失格教師とカワセミ
【5月12日(金)12:55】
「どう?」
宿直室に入るなり訊ねてくる屋根裏の散歩者。
「気軽に訊くけどな。お前と違って忙しい身なんだぞ」
昼休憩にこっそり進路を抜け出したんだ。腹を下してトイレに籠ってたとでも言おう。給料出てない時間なんだし。
「かなり雑だけど、10人にまでは絞った」
「早っ!」
教師としての本分が疎かだったとも言う。
「進路指導部と生徒指導部に限定してみた」
学校が「鎖国した島国」であることが幸いした。
「ふんふん。悪くないんでないの」
俺はプリントアウトしてた一覧をテーブルに広げて見せた。
進路指導部
・福島正義45歳
3ーA担任
担当科目 簿記実務
柔道部顧問
・若貴勝子39歳
1ーD副担
担当科目 家庭科
クッキング部顧問
・岡伸41歳
3ーC副担任
担当科目 マーケティング
卓球部顧問
・酒石みどり27歳
1ーA担任
担当科目 ビジネス基礎
女子サッカー部顧問
・木林往人24歳
2ーC担任
担当科目 プログラミング
男子サッカー部顧問
「で、こっちが生徒指導部」
・池秋義家53歳
2ーD副担
担当科目 理科
サイエンス部副顧問
・井手之下法流57歳
2ーD担任
担当科目 地歴公民
演劇部副顧問
・巻代将25歳
2ーA担任
担当科目 数学
ESS部顧問
・小保津肩子23歳
3ーD副担
担当科目 情報処理基礎
バドミントン部顧問
・山元紀友36歳
1-A副担
担当科目 美術
美術部顧問
若い教師は荒れやすいクラスと、部活で顧問を押し付けられがちだ。
「さっすが、無駄にコマかい九字塚センセ。分かりやすくまとめてるわね~」
「褒めたつもりか」
笑顔で「もっちろん」と言われる。
「で、こっから性格付けをして更に絞り込むぞ」
「性格付けって?」
「日頃の印象や能力で“実行できる実力があるかどうか判断する”ってやり方だ」
先入観とも言う。実際には、生徒の性格傾向を分析するために用いられる教育手法だ。
「疑い深い九字塚センセの本領発揮ね!」
「おう、他人の粗を探すのは任せろ」
自慢してどうする、俺。
「カワセミみたいなことをやれそうなのは? って考えでエモノを絞ってくワケね~」
「有能ではあるよな。それと、行動力もある」
情報収集して、ガキに勧誘かけて、と八面六臂の活躍だ。
「なら、有能でなかったり行動力がないヘタレは除外できる? う~ん。でも~」
首をひねる捨見。断言しない疑念は分かる。
「ああ。バカが頭の良いフリはできない。が、頭の良いヤツがバカのフリはできる」
常日頃から使えないヤツのフリして何か意味があるのか、って疑問は浮かぶけどな。
普段は無能で、事件が起きたときだけ有能な奴なんて、出来の悪いミステリぐらいでしか見たことがない。
「なので小保津先生やキバヤシもまだ候補から消せない」
キバヤシのあの態度が演技だったんなら、アカデミー賞ものだけどな。まだ切り捨てるには早い。
「確実に消せそうなのはドナタ?」
言葉尻だけとらえたら怖い会話だ。
「行動力で言うなら、秋池先生や井手之下主任は消せる。定年間際でご老体。二重の意味で腰が重い」
悠々自適の定年後を目指してる、事なかれ主義の教師たちだ。
残り8名。うち5名は進路指導部の面々だった。
「しかし考えてみれば、襲撃先の情報収集もしないといけないんだよな。ダークウェブでそういった情報を買ってるのか?」
「売ってるケド、ある程度自分も詳しくないとガセ掴まされるワケ。例えば“F市で勝てるパチンコ店を教えて!”って募ってみ? マジネタいくつ手に入ると思うカネ?」
本当の情報は1割にも満たないだろう。
「上手い例えだな。未成年が挙げる例じゃないだろってツッコミを除けば」
お互い不足している部分を補い合っている。俺たちは意外といいコンビなのかもな。
「耳学問は無知に付けこまれるってことか。しかもパチンコと違って、襲撃先のガセネタは致命傷だ」
やっぱり、自分で確認する必要があるよなあ。
「でもセンセって教師は目が回るほど忙しいんっしょ? 獲物を物色しているヒマなんてある~?」
そこだ。捨見の疑問提起に、しばし考える。
「その線から手繰っていくのが、一番確実かもしれないな」
【5月12日(金) 17:00】
放課後。俺は忙しく働いてる同僚たちをつい眺めてしまう。
この中にカワセミがいるなら、誰だろう?
