失格教師と捨見愛離子
「で、グダグダしゃべった結論は? さっさと言ってくださいよ」
苛立ちは肯定と同義だった。俺はカワセミのデスクを見やった。
「木を隠すなら森の中。鍵を隠すには――?」
最後まで待たず、酒石みどりは机の脇に手を伸ばした。そこには、部室棟の鍵を束ねた鍵束がある。鍵の数を数え、そして絶句する。
「ない……!」
強盗の儲けをコインロッカーに隠す。その鍵を、カワセミは部室棟の鍵束に紛れ込ませていた。ノブを叩けば開くような頼りない鍵、誰も重要視なんかしない。ところがどっこい、それを逆手にとってカモフラージュに利用した。
教頭も校長も、鍵束にぶら下がってる鍵の数までは数えない。
S商の部活は勝てない。結果を出せない、ひいては転勤に繋がらない部活にお偉方は興味がないからだ。万一数えられても、鍵の数が本来より少なければともかく(部室の鍵も学校の財産だから問題になる)、多いなら数え間違いで済ませてしまうだろう。
先程カワセミがトイレに行った隙に調べてみると、怪しい鍵が1本混ざっていた。古く見せようと傷をつけたり汚したりしてあったが、刻まれている番号が他と違う。捨見曰く、「この番号で貸しロッカーの場所を特定できる」んだそうだ。なので抜いておいた。
「か、返して……っ!」
「え? とんでもない冤罪だ。証拠はあるんですか? 何なら身体検査でもしてみます?」
もちろんさっきの仕返しだ。もちろん、鍵はとっくに捨見に預けてある。
「ところで、どの部室の鍵がなくなってました? 学校の備品がなくなったんなら一大事だ。教頭先生に報告しないと」
「う……」
カワセミがうめいた。そう。「存在しないことになっている鍵」がなくなっていたところで、証言も立証もできない。
「それならこっちだって……!」
剣呑な目つきで睨んだ。
「ダークウェブで物騒な奴らに襲わせる、か?」
先手を打って言ってやる。
その程度のこと、俺や捨見が考えつかないとでも思ったのか。
「アンタの情報の一部始終は、ネットの国語科教師フォルダと、教師フォーラムに常時予約投稿状態にしてある」
「……え?」
「俺が定期的にキャンセルしなければ、動画と資料は投稿されて衆人の目に触れることになる。俺に何かあったら、お前も地獄に道連れだ」
コイツにそんな狂気はない。他人が傷つこうが死のうが構わないが、自分の人生を棒に振ることだけはできない卑怯者だ。
「共犯者の、お前の彼氏もついでにな」
カワセミの彼氏は、何年も教員採用試験に合格しないままらしい。おそらく実働はこっちがやっていたのだろう。
「格付けは済んだんだよ。お前みたいな失敗友だち教師にいいようにされるかよ、バカ野郎」
呆然自失のカワセミを放置して、俺は進路指導室から出て行った。
【5月15日(月) 22:30】
さっさと車に乗り込み、学校から出る。酒石に彼氏とか呼ばれちゃ面倒だしな。車が校門を通り過ぎたあたりで、後部座席に声をかけた。
「そろそろ出て来いよ」
すると、後部座席で身を起こす人影が1つ。
「へへ~っ。よく気付いたわね~」
預けたロッカーのキーを、指先で弄んでいる。
「いろいろあった仲だからな」
コイツなら、車の鍵を開けるぐらい朝飯前だろう。
交差点を右に折れる。
「おっじゃま~」
捨見が後部座席から、強引に身を乗り出して助手席に移動する。
「狭いんだからやめろ!」
しかもスカートが短いもんだから、いろいろ丸見えだ。
「えへへ、こっちの方が落ち着くわ~」
助手席に居座ってしまった。相変わらず勝手な奴だ。
捨見は車の進路について、何も訊ねない。
「アタシが学校から出るってのに、驚かないのね?」
「ああ。お前の、この学校での目的は果たしたんだろうからな」
指摘しても、捨見は驚きも否定もしない。
「うん、お金も手に入ったし、それに」
一瞬、遠い目をする。
「それに?」
「ううん、なんでもない」
車は夜のF市を進む。
「終わったね~」
大きく伸びをして捨見は言った。
「いや、あと1つ謎が残ってるぞ」
「何か残ってたっけ? あ、いくら手に入るか気になる?」
俺は首を振ってゆっくりと、捨見を見た。
「お前の正体だよ、屋根裏の散歩者」
【5月15日(月)22:45】
カワセミ探しの件で、俺は捨見に疑問を抱くようになった。
育児放棄の末、母親に見捨てられた可哀そうな子ども。保護者を失い、学校に住み着くしかなかった哀れな生徒。
はたして、本当にそうだろうか。
今思い起こせば、納得いかない部分がある。ただのかわいそうな子どもが、なぜ開錠技術を身につけているのか。なぜ頑なに不登校を装っているのか。
そして、アパートにあった母親の死骸。
俺にとって今日の大勝負はカワセミなんかじゃない。この少女との対決だ。
【5月15日(月) 23:00】
コンビニに車を停めて、紙コップのコーヒーとドーナツを買ってきた。
「ほら、夜食だ。こんなもんしかなかったけどいいよな?」
手渡す。
「サンキュ♪」
駐車場に止めて、お互い静かにコーヒーを飲んだ。
「エスポワールFって知ってるよな?」
「あったりまえでしょ。アタシのアジトだもん」
「お前のヤサは学校だろ」
と言って一呼吸置く。
「母親の連絡先をネットで検索してみたんだ」
「へえ、何かヒットした?」
「なぜ知っているのか?」とは訊かなかった。
一度も会ったことがない母親は、本当に隣町にいるのだろうか?
「ああ。“代行サービス”って会社の電話番号だった。客のフリしたら、丁寧にサービスを教えてくれたよ」
そこは、毎月金を支払って登録すると、その人物が「いるかのように」応対してくれる会社だった。指定しておいた名前あてに電話がかかってくると、「今は不在だから、後でかけなおさせる」と電話番号と要件を聞き出すだけの会社。
「まあ、手の込んだ留守番電話と言えなくもないな」
犯罪に利用されなければ。
母親への電話に出たのも事務員だ。文字通り他人事で、話が通じないのも当然。
「で、母親は本当はどこにいるんだろうって、アパートの部屋に侵入してみたよ。そこで、母親の死体を見つけた」
あえて淡々と説明する。
「思い切ったね~」
少女に茶化した様子はない。
「お前に色々悪い遊びを教えてもらったお蔭だよ」
「じゃあ、アタシがママ殺しの犯人?」
「犯人は捨見愛離子だ。そして」
決して引き返せない言葉を紡ぐ。
「そしてお前は、捨見愛離子じゃない」




