失格教師と怪しいスマホ
事件に思考を切り替える。
「盗られた物はないんだよな……うん?」
見ると、底にシールが貼られている。向かって右に「貴重品」、左に「没収品」。巻代先生の字。
「共用で保管してたのか」
仕切りを境に、分類して保管してたんだろう。学校ではよくあることで、手間と人的コストの削減目的だ。
「ロッカーがひっくり返されてるから、しっちゃかめっちゃかになってるけど」
仕切りがあまり高くないので、中のものが移動してる。
まあ、預かりリストがあるから間違えることはないだろうが。
確認してみると、没収物はスマホ5台。おおかた、授業中にいじってて取り上げられたんだろう。14日間の没収のはずだ。残り3台が預かり物。それと財布は今日預かったものだった。
2人で手分けしてサイフをチェックしたが、特段怪しそうなメモやカードは入っていなかった。
「サイフとスマホなら、怪しいのはスマホよね~。個人情報のカタマリだもん」
「その個人情報の塊である俺の番号を知ってたお前はどうなんだよ」
ぼんやりと見ていた捨見は、2台のスマホを手にした。
「ねえ、この子たち、似てると思わない?」
どちらも黒いスマホで、似てると言えば似ている。細かい差異はあるのかもしれないが、興味がない俺にはそれが分からない。
他のスマートフォンは、色がピンクだったりシールが貼ってあったりして見分けやすい。
「どっちも同じ会社のスマホなんじゃないのか?」
この程度の認識だ。
「んふふ~、分かっちゃったかも~」
捨見がほくそ笑む。
「犯人の目的は、ロッカーをひっくり返して中身のかきまぜることだったんじゃない?」
まだ理解できない。
「この状態で、スマホ全部、没収物と預かり物に区別できる?」
「そりゃできるだろうよ。今は混じってるけど、ちゃんと記録してるんだから」
「れっつご~」
「へいへい」
貴重品預かり簿と、棚に収めてる没収記録ノートを引っ張り出す。
【没収物 4月28日 5時間目 1ーB 岩城雅子 シルバー(中央にキズアリ) 返却予定日5月12日】
こんな風に日時と生徒、スマホの特徴が書いてあった。預かった証拠に、生徒に署名させている。
預かり簿の方も形式は一緒だった。
【預かり物 5月9日 1時間目 2ーD 田中一郎 ピンク】
こちらも最後に生徒に署名させている。
「ピンクのは預かりもので……」
順調に分類してゆく。が。
【没収物 5月9日 1時間目 3ーC フタミセシル 黒 返却予定日5月23日】
【預かり物 5月10日 HR 3ーD 久里月女 黒】
どっちも女生徒だが。キラキラネーム通り越してるな。
あの2人のことは俺もぼんやりと知ってる。教師は、問題を起こす生徒を良くも悪くも憶えてしまうものだ。
二味は喫煙の常習犯。久里は反抗的な言動が多い。
「2と9……」
何か小さく、捨見が呟いた。
「ん? どうした?」
「う、うんにゃ、なんでも」
慌てたように首を振った。
「それより、預かり物に返却予定日がないのはどして?」
「そりゃあ、預かってるだけだからな。その日のうちに返すに決まってる」
「読みにくい名前の女子生徒だな」
面倒だったのか、「フタミ」の署名はカタカナで書かれている。
「……区別できん」
どっちも特徴に「黒」としか書かれていない。
これじゃ見分けがつかない。
巻代先生が没収したときは、他に黒いスマホがなかったので「黒」と書くのは分かる。
が、預かり簿の小保津先生の方は、それを知らずに「黒」と記録したようだ。或いは巻代先生の記入書式を何も考えず模倣してしまったのかもしれない。
「こりは~、黙ってても名乗り出てくれそ~ね」
屋根裏の散歩者は、にんまりと笑った。
【5月10日(水) 12:47】
昼休憩。女子生徒が生徒指導室に入ってきた。挨拶もせず、開口一番、
「マキダイ! スマホ返してよ!」
と叫ぶ。
「なんだなんだ、いったい」
近くにいた巻代先生が応対する。
「ドロボーが入ったんでしょ? スマホ盗られたら嫌だから返して!」
手を突き出す。