外線で企業と電話している福島主任はどうか。もっとも情報を手に入れられる位置にいることは間違いない。
実家が離島にある神社らしいので、道徳心はある。強盗団の首魁などやらないだろうか。
それとも思い込みか。離島の神社なんか儲かるとは思えない。意外と金に困ってるかもしれない。
「ん? どうした?」
俺の視線に気付いた主任が反応した。
「ああ、すいません。ボーっとしてました」
適当に言い訳をする。
「とか言って、また何かやってるんでしょ?」
若貴先生が会話に加わる。パワフルなおばちゃん先生で、生徒受けもいい。中学1年と3年の娘がいるそうだが、旦那も教師なので安泰だろう。
だが親の立場で考えるならば、娘のための金はいくらあっても足りない。この国はトップが能無しばかりだから、とかく生きてくだけでも金がかかる。娘が私立に行きたいとか言い出したとも聞いた。
「解決したら教えてくださいよ」
パソコンと格闘してる岡先生。本人は教員採用試験を受けるつもりがなく、臨採が性にあってると言っていた。子煩悩で休日に子どもと遊ぶ時間が欲しいとぼやいているので、強盗の指揮などする印象はない。
だが、結婚前は割と荒れた生活をしてたとか。それに金にだらしがない兄がいて、悩みのタネらしい。ちょっとした借金もあるそうだ。
「変なことで目立っても意味ないですよーだ」
チクリとトゲを刺してくる酒石先生。採用4年目で教師の視点をしばしば忘れてそうな「失敗友だち教師」。年齢的に仕事が楽しいようすで、エネルギッシュに働いている。
教師を目指して教員浪人中の彼氏がいるらしい。結婚を考えてるらしく、金が入用なのかもしれない。
「ボーっとしてる暇があるんなら、僕の業務手伝ってくれればいいのに。はぁー」
周囲まで脱力させるような溜息を吐いてるのはキバヤシ。採用2年目。悪事を働く時間を、ため息をつくために使いたい性格だ。
だが、「教師に向いてないんじゃないか?」とよくこぼす。辞めるつもりならば、金が必要だろう。
俺が今まで見てきたこと。そして捨見と関わってから見てきたものの中に、正解がある気がする。
【5月14日(土) 10:00】
俺は、ある疑問が払拭できずにいた。
だから、ある電話番号を検索してみた。
「川中君か? すまないが、亡くなった社長一家のことで訊ねたいことがあるんだが」
通話を終えて、しばし考え込む。
「あと2人に話を聞きたいな。あの人は……出勤前に入り口で待ってみるか」
その後で、いよいよカワセミとの対面だ。
【5月15日(月) 22:00】
「え、九字塚先生? まだ帰ってなかったんですか?」
戻ってきた教師が、驚いて俺に問いかけた。さもありなん。トイレから戻ると、帰ったはずの俺がひっそりとイスに座っていたんだからな。
帰ったふりをして、標的1人だけが残るのを待っていた。標的が、最近夜遅くまで残っていることを知っていたからな。
「ええ。ちょっとやり残したことがありまして」
教師は平静さを取り戻して席に着いた。
「まだ“探偵ごっこ”やってるんですか?」
驚いた裏返しか、言葉に棘がある。俺は平然と答えてやった。
「ええ。カワセミの上前を撥ねてやろうと思いましてね」
教師はしばし硬直する。
「な、なにを言ってるんですか? カワセミって?」
動きだけでなく、声まで硬くなっている。
「連続強盗団の黒幕のことですよ。“探偵ごっこ”をしてるうちに、カワセミはS商の、しかも進路指導部にいるんじゃないか、って思い至りまして」
「発想が飛躍しすぎてませんか?」
苦笑してるが、目線が定まっていない。
「進路ならOBの動向も掴める」
仕事を辞めた飯尾亮は、すぐにカワセミに勧誘された。
「つい最近、連続強盗団の一味で捕まった飯尾って卒業生いるじゃないですか」
説明を始める。
「あいつ、俺に“辞めたことはちゃんと連絡した”って言ったんですよ」
言われたときには、俺もデマカセとしか思っていなかったのだが。
「でもそれを電話で受けた人が、わざと記録してなかったならどうです?」
飯尾の素行と言動から、手下に誘ったのだとしたら。
「しかも進路はよく外に出るじゃないですか。企業の経済状況を知ることもできる」
企業の雰囲気と求人数の上下で、企業の羽振りのおおよそぐらいは掴めるはずだ。
「……企業訪問は1週間に3回ぐらいしかないじゃないですか」
教師は無関心を装っている。
「任期4年目までは、初任者研修で出張する機会も多いですよね」
構わず続けた。
「あとは、部活を利用すればいい」
キーボードを叩いている指が止まった。
「部活で生徒に接近できるし、練習試合や打ち合わせで他の高校に出向くことも多い」
宴会や懇親会によく出ていれば、酒の席で重要な話題がポロっと出てくることもある。教師と言う連中は、身内にはとことんガードが緩い。保護者との交流も盛んにしていると聞いた。
「裕福な老人宅なんかは、そうやって手繰っていったんでしょうね」
被害者には、元PTA会長や元教師の実家といった歴々も多く混じっていた。
「他にも生徒指導部の野外取り締まりに、自主的に参加したりしてな」
対外的には「社交的な教師」だ。
「そうでしょ? 酒石みどり先生」




