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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第四章 失格教師と体育祭地獄変
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失格教師と万能なハンガー

 捨見は別室の窓枠やサッシを観察している。

「古いわね~」

「60年物だからな。大きな補修工事もしてないし」

 生徒の蛮行で、さすがにあちこち傷んでるけどな。すでに元の色が分からない。別室の壁に、いくつも小さな落書きがある。

「どうやって入ったんだと思う?」

 一通り見て回って訊ねた。

「ドアからじゃなければ、アトは1つしかないっしょ?」

 捨見は別室奥の窓を指さした。

「でも開いてなかったぞ? 針金とか使って開けたか?」

 ミステリで似たようなトリックを読んだことがあった。

「ブーッ。それも痕跡残っちゃうの。あと意外と難しいワケ」

 やったことあるような口ぶりだな、おい。やはり泥棒を働いて暮らしていたんだろうか。


「むしろ“窓の鍵がかかってたこと”が重要なのですよ」

「変な言葉遣いやめろ。開いてなかったなら密室のままだろ」

「そう思い込むのがシロートのアサハカさ」

 うわ、マウントとってきやがる。

「問題で~す。犯人が密室にするメリットは?」

 む。改めて言われると何だろうな。ミステリとかだと、自殺に見せかけるためとか、アリバイ証明のためとかだったが。

「そういや、こんな明々白々な押し込みで密室にする意味ないな」

 犯人がいることは分かり切ってるんだから、密室にするメリットがない。

「答えは、“鍵を開ける方法がなかったから”でした~」

「なんだそりゃ」

「言ったままよん」

 こういった時のコイツは、妙な誤魔化しはしてない。言葉と事実のまま捉えてみよう。

「えー、つまり犯人は、部屋に入ることは出来たが、鍵を開けることは出来なかった?」

「せーかい~。センセも分かってきたじゃない」

 現在進行形で何もわかってないぞ。


 どうやら具体的な手口まで想像がついているらしい。

「いまのうちにショーコ確認、っと」

 窓を開ける。外は第3駐車場だ。

「下手を御覧くださ~い」

 バスガイドのような言い方をするな。窓付近の土には、複数の足跡が残っていた。窓の真下あたりまで続いている。

「これ、犯人のか?」

 昨日は大雨が降っていた。日陰でまだ地面がぬかるんでいるから、はっきり確認できる。


 第3駐車場は非常勤専用だ。体育祭の今日は、授業がないから非常勤は1人も出勤していない。ここをうろついているのは犯人だけだ。

「犯人も、後で消しに来るつもりだったのかもね」

「消される前で良かった。撮影しとこう」

 スマホで撮影する。ソール(靴底)の模様が判別できた。

「この轍に亀裂が入ったようなソールは、S商の運動靴だな」

 生徒犯人説は確定した。

「なんでそんなどーでもいいコト憶えちゃったりしてるワケ?」

「憶えるのは得意なんだよ」

 人の顔を覚えることは苦手なので、あまり役立たない特技ではある。

「コマかいコトばっかり気にしちゃモテないっしょ?」

 大きなお世話だ。「古文って将来何の役に立つんですかー?」って質問ぐらいな。


 角度を変えて何枚か撮影しているうちに、あることに気付いた。

「靴以外の痕跡もあるな」

 拳大の丸い跡と、長細い跡が、校舎のすぐ近くに刻まれていた。

「大事なトコだからアップで撮っといてちょーだくね~」

 侵入方法に関係あるのかな。

「で、肝心の侵入方法はいつ開示されるんだ?」

「はいはい。窓を板だと思ってちょーだいませ」

 改めて窓を閉め、鍵をかけて言う。

「2枚の並行に動く板がある、と考えればいいんだな?」

「そーそー。んで、鍵を閉めた状態だと板も固定されるっしょ? それって、1枚の板になった、って考えられない?」

 真ん中の蝶番を絞れば、2枚は動かなくなる。

「そこまではまあ分かる」

「だったら~」

 捨見はキョロキョロ首を回して、針金製の安物のハンガーを手にした。ハンガーをぐにゃぐにゃ曲げた。

