失格教師と不穏なLINE
「なら今回の犯人は、二味と久里の2人か?」
動機はスマホの取り換え。
「たぶんね~。窓外したり登ったりは、女1人だとハードだし」
「俺のぼんやりした記憶だと、2人が親密に話してたとか記憶がないんだがな」
クラスも違う。共通点は、手がかかる生徒って点だけだ。
「ヤマシーことしてるから、他人を装ってるダケじゃない?」
もしそうなら、相当根が深い問題ってことにならないか?
余計なものまで掘り起こしたような、そんな予感に襲われるぞ、おい。
「しかしな、こんなおおごとしでかしといて、成果と言えば二味のスマホが10日ばかり早く取り戻せるってことだけだぞ」
「その怪しいのを解明するタメに調べてるんでしょー?」
ごもっとも。
「人事を尽くしてないのに天命を待っちゃ駄目だな」
「センセって、ヘンなトコでケンキョよね~」
捨見が久里の方のスマホを操作する。
「ホラ、コッチは電源さえ入らないポンコツよ」
ガワだけ似てれば充分ってわけか。見せ金みたいなことするなあ。
「で、そうまでした原因はこっちにある、と」
二味のスマホの電源を入れる。周囲に誰もいない今なら、スマホの電源を入れて中身を確認できる。と言うよりも、巻代先生はそれを見越して場を外してくれたんじゃなかろうか。
でなきゃ、保管ロッカーの鍵まで渡してくれないよな。教頭だって無断で机の中を見て回るぐらいだ。これぐらいいいだろ。
我ながら妙な理屈だ。
『PIN(暗証番号)を入力してください』
あ。
しばし硬直。
「事件は迷宮入りのようね」
諦めるの早いな!
「しかし、こいつは困ったなあ」
だが、ロックまでかけておることが、捨見の推理を裏づけてる気もする。気のせいか? 今日日の高校生は鍵ぐらいかけとくもんなのか?
「ありすちゃんパス。頭使うのニガテ~」
以前にも言ってたな。
「“考えるのはやめとけ”って遠い先祖の遺言にあったような気があったりなかったりするから」
「脳ミソって知ってるか? 便利だから使った方が良いぞ」
やりたくないことがはっきりしてるヤツだ。
「二味の個人データが見たいな。パスワードのヒントがあるかもしれない」
机の上にあった小保津先生のタブレットを拝借することにした。
「あ、パスど忘れした」
俺のパスワードは授業記録に控えてるからな。暗記まではしていない。ムダな脳ミソは使わない主義だ。が、このままでは教員専用サイトにアクセスできない。
「教員共用のパスがあるでしょ~? “202304”」
エナジードリンクに再挑戦していた捨見が助け舟を出す。そうだったそうだった。
「サンキュ……おい。なんで知ってるんだ」
「コマかいコトは言いっこなし」
コマかいことか? 学校を根城にしているせいか、学内情報に詳しすぎる。
水面下でいろいろ探っているようだ。
まあいいや、生徒情報を呼び出そう。二味の誕生日……は載ってないが、さすがに誕生日がパスはないか。そもそも学校が「誕生日や電話番号をパスに使うな」って呼び掛けてるんだから。
でもいちおう、住所、生徒番号を打ち込んでみる。
「ダメか。そんな単純じゃないらしい」
だが、S商生の性質上、あまり凝ったパスはつけない気がする。忘れたら困るからな。
だとしたら、よくあるのは語呂合わせか? 「ふたみ」で23とか。でも23だと、パスワードの5ケタに届かない。
「羅針盤が欲しいな。指針がないと、思考の海をさ迷うだけだ」
少しでもヒントを得ようと、預かりノートを見る。二味のサインを眺めた。性格は字に出る、が俺の持論だ。
しかし読みにくい字だな。自分の名字なのにカタカナ使ってるし、傾いてるし、やたら丸っこい。
S商女子に流行ってる崩し字だ。2-Cの糸亀も好んで使っていて、読みにくいことこの上ない。
“タ”がほとんど◇だったり、“ミ”を“ノノノ”って書いてたり。……あ。丸っこくて傾いてる「フタミ」の3字を数字として読もうとすると。ミを横に倒して、111。
フタミ=70111。
『ロックを解除します』
「すごーい!」
捨見に手放しで賞賛された。
「さっすが国語の先生! 揚げ足取りの帝王! 猜疑心のカタマリ!」
「手放しで罵倒すんな」
ペンキ落書き事件のときにも、文面に大きなヒントがあった。あれのお蔭でできた考え方だな。
【5月10日(水) 12:50】
別室に連れてこられた二味星心はふてくされていた。久里の方は、指導室の隅にある応接セットで別の先生が対応している。
「あ、あの子」
小保津先生が二味を見て呟いた。
「二味がどうしたんですか?」
「私が副担してるクラスの生徒なんですが。突然“出場する種目を替えろ”って言い出して」
本当に困りました、と教えてくれる。
「その、出場する予定だった競技は?」
「ええと、“タイヤ泥棒”だったと思います」
なーるほど。今回の騒動を計画したから、強引に参加種目を変えさせたのか。これも状況証拠にはなるかもな。
