失格教師と散歩者の嘘
【――――】
渡り廊下の1台しかない自販機は、休憩時間生徒のたまり場になる。それもどちらかというと、素行のよろしくない生徒たちの。
その中にアタシは紛れ込んでいた。目当てのコは、ジュースを買おうと硬貨を投入したところだった。2年C組の糸亀ちゃんだ。
「ラブちゃん、こんにちはー」
声をかけると、糸亀ちゃんは自販機を譲った。
「ステちゃん、好きなの押していーよ」
「えっ、いいの?」
ここ数日、休憩時間に足を運んで、このコと交流を深めていた。
「うん、この前チョコをオゴってくれたお返し」
もっとも、糸亀ちゃんはアタシの偽装不登校を知らない。1年と2年の仲が険悪で、お互いの情報が入ってこないことが幸いしてる。
「じゃエンリョなく」
ボタンを押してコーラを取り出す。
「お茶うけにどーぞ」
ポケットから一口チョコをいくつか出して手渡した。
「いいねー」
上機嫌で受け取る糸亀ちゃん。どーいたしまして。っても、コレも酒石ってセンセーの引き出しから保護したものだけど。
昼食時以外にものを食べるのは校則で禁止だケド、教師の目を盗んで生徒たちはよくオヤツを食べてる。
しばし雑談をする。糸亀ちゃんは気分屋で、仲良くなるとどこまでも気を許すタイプだ。でも、一度嫌われると修復不可能なぐらいにこじれるので油断はできない。
0か100しかない、極端なコだ。
「ところで先輩、なにかいいバイト紹介してくれない?」
糸亀ちゃんは後輩であってもタメ口で話しかけられることを喜ぶ。
「ガールズバーとか同伴とかならいつも募集してるけど?」
スマホを見ながら、とんでもない職種を勧める。半グレのカレシがいるってウワサはホントかも。卒業後にはカレシにうまく転がされて、重し付きで風俗に沈んでそうだ。
ともあれ、糸亀ちゃんには、交友関係の広さと口の軽さと敵の多さから、よく噂が集まってくる。
「そーいうのじゃなくてー。ちょいアブなくても、一度で大金がっぽりみたいなおシゴト、知ってるとか~」
ちょっと賭けだったけど、突っ込んだ質問をしてみた。
「……やめとき」
糸亀ちゃんはスマホから目を離した。
「3年の不良女生徒どもが、かなりヤバめなのやってるらしいけどさ」
就職を控えた3年は、1年2年と距離を置いている。
「3年……」
校舎の2階を見上げた。
「ウワサじゃ、最近の強盗騒ぎにも加わってるんだって」
S商生間に飛び交う噂は玉石混交。オオムね石ころだけど、まれに警察も知らないような情報も紛れている。
「近づいてもダメだかんね? 付き合ってるとキョーボーザイってのが適用されるんだって」
共謀罪、ね。犯罪で得たお金と分かっててオゴってもらったりしたら罪になる、だっけ。知らなければ罪にならないって表向きは言われてるケド、
『金に困ってるAが昼食をごちそうしてくれた? オカシイと思わなかったのか? はい共謀罪成立』
ってゆーカンジで否定は難しい、ってパパが言ってた記憶がうっすらある。
「ま、私もカレシがオレオレ詐欺で稼いだ金でラブホとか行ってるから、仲良くパクられるだろうけどさ」
豪快に笑う糸亀ちゃん。笑い事じゃないってば。
でも、良いことが聞けた。
3年の情報は入ってこなかったのよね~。どうやって調べよっか?
【4月28日(金) 11:10】
階段を上ろうとして思い出す。
「あ、空き教室の蛍光灯交換忘れてた!」
あのときは思考がすっかり泥棒探しにスライドしてた。急いで交換しないと、抜き打ちで備品チェックがあったら大事だ。
階段下の倉庫と名付けられたスペースに移動する。
前と同じ場所に蛍光灯があった。脚立はなかったが、探してみたら中庭の隅に立てかけられていた。
「あれ?」
この脚立に見覚えがある。どんな中古屋に叩き売っても『いらないから持って帰ってくれ』と言われること請け合いのスクラップだが、留め具のネジが1つ無くなっているから他と区別がつく。さて、どこで見たんだったか。
……あ。
捨見と初めて出会った時の宿直室で、この脚立を見た記憶がある。
何気に重要な予感がする。順を追って考えよう。
宿直室は使われなくなって久しい。しかも井手之下先生が塞いでたから、部屋の中の物は捨見が調達したものに違いない。主に学校内で。この脚立も、捨見が持ち込んでたんだろう。何のために?
脚立は蛍光灯を交換するために使うに決まっている。
そうだ、蛍光灯だ。なぜ気付かなかったんだ。長く使われてなかった宿直室に、蛍光灯なんてあるはずがない。蛍光灯の待機電力は月約15円に過ぎないが、そこは電気の使用料と備品の保管にうるさい高校だ。宿直室を塞ぐ際に、蛍光灯も外したに決まってる。
つまり、捨見が見つけた際には宿直室に照明の類はなかった。で、どうしたか。この階段下の倉庫は見つけることが出来なかったとしたら。できるだけ使われてない場所から、蛍光灯を失敬する。
元2-E組教室から蛍光灯を盗んだのは捨見だ!
つまり、俺のこのしなくていい労働もあいつのせいなんだが、重要なのはそこじゃない。
俺が見た時、脚立は元の場所に返す前だったと思う。手元に置いといても無用の長物だし、なによりいつまでもなくなっていたら怪しまれる。つまり使用後すぐだったはず。それまであんな薄暗い中で何週間も過ごす理由がない。
アイツ、学校に住みついて3週間とか言ってたが、嘘だ。
捨見がここに住むようになったのは、おそらく俺と出会う直前だ。
【4月28日(金) 17:00】
『はあ。今は出かけてていませんけど……』
相手の電話の声に紛れて、騒がしい音が聞こえる。話し声も。他に人がいる。それも複数人。
「いつ帰ってきますか?」
『さあ。あとでかけなおさせるので、電話番号教えてください』
短い問答は、いつもこの言葉で締めくくられる。
「……いえ、いいです。ではまた」
無為な通話を終えた。無為ではあったが実りはあった。捨見の母親宅へ電話するのもこれで4度目だ。これだけ繰り返すと、おかしな点が浮き彫りになってくる。
まず、母親の対応が毎回変わらない。毎回『はあ』だの『さあ』だの曖昧な応対を繰り返して、すぐに『電話させる』でフィニッシュ。
何より不自然なのは、4度も電話してる俺に、怒りや不快を示さないことだ。普通は「またですか?」とか「しつこい!」って言うだろ。
不自然であるし、エスポワールFのお隣さんが言ってた母親像に合致しない気がした。
2つめに、19時を過ぎたら留守電に切り替わること。
3つ目に、背後の雑音。耳をすませば、人の電話に出てるらしい声や話し声が聞こえること。
総合して考えるに、自宅って感じがしない。転がり込んだ男の自宅じゃないのか? 捨見母は働いてないって聞いたが。まるで職場に電話してるみたいだ。
職場か。もし職場なら、調べることができるんじゃないだろうか?
タブレット盗難のとき、捨見は「最近は何でもネットを活用する」と言っていたな。
今日びの会社なら、ホームページがあることぐらい普通だ。電話番号も当然載せている。
電話番号で検索をかけてみた。
「ヒット。マジか。ええと、“M代行ビジネス”」
……んんんん?




