表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第三章 失格教師と謎の落書き
30/51

失格教師と部室棟探検

【5月8日(月) 12:16】


 4時間目、俺は授業が入ってなかったので、捨見を伴って運動場へ出ることにした。

 部室棟を見て回ることになるだろうから、できれば鍵が欲しいな。

 進路指導室を覗く。部室棟の鍵は、酒石先生がすべて管理していた。女子サッカー部の顧問で、放課後部活終わりに全ての部室を閉めて回っている。若いから貧乏くじを引かされることが多いとはいえ、毎日となると相当な労力だ。


「どうしたんですか?」

 当番で詰めていた岡先生が声をかけてきた。

「ちょっと忘れ物がありまして」

 適当な言い訳をする。酒石先生の机を見ると、鍵束が机の側面にマグネットで固定されていた。簡単に持っていける。が、さすがにマズいよなあ。発覚したら懲戒もんだ。岡先生もいるし。

 鍵は諦めよう。たぶん捨見がなんとかするだろ。


「九字塚先生、コレ……」

 岡先生はパソコン画面を指した。

「何です?」

 覗き込むと、そこには、

『連続強盗団のメンバー逮捕』

と見出しが。

「おっ、捕まったんですか」

 しかしそこに大写しになっていたのは、知ってる顔だった。

『飯尾亮(18)無職』

 N食品を退職した、飯尾のバストショットが。


……なにやってんだアイツは。

「コイツ、最近辞めたヤツですよね?」

 岡先生は俺の報告書で、飯尾の現状を知っていた。

「1ヶ月経たない間に辞めたらしいです」

「もうS商生でもないし、取引先に迷惑かからないんだったらいいか」

 岡先生は割り切りが良い。反骨精神の塊だったらしいが、子どもが生まれて、すっかり子煩悩になったんだとか。

「強盗団に入ってたのか。何か報道されてます?」

「“金で集められただけで、首謀者はおろか、メンバーの顔も名前も知らない”だって」

 岡先生が教えてくれるが、俺は飯尾本人から既に聴いていた。

『なお、容疑者は24日に起きたピア・セキュリティサービスの強盗事件への関与を否認しています。この事件は、24日に経営者のフトウコウイチロウさんと、その家族が行方不明になっており――』

