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失格教師と屋根裏の散歩者  作者: あまやどり
第三章 失格教師と謎の落書き
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失格教師と屋上の別荘

 ホームルームが終わった後は、さっそく緊急集会となった。生徒全員が体育館に集合する。

「えー、今日の朝にですね、校門にペンキで落書きがされているのが発見されました。私たちは非常にショックを受けています」

 生徒指導部主任の言葉は、いつも内容が似たり寄ったりである。例によって、効果はまるでないだろう。


 俺が学生だったときは、もっと教師の言い方が直接的だったように思う。宿題を忘れたら、竹刀て叩かれたこともあった。だが、自分が悪いと納得していたので、恨んだり文句を言う生徒はいなかった。

 今はもう時代が違うんだろう。良い方向に変わった感じはしないけどな。匿名で誹謗中傷しても許されると思ってるモンスターどもに占拠された、悪夢の時代だ。



「アレを書いた生徒、或いは誰かが書いているのを見た、という方がいたら、速やかに生徒指導室に名乗り出てください」

 いつものことだが、「私がやりました」と自首してくる生徒はいない。効果のない、ポーズだけの集会だった。


 2時間目は2-Cで国語総合の授業。国語総合は毎週漢字テストを行う。成績に反映されるため、生徒もそれなりに熱心に取り組む。教師としては比較的楽な時間だ。


 とは言え、そこは悪名高きS商。カンニングに注意しなくてはならない。漢字テキストの決められた範囲から出題されるため、カンニングがしやすい。

 テキストを盗み見る、あらかじめ漢字を机に書いておく、はまだ序の口。

 悪質なのになると、答案用紙の交換、という手口もあった。例えば不良生徒Aが、前の席の気弱な生徒Bにこれを強要したとする。

 テストのときに、BにAの名前を書かせて提出。AはBの名前を書いて提出するわけだが、白紙。当然相手の生徒に旨味なんてないわけだが、殴る蹴るの暴力で服従させる。

 過去に定期テストもこのやり口を実践した無法者がいて、大問題になった。無論、ここまでアグレッシブな不正はめったにない。


 まあ普通の教師なら、怠けてる生徒があり得ない高得点とって、勉強できる生徒が白紙の0点なことを不審に思わないはずがないんだよ。

 どっかの普通でないキバヤシは別として。



 クラスの問題児の1人、糸亀がテスト用紙を机の端に移動させている。

「糸亀さーん。用紙戻して」

 これもカンニングの類例だ。自分の解答を、机の端に移動させる。隣や後ろの席の生徒がそれを盗み見する。

「なーんだ、つまないんの。ジュースおごってくれる約束だったのに」

 糸亀は反省するでもなく周囲にヘラヘラ笑いかけている。S商は、学力よりも倫理観に問題がある生徒が多かった。


 どうでもいいが糸亀の字は崩していて読みにくいな。「イトカメ」を「ハ人4+」のように記号で書いている。

 S商女子に流行っている書き方で、「カ」をひっくり返した「4」、「ミ」を「ノノノ」や「111」と書く。

 女子生徒に影響を受けたのか、最近では酒石先生が真似して名字をひらがなで書くようになって他の教師たちから呆れられていた。


 どうでもいいがお前の見せびらかしてた解答、ほとんど間違ってるぞ。


 やっと3時間目が終了か。漢字テストで時間潰せるとはいえ、騒がしいクラスの連続はきっついな。

 捨見は見かけなかった。いつもみたいに、廊下で声でもかけてくるかもと思ったが。


 

 捨見の連絡先はまったくのデタラメ、と言うより手間をかけた捏造だった。絶対にただの家出少女じゃない。

 調べれば調べるほど、怪しい点が浮き彫りになってくる。だが、問いただしてもはぐらかされるだろう。有無を言わせぬ証拠を突きつけなければ。



 別荘とやらが気になってくる。1年の授業を終えて4階の廊下を歩いていると、視界の隅に動く何かが。ぼんやりと外を眺める。対面の校舎屋上に、見知った不審者が手を振ってるのが見えた。

「おーい」

 声は聞こえないが、口の形で俺に呼び掛けてるらしい。

 驚いたのはその格好だ。何やってんだあの野郎! 

 どうやって屋上に上がったんだ。

 S商は屋上を開放していない。転落事故とか自殺者とか喫煙とかカツアゲとか、厄介な事態しか招かないからな。

 記憶の地図を頼りに、屋上に通じる階段まで辿り着いた。が、そこはワックスがけ用のポリッシャーや体育祭用のポールなどで塞がれていた。


 学校は生徒が侵入しないように、あえて屋上への階段を塞いでいるところが多い。屋上の存在を伝えたりしないので、屋上があることすら知らない生徒がほとんどだ。


 邪魔なものをよけつつ階段を上ると、ドアがあった。本当は南京錠なりで鍵をかけとかないといけないのだが、かかっていない。

 さては、あの不審者が外したな。障害物で視線が遮られて、南京錠まで見えないのが災いしてる。


 初めて入った屋上は、コンクリ床の無味乾燥なものだった。フェンスにぐるりと囲まれている。屋上はいちおう緊急時の避難場所に指定されてるから、最低限の備えはしてるんだな。と施行規則を思い出す。