「そんなこと、いったいどこで聞いたんだ?」
「どうでもいいでしょ! いっつもエラソーにしてるくせにクズなんだから! ゴミ!」
罵詈雑言まくしたてる。ちなみに口が悪いのは、親の影響であることが多い。とくに低所得者の場合はな。人を人とも思わない言動だが、こういう強引極まりないヤツって、別の事情でのっぴきならない状況に追いまくられてることが多いんだよな、と、冷静な視点で観察すれば分かる。
仕方ない、とばかりに巻代先生がスマホを持ってこようとする。
「んー? どっちがお前のだ?」
そっくりの、黒い2台のスマホを並べて見せた。女子生徒はしばし見つめた後、
「コッチ!こっちが私の!」
と一方を指さした。
「しかしなあ、この2台そっくりじゃないか。本当にそっちか? 間違えてたら大事だぞ」
「ホントだってば!」
噛みつくように叫ぶ。
「何か証明できるものは? 親とのLINEのやり取りとか」
「勝手に見ないでよ犯罪者!」
犯罪者はそっちだろ、と後方からツッコミ。女生徒はもう一方のスマホに手を伸ばした。迷いなくスマホカバーを剥がして、ひっくり返して見せる。
「ほら! こっちは“フタミ”ってシールが貼ってあるじゃない! だからこっちが私の!」
と久里月姫が叫んだ。
巻代先生は驚いた表情をした後、背後に隠れてた俺の方を向く。
「……だ、そうッスよ。九字塚先生」
『最初に来て、スマホを返してくれと喚いた奴が犯人です』
俺は予め巻代先生にそう伝えておいたのだ。
俺はデスクの陰から姿を現した。
「話を聞かせてもらおうか。自分のじゃないスマホを持っていこうとした理由をな。それと」
指導室の背後から様子を窺っていた、眼帯の女生徒に声をかける。
「お前も共犯だろ。逃げるなよ、二味」
【5月10日(水) 12:20】
「電話の取り違え?」
「そっ。ソレが狙いだと思うワケ」
わざと間違えたふりする、ってことか?
「電源入れて、本人に確認させれば一発だろ」
「はーい思う壺でーす」
人を指さすな人を。
「なんだって?」
仮説が組みあがりつつあるらしい。
「例えば今のごっちゃになった状況で、二味ちんなりフタミちんが“私のはそっち!”ってウソついたらどうする~?」
「……渡すだろうな」
学校は、教師が生徒のスマホ番号やメアドを控えることを禁止している。プライバシーがとかバカなこと言ってるが、そのせいで進路指導部や担任に多大な迷惑がかかってることに気付いていない。つまり確認のしようがない。
「でも、間違えられた方が気付くだろ?」
「2人が結託してたら?」
ややこしいな。
「3ーCの二味と、3-Dの久里が口裏を合わせたら、ってことか?」
その場合は、違う方を渡してしまうだろう。
整理してみよう。以前に没収されてたのは二味のスマホで、今朝預けられてたのが久里のスマホだ。久里のスマホは預けただけだから、体育祭終わりに返却される。
「でも、二味ちんのスマホは違反による没収だから、あと12日は返ってこないワケ」
捨見が補足する。
「つまり、わざと2つを取り違えて、二味のスマホの方を取り戻したかった……?」
「中身ガシャガシャにしちゃえば、ダマせると思ったんでしょねー」
それで、ロッカーの側面まで蹴ってたのか。中身をひっかき回すことが目的だったから。
「でもな。このスマホ瓜二つだろ? 巻代先生とかに取り違えを疑われたらどうするんだ」
捨見は推定久里のスマホを手にした。
「そんトキはこうして……」
スマホをいじっていたが、スマホカバーを剥がした。カバー裏には「フタミ」とプリントされた小さなシールが貼られていた。
「疑われたらこれで、こっちのスマホはフタミちんのだって証明するつもりだったんじゃない?」
久里のスマホに小細工してた、ってことか?
「いやいや、素直にこっちが二味のスマホなんじゃないか?」
だが、俺の抗弁は一蹴された。
「スマホのカバー裏に名前書いてるようなダッサイ女子高生なんて、知ってるワケ?」
「……知らないな」
つまりは、こんなもの貼り付けてること自体が下心の根拠、ってわけだ。