「こうして……こうすれば……」

 ハンガーを窓枠の下に突っ込んで、曲げたり捻ったりしている。やがて。

「ほ~ら、できた♪ これぞ秘技“窓外し”」

 簡単に窓が枠から外れた。「ど~よ」と窓を戦利品のように掲げる。

「ええ? 窓ってそんな簡単に外せるのか?」

 窓のあった部分が素通しだ。これなら容易く侵入できる。

「素手じゃさすがに難しいケド。道具があればテコの原理でラクショ~。この校舎、古いから防犯設計が甘いし」


 これで、細長い地面の跡も判明した。地面の細長い跡は、窓を外して立てかけたものか。侵入って思ってた以上に簡単なんだな。俺にもできそうだ。

「ハンガー1つで、窓から車のドアまで自在に開けられますぞ」

「狭くないか? その自由自在」

 鍵をかけて安心、と思うのは甘い考えなんだな。これが「侵入できても鍵はかけられなかった」の謎解きか。

「ん? でも帰りはそのままドアから出ていけばよかったんじゃないか?」

「たぶん、センセたちが予想外に早く駆けつけて騒ぎ出したから出れなかったんでしょ~よ」

 ああ、俺と岡先生が偶然救護テントにいたから聞こえたんだよな。


「セキュリティもなにもあったもんじゃない」

 窓を元通りにはめなおす。

「この窓外しって、本来はマンションドロとかが、ベランダから侵入するのに使う手口なんだケド。犯人は手馴れた感じね~」

 お前もな。そして侵入犯も常習犯ということだろうか。


「やな予感がするな。それと、犯人はさっき使った小道具、どうやって調達したんだろうか」

 今日は体育祭なので体操服しか着ていない。

「水筒は持ち込み可じゃないのさ。針金ハンガーを短めに切って畳めば入るっしょ?」

「水筒か!」

 それは盲点だった。

「密輸人みたいなことするなあ。この丸いくぼみは、水筒を置いた跡ってことだな」

 だがそうなると、突発的犯行ということではなくなってくる。

「つまり思い付きでなく、計画的犯行だったと」

「そ~ね。あー、久しぶりに動いたらノド渇いちゃった」

 机にあったエナジードリンクを手にして飲み始める。勝手に飲むな、と言いかけたが、今回の手柄に免じて許してやるか。あとで俺が買って戻しとこう。

「マズッ!」

 勝手に飲んどいて途中で戻すなよ! ま、それがうまく感じるようになったら末期だけどな。


 進展があったので状況を整理しよう。

「犯人は生徒指導室に入ったのに、肝心要のロッカーを開けられなかった、っていうのはどういうことなんだろうな?」

「可能性は2つ。その1は?」

 逆に質問された。

「ロッカー開ける方法がなかった、だな」

 ただ、これはなさそうな気がする。いくらなんでもハイリスクノータリン過ぎる。

「2つめは分からん」

「警察呼ばれたくなかった、とかど~よ?」

 そうか、警察が本気で捜査すれば、さすがに手口は発覚する。犯人まであっけなく辿り着くだろう。

 だが「盗難」なら通報もあり得たが、「盗難未遂」なら通報はない。よしんば通報されても、具体的被害がなければ警察は腰が重い。       学校の隠蔽体質をいいように悪用されてるな。


「あ、あれ? そうなると、犯人は“何も盗んでないけど、目的は達してる”ってことにならないか?」

 逆説だが、そうでも考えないとつじつまが合わない。 

「かもね~。ロッカーの中身に興味が出てこない?」

 開けて見るしかないか。


 借りた鍵でロッカーを開ける。内部には中央に仕切りがあった。財布が18つと、スマホが8台入っている。

 生徒数に比べて財布の数が少ないのは、教室に置きっぱなしの生徒が多いからだろう。

「盗るなよ?」

 ただの念押しだったのだが。

「シッツレーね。アタシ、お金盗ったコトないよ?」

 予想外の返答が来た。

「……マジでか?」

 今明かされる驚愕の真実。「カエルが夜中に空を飛んでいる」って言われたより信じがたいぞ。

「生活に必要なものだけ借りてるんです~。お金あんまり使わないから」

 学校で生活してりゃあ、使う機会も少ないか。


――つまり、金が目的で住み着いてるわけじゃない、ってことじゃないか。


 細切れの情報を記憶に留めた。

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