「九字塚センセ、おはよ~」

 捨見は古ぼけたソファでゴロゴロしていた。問題はその恰好だ。

「他の生徒に見つかったらどうするんだ、まったく」

「ダレも気付きませんてば。最初に見つけたときといい、九字塚センセ鋭いトコあるよね~」

 宿直室に隠れた時のことか。思い返せば、あれが俺のケチのつき始めだった。

「で、なにをやってるんだ、いったい」

「見ての通り、バカンスですが何か?」

 答えた捨見は、紐みたいな水着でコーラを飲んでいた。海以外で見たら、ただの露出狂にしか見えない。

 あの水着、俺が報酬代わりに買わされたんだが、鬼のように高かったんだよな。下着より布面積が少ないってどうなんだ。

「仕方ないっしょ。宿直室にエアコンないんだから」

 夜中と違い、人がいる昼はエアコンがあるところに忍び込めないか。

 忍んでるつもりはあるのかないのか。いや、本気で忍んでる人間が、こんなところで水着になったりはしないか。


 次に、捨見が座っている物体に目をやる。

「なんで屋上にソファなんかあるんだよ?」

「アタシが持ち込んだんじゃありませ~ん。最初からあったもん」

 

 マジか。傷だらけで色落ちした、かなり古いソファに見える。いつからあったんだよ。昭和からこの学校あるからな。その時代に運び込んだアホがいるってことか。昭和のヤンキー漫画か。


 ふと、宿直に残してあったメモの存在を思い出した。

「ひょっとして、“別荘”ってここのことか?」

「そっ。天気がいい時には、ここで日光浴してるワケ」

 傍らに置いていたコーラを飲む。優雅なもんだな、おい。


 学校に無断で住み着いているこの屋根裏の散歩者は、どんなときにもマイペースだ。問題は、そのペースが常人には読み切れないってところだな。

「ひょっとして、アタシのこと探してた? 愛の告白とか?」

「お前に必要なのは告白より告解だろ」

 教室じゃなくて教会の屋根裏にでも忍び込んで、日頃の悪行を懺悔しやがれ。


 ひとしきり悪態をついた後。

「今朝校門に、ペンキで落書きしたヤツがいてな――」

 ようやく本題を切り出した。撮影しておいた落書きを見せながら、経緯を説明する。

「で、内部の者の仕業じゃないか、って話になってる」

「ほへー」

 気の抜けた返事をする不審者。

「普段いじめられてる内気な生徒が、勇気をふり絞って行動に出たとか?」

「勇気を出す方向性がおかしいだろうが」

 ペンキで落書きする勇気があるなら教師なり親なりに密告しろよ。


 冗談めかして言うが、実は俺も似通った考えを抱いていた。いじめではないにせよ、俺がグループ分けするところの「④孤立気味の衛星集団」に属している生徒は、いざ行動すると暴走することがままある。

「ケーサツに通報したなら、任せとけばいんじゃない? せっかくゼーキン払ってるんだから」

「お前は固定資産税払わなくてもいい身分だろうけどな」

 俺もそうしたいのは山々だ。

「あのな。警察が動いてるから問題なんだろ。学校がポーズでやってる窃盗犯探しとは違うんだぞ」

 何より、文言が気にかかっていた。

「落書きにあった“ハンザイシャ”は、お前のことを指してる可能性があるんだからな」

 もしそうなら、警察が落書き犯を捕まえて、その供述から芋づる式にコイツの存在が発覚する怖れがある。


「あー、巻き添え食らうのがイヤなワケ? 一蓮托生でしょ~?」

 当たり前だ。こちとら小市民だぞ。

「悪いな。俺はパニック映画で言うなら“こんな所にいられるか! 俺は帰らせてもらう!”って叫んで1人で下山するタイプだ」

「それ真っ先に殺される役どころでしょ」

 大人になると、あの行動、笑えなくなってくるんだよ。



「協力してくれ。お前のためでもある、と思う」

「うーん、退屈してたトコだからい~ケド……見返りが欲しいな~」

 足元見られるのは織り込み済みだ。

「また執行猶予か?」

 約束した「2週間黙認」の期限が迫っている。

「そっ。1週間ね。あと、人道的支援。お米が食べたい」

 学校じゃ昼休みにパンの出店が来るぐらいだもんな。栄養バランスが偏るか。最近調理実習もないしな。

「オーケーオーケー」

 海外支援を約束するバカな政治屋みたいに気安く了承した。

「はーい、契約成立♪ さあ行きましょ」

 ソファから飛び降りて駆け出す。現金なヤツだ。


 しかし、やっぱり学校暮らしは大変みたいだ。3年どころか、2ヶ月でも難しいんじゃないか?

 捨見の見通しの甘さを感じる。

 捨見は屋上のドアを閉めると、南京錠をかけた。


「やっぱお前が持ってたのか。カギ閉めていいのか?」

「バーを少し切ってるから。がっちりはまってるよーに見えるだけで、スカスカなのですよ~」

 そんな細工してたのか。抜け目ないヤツだ。

「南京錠もバンピングで開けたのか?」

「んー? わざわざそんなことしなくても、マッチ箱でもやすりでもプラスチックケースでも開けれるよん」

 どんだけ芸が幅広いんだよ。

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