。

「いくらあるんだ。6000万いや、それ以上か?」


 恋は以前「アタシの取り分は1200万でいいから」と言っていた。

 ピア・セキュリティサービスの被害額が1200万。それだけを取り分として持って行ったんだろう。そんな気がした。


「律儀な泥棒だ。この金、どうしようか。警察に“拾いました”って持ってくか? 進路指導部の先生たちと豪遊でもするか? やったことないけどギャンブルでパーッと使っちまうか。……いや」

 別のアイデアが思い浮かぶ。


「それとも、家に置いとくか。そしたらいつか、アイツが来るかもしれない」

 また会えるかもしれない。それを楽しみに教師を続けてみるのも悪くはない。









【某月某日】


「どうしたんッスか? 九字塚主任。空き部屋なんか開いて」


「いえ。ひょっとして、屋根裏の散歩者でも住み着いてるんじゃないかと思いましてね」

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