失格教師と電話番号
俺は少しだけ悩んだ末に、結論を下した。
「……チェンジなしで――」
「ざ~んねん、不正解デス♪」
食い気味に即答しやがった。嬉しそうに手を叩くな。
「え? 嘘だろ? 噓つきは泥棒の始まりだぞ」
あ、とっくに泥棒だったわ、コイツ。
「調べたらワカるコトっしょ。ドロボーウソつかない」
「正直者に泥棒が勤まるか。調べるって、どうやってだ?」
質問する。どう訊いて回っても怪しまれるぞ。
「おトボケてもダメ~。生徒閲覧禁止のデータがあるでしょ~?」
……こいつ、そんなことまで知ってるのか。
進路指導室からタブレット持って戻ってくる。
「ええっと、“教務共用”から“生徒一覧”のフォルダを開いて、と」
支給されてる教師のパソコンはオンラインで繋がっており、リアルタイムで情報の共有・更新が可能となっている。
学校では様々な事情で計画の変更を余儀なくされることが多々あるので、最新の情報は必須だ。その中には、生徒に関するデータも勿論ある。おおっぴらに生徒に言うことはないけどな。
課題の提出状況やテストの得点などは教師なら誰でも閲覧可能だ。
「“生徒名簿”から“1年A組”を選択。おっと、いたいた」
【13番 捨見愛離子】
名前をクリックすると、写真が表示される。知っている、正確には知りたくなかった顔が。なんだ、ホントに偽物じゃなかったのか。予測が外れてがっかりだ。
「ど~お?」
勝ち誇るニセ捨見、もとい本物の捨見。
ん?
そのとき、備考欄に目が行った。何か画像が貼り付けてある。
いまのは……? あとで確認しとくか。捨身には黙っておくことにした。
「お前が捨見愛離子だってことは判明したけどな。お前がこうやって勝手に出歩いてる理由は分からんままだ」
生徒指導部のチェックに引っかからなかったことにも納得がいかない。
「んふふ~。そりは、ココを参照するワケ」
マウスを掴んでカチカチと操作する。“配慮すべき生徒一覧”のフォルダを開いた。
おいおい、これまで知ってるのか。教師だって知らないヤツがいるぐらいなのに。極秘のフォルダだ。様々な事情で配慮が必要な生徒がいる。
例えば、
【2年C組 小鮫蛮 ADHD(注意欠陥多動性障害)】
【1年A組 埠頭レン 家業の手伝いのため欠席が多い】
要は「トラブルを未然に防ぐために配慮が必要な生徒」の一覧だ。それ以外にも、難聴や頻尿など事情のある生徒も名前があって、実にありがたい。
難聴の生徒に普通に声をかけたとする。聞こえてないだけなのに「無視された。失礼な奴だ」と怒る。といった誤解が防げるのは大事だ。
俺もこのリスト知るまでは、頻尿で頻繁に授業を抜ける生徒を「いつもサボってるな」としか思っていなかったからな。
このフォルダも保護者が聞きつけると、「プライバシーが~人権が~」と叫ばれるので、極秘扱いになっている。こんなことは他の職業じゃ考えられない。
あの保護者どもは、野菜のことをろくに知らない八百屋を信用して買い物するのかね?
他にも、カンニングの常連や、窃盗をしてる疑惑がある奴も別項目で載っている。
【3年D組 久里月女 1年時、教室にてクラスメイトの財布を2点窃盗】
【3年C組 二味星心 授業中スマホを触っていて没収2週間】
S商に限っては、「人別帳」とか「前科手帖」とか呼ばれてるのは内緒。
「ここにありすちゃんの謎を解く鍵があるのですよ」
「ありすちゃんて、自分で言ってて恥ずかしくないか?」
捨見愛離子を探す。
【1年A組 捨見愛離子 家庭の事情により不登校。ネグレクト(育児放棄)の疑いあり。リモートで出席】
「……ええっと、だ。お前が授業中平気でうろついてるのは」
「は~い、そもそも学校に“来てないことになってる”からでした~!」
……くっだらねえー!