「私、忙しいんだけど?」
右目に眼帯をしている。連絡できなくなったことで、カワセミとやらに殴られたのかな。
性格は顔に出るって言うが、俺の見立てじゃあ常識知らずで感謝知らず。褒め所がない顔つきだ。
「まあまあ、座って」
正面には俺と巻代先生。声を憚るという理由をつけて、別室の一番奥の席に座らせた。
「うっざ、死ねよ」
どかっと座って脚を組む。LINEでのやりとりから二味の方がリーダー格だと目星がつけていた。
窓とドアを半分開けておく。密室状態回避のため、というのが名目で、実は捨見が窓の外で俺たちの会話を盗み聞いていた。
「二味との会話を聞かせて」というのが捨見の要望の1つめだ。
「キモイからさー、警察呼んでいい?」
S商に勤めてたらよく分かるが、弱い犬ほどよく吠える。
俺は高圧的に出ることにした。
「生徒指導室に侵入したのお前と久里だろ」
そして、弱い犬ほど強い相手に弱い。
「な、なに言ってんかわかんねえし」
つまり、逆境にも弱い。
「だだ、だいたいナニも盗まれてねえんだろ!」
なお、表情と言葉遣いが汚いのはS商女子特有の現象。
「なんで何も盗まれてないこと知ってるんだよ」
「うっ……」
語るに落ちたな。
「き、聞いたんだよ!」
「ほう、誰にだ? 後で聞き取りするから言えよ」
今回、手加減してやる気は全くなかった。
「憶えてねえよ!」
そうやって、いままでのらりくらりと生きてきたわけだ。
「犯人扱いしやがってクソが! しょ、証拠持って来いよ! じゃないとケーサツ呼ぶかんな!」
立ち上がって喚く。
「呼んでいいぞ? 困るのはお前だろうけどな」
目に力を籠めて見据えた。
「えっ……?」
強硬な姿勢に、普段の「逆ギレすれば見逃してもらえる状況」とは違うことをようやく二味は吞み込み始めた。
「呼んでお前のスマホの中身でも見せるのか?」
目に見えて動揺した。
でっかい弱味抱えてるくせに強気にでるんじゃねえよ。
【5月10日(水) 12:25】
さて、これで何も出なかったらまた頓挫するわけだが。
スマホを捨見に手渡す。
「こっからは頼む。俺は原始人だから」
自慢じゃないが、俺は電子機器の類が大の苦手だ。
「オッケー。着信履歴から」
捨見が操作する。『久里』との通話履歴が表示された。
「これでようやく、このスマホが二味の物だって判明したな」
久里とはほとんど毎日連絡し合っているみたいだ。
「ほーら、コイツらは連れだ~!」
「玄人っぽく言うな」
捨見の推測通り、水面下で繋がりがあったか。
「他はどうだ?」
「久里りんとのLINEをチラ見中~」
すぐに会話の応酬が出てくる。
二味:クリいるか?
久里:いる。呼び出し?
二味:うん。多キさんからな。23時17分集合。
久里:ほいほい。
<3月17日 16:36>
“多木さん”? “多樹さん”か? 変な変換をする奴だ。木をカタカナにしたところで、手間は省けないよな。しかし、メールでも言葉遣いが汚い。
二味:ちくしょう。マキダイのヤローにバレた。別室5日行ってくるわ。
久里:こんどアイツの車にイタズラでもする?
二味:バッカ、そんなことしても金にならねえだろ。やんねえよ。でもムカつくわ。
<4月20日 12:50>
巻代先生の名前がある。この日時は二味のカンニングを見つけた日だ。
「しかし発想が陰湿だな。車が無事で良かった」
二味:多キさんに呼び出し食らった。先に行ってくる。
久里:いてらー。どこ合流?
二味:ドイナカのサイゼな。17時ぐれーに行くわ。カワセミがうるせーし。
<4月24日 18:40>
「おっと新人物登場。カワセミ? ハンドルネームかな?」
「このヒトも、けっこう連絡し合ってるねー」
捨見が履歴を確認する。3年の二味たちの先輩なら、S商の卒業生だろうか。
二味:バイト代入ったし、飲みに行かない? 暇すぎて死にそう。
久里:いいよ。いつもの店に良い男が入ったってさ。
<4月26日 20:34>
「バイト代」とか「飲む」とか、不穏な単語が並んでる。
二味:多キさんから呼び出しだ。22時。
久里:ええー。急だなあ。今オトコ咥え込んでるんだよ。遅れるよ。
二味:ウルセー。ゼッタイ来いよ。お前も山に置き去りにされっぞ。
<5月3日 20:07>
「多キさん」も登場率が高い。
「“山に置き去り”って、バイオレンスだな」
最近どこかで、山関連の話題に触れた気がしたが……どこだったどろう?
「多キさんからの着信はゼンゼンないワケ」
「そうなのか? これだけ話題に上がってるのに」
学校外で二味と久里はいつもつるんでいることは分かった。
二味:多キさんが22時に遊びに来る。オメーも集合な。
久里:え、前に24されたばっかですやん。それに、カネはまだあるんだよね?
二味:文句あるならカワセミに伝えといてやろか? また殴られるよ?
久里:いや、ないす。行くったらあの人怖いよ。