 アナウンサーの声を聞き流す。タイミング的に、ピアの襲撃は飯尾じゃない。




 今日の4時間目に体育はないので、運動場には誰もいない。

「授業出てない奴はフットワークが軽くていいな」

「ぶー、ちゃんとおべんきょしてます~」

 スマホを見せてくる。画面の中で、キバヤシが眠そうな顔で授業をしていた。

「“授業に出てる”っつーか、“授業を見てる”だけじゃねーか」

 捨見は不登校で、オンラインで授業を受けている、ということになっている。

「やっぱり、教師側から生徒の様子を確認できないシステムは問題があるよなあ」

 コロナの脅威が薄まれば、こんな「特別扱い」も減るだろうとは思うけどな。

「九字塚センセこそ、仕事だいじょぶなん?」

「だいじょぶくない」

 こうしてる間にも、仕事の山が増えていっている。

 そもそも、一番だいじょぶじゃない悩みの種は目の前にいる屋根裏の散歩者なわけだが。


 まあ、タブレット盗難のときに助けられたのも事実だ。

「仕事は放課後に死ぬ気でやる。部室覗けるのは今しかないからな」

 昼休憩や放課後になれば、生徒が野放しになる。人がいないうちに見ておきたい。


 運動場の隅に部室棟がある。これまた年季の入ったコンクリ製だ。朝は警察が来て調べてたようだが、既に撤収していた。

「“KEEPOUT!”って黄色いテープでも貼られてると思ったが」

 形ばかりの「立ち入り禁止」の立て看板が突っ立っているのみだ。

「ケーサツは、ポイントにならない事件は消極的ですのよ」

 また妙なことを言い出す。

「ポイントにならない事件? 例えば?」

「政治家が絡む事件。警察官僚が関与してる事件。外国人犯罪。あとは、立件(訴状を裁判所や検察庁が受理すること)しにくい事件とか~」

 指折り数える。

「教師どころか、警察もそんなのかよ」

 でも確かに、ニュースとか聞いてると“何でこんな事件が解決できないんだよ?”って疑問に思うことはあったな。

 F警察でも、押収した8000万が紛失した事件が未解決であることを思い出す。

「つまり、今回の件は立件しにくいってことか?」

 警察は、未成年犯罪にはやたら腰が重いと聞いたことはある。

「なんも悪くないのに、風向き次第で謝罪会見やらされるハメになりそう。なのに手柄にはならない、ときたら、センセならヤる?」

「やらないな。うーん、生臭い」

 俺たちが動いても警察の横やりが入らないのなら、ある意味安心ではあるが。

「ん? なら警察の手がお前に伸びる可能性はかなり低いのか」

 リスクを承知で解決に乗り出す必要はないのかもしれない。

「“ハンザイシャに気をつけろ!”ってステキなラブレターが、アタシを匿ってる九字塚センセへの警告かもしれないけどね?」

……やっぱり不安だ。


 部室棟を一周する。

「なんだか、ヘンな臭いがしない? 甘ったるいみたいな」

 捨見が鼻をつまんでいる。俺は別段異臭を感じない。

「前に野球部が、部室でこっそり焼き肉食ってたことがあったからな。その臭いが取れてないのかも」

 なお、窓からもうもうと立ち込める煙ですぐに発覚し、1ヶ月の部活停止処分となった。

控えめに言ってアホだ。

 

「右端の用具入れにしまってたペンキが使われたんだと」

 ドアノブを回すが、鍵かかかっている。

「普段はこうして鍵がかかってるんだが、落書き犯はどうにかして開けたらしいな。バンピングってヤツか?」

 捨見が前にやって見せたバンピングという技術を思い出す。

「そんなの」

 捨見は脱いだ靴を手に持った。

「ていっ」

 ドアノブを斜め上からぺシンと叩く。すると、ガチャンと小気味のいい音を立てて鍵が開いた。

「ええー?」

「ど~よ?」

 靴を手に勝ち誇る。あっさりとまあ。

「手品みたいに開けるなあ」

「だってコレ、ボタン式の安物だもん」

 ノブと鍵のボタンが一体化してるタイプだった。ボタンを押し込むことで施錠される。

「衝撃を与えたら開きやすいことで有名なワケ」

 古い家の勝手口はこの構造がほとんどだったと記憶してるが、こんな簡単に開けられるのか。

 酒石先生が鍵をかけて回ってる労力は、ほとんど無駄であることが判明したな。


 しかし随分と鍵関係に詳しいヤツだ。

 やはり、他でも泥棒をして生活してるんだろうか。



 内部は埃だらけで雑然としていた。大きめのペンキ缶が無造作に置かれている。押収もしてないのか。ってことは、捨見の言った通り警察は消極的だな。

「でもここを見ただけじゃ、犯人を絞り込む材料にはならないか」

「そ~でもないよん。この場に何もなくてもじゅ~ぶん」

 捨見はハードルに腰かけた。

「タブレット事件でも分かったと思うケド。犯人の心理を想像してみればい~のよ」

 自信満々に断言する不審者。

「今日はやけに協力的じゃないか。助かるけど」

「だって牛霜降り肉のステーキがかかってるもん」

「なんだその高そうな飯の催促は。米が食いたいんじゃなかったのか!」

 俺が確約したのは「食糧支援」ってことだけだ。

 しかし、今捨見に臍を曲げられると非常に困るのも事実だから、あんまり反論しないでおく。


「犯人の立場になってみて」

 捨見は犯行側の立場に投影して推測するのが得意のようだ。現在進行形で不法滞在してるからか?

「帰宅部とか文化部だったら、ここのペンキ缶を使うと思う?」

「思わないな。存在自体知らないと思う」

 つまり、運動部の連中が候補にあがるのか。特に用がなくても部室棟を見て回ったりするだろうから、知ってる生徒は多いように思う。

俺もなんとなくこのペンキ缶の存在は憶えてたな。

「……ってことは、俺が顧問してる陸上部に犯人がいるかもしれないのか?」

 これは非常によろしくないぞ。俺を近くで見ていたからこそ、捨見の存在に気付かれたのかもしれない。

 で、それを告発してるなら、「ハンザイシャ」ってのは外ならぬ俺のことかもしれない。

 管理責任を問われるどころではない。尻に火が点いた気分だ。

「おやおや~大失態ですなあ~。でも気落ちしないで。自分に悪い部分があれば、反省すればいいっしょ」

「“悪い部分”の元凶が他人みたいに言うな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