巻代先生も、「欠席してる生徒」を「授業中抜け出した生徒」にカウントはしないわな。
そもそも学校にいないはずなんだから。
「不登校なら学校に来るなよ!」
「い~じゃない。授業だってぜんぶ出席してるんだから」
また訳の分からないことを言い出した。
俺が指導してる国語総合なら、週に3回授業がある。高校は総出席日数の3分の1以上休むと赤点(成績1)確定なので、1年で38時間以上欠席するとアウト、留年だ。
学校は「出席日数未達」には特に厳しくて、即留年。テストで赤点とったときに実施してくれるような、追試や補習なんかの救済策は行わない。
「冗談は学校に住み着いてることだけにしてくれ」
パソコンで、A組の出席状況を検索する。
「……うわ、本当に欠席ついてねえ!」
代わりに、全ての出席欄に「R」の記号がつけられている。
「アタシはオンラインで授業をウケてたワケ」
自慢気に言う。
コロナ以降、学校はオンライン制度を急速に充実させた。いまでは、濃厚接触等で家から出られない事情がある場合、電話で了解を取っておけばオンラインで授業を受けられる。
教師はタブレットで授業を中継しないといかんから、ひらすら面倒になったがな。
「ほら、いまも」
捨見が突き出したスマホの中では、キバヤシが教室で商業科目の授業をしていた。声が出ていないのでパントマイムみたいだ。
理不尽なことにリモート授業の場合、教師側から生徒側の映像を見ることができないようになっている。生徒のプライバシーに配慮、とかくだらないことをお偉方は宣ってるがな。
教師側から向こうは見えないので、生徒はリモート繋ぐだけでゲームをやっていたり、寝ていても確認のしようがない。
「まさか自宅でリモート受けてるはずの生徒が、無意味に学校に来ていて空き巣をやってるなんて想像もしないよな」
特にS商は、生徒側の音声すら切る規則なので、画面向こうの生徒に質問するわけにもいかない。そうしないと勝手におしゃべりを始めて、授業妨害がひどいことになる。しかも目の前にいないもんだから教師に止めようがない。
俺は「授業をサボる生徒が何考えてるのかさっぱり分からない」と思ってたが。訂正。コイツの脳内よりは分かる。
「じゃあ、酒石先生もお前の顔知らないのかよ」
先程スカート丈を注意したときは、ほとんど背を向けていたので顔が見えていなかったのかもと思ってたが。
「どーかなー? 証明写真ぐらいは見てると思うケド」
無表情な写真と実物じゃあ印象がまるで違うことがあるし、酒石先生も分かってなかったっぽいな。幽霊みたいな生徒だ。
「電話でおハナシはしたことは何度かあるよん」
「教師でお前の顔と名前が一致するの、俺だけってことか」
まるでのっぺらぼうだ。
「さっき見たでしょ。パソには写真入ってるもん」
用もないのに、生徒一覧をチェックするような暇な教師はいない。コイツは絶対それを知った上で言ってる。したたかなヤツだ。
「現実を見たまい。アタシはちゃんとS商生だったのですよ?」
「あー。たしかにお前の勝ち」
「約束は守ってよ。盗人にも3分の理って言うじゃない」
それは使い方がおかしい上に、お前が7割悪いって認めてることになるぞ。
約束破るつもりはないが、なんだろうなこの肩透かし感。
「高級料理店に行ってインスタントラーメン出された気分だ」
【4月25日(火) 21:03】
賭けに負けたわけであるが、大きな収穫があった。パソコンで“生徒一覧”を開き、備考欄にあった画像を拡大する。
生徒写真の裏面の画像だな、たぶん。そこには、保護者氏名、番地、そして084から始まる電話番号が記されていた。
「固定電話の市外局番。保護者の連絡先だよな、これ」
さっき気付いたが、わざと捨見には黙っておいた。
生徒の住所や電話番号は、基本担任――この場合は酒石みどり先生――しか知らされてない。担任でない俺が知る機会は本来はなかったはずだが、思わぬ僥倖に恵まれた。
たぶん、不登校だから生徒証明写真を郵送させたんだろう。郵送させる場合、他の写真と混同することを防ぐために裏面に名前や電話番号を書かせる。で、その管理であとあとモメないために、こうやって保存しとくわけだ。
これで捨見の親と連絡が取れる。だが、同時に注意も必要だ。捨見は【配慮すべき生徒一覧】に「家庭の事情によりリモート授業」とあった。
つまり、ややこしい事情を抱えた家庭である可能性が非常に高い。話してみたらとんでもない毒親だった、ってことになれば事態が急激に悪化する。
悩んだ末に、自分のスマホで電話してみることにする。学校備え付けの電話機だと、通話履歴が残るから面倒だ。長いコールの後に、誰かが出た。
『もしもし?』
大人の女性の声だ。最低限だけ返事をして、こちらを窺ってる。
当然だな。家電は怪しい勧誘電話が多くかかってくるから、名字を名乗らないように当の学校が推奨している。
さてどうするか。素直に身分を明かしたら、親は学校に確認するだろう。いままでのことが全部公になってゲームオーバー。
そもそも学校規則では、生徒の家には(緊急時を除いて)担任以外が連絡してはいけないことになっている。担任どころか学年主任でも1ーAの国語担当ですらない俺が家に電話することは、甚大なルール違反だ。
「もしもし、こちらF市教育委員会の真東ですが。捨見さんのお宅ですか?」
教育委員会を名乗ってみることにした。真東は実在する教育委員会メンバーの名前。中学生に「お前は頭が悪いからS商以外受けるな」と言うような職員だから憶えていた。
『はあ』
なんでそこ曖昧なんだよ。
しかしテレビでもつけてるのか、周囲の雑音が耳障りだ。
「出席素行調査を行っているのですが。愛離子さんはいますか?」
テキトーにでっち上げてみる。もちろんそんな調査は聞いたこともない。
『はあ。今ここにはおりませんが』
学校で元気に暮らしてるよ。
「愛離子さんは、現在S商に進学していますね?」
不審がっているようなので、安心させるために情報を提示してやろう。
『はあ。そうですかね』
肯定とも否定ともつかない言い回し。うーん、会話が続かない。突っ込んでみるか。
「不登校というのは本当でしょうか?」
『……あのー。あとでかけなおさせるので、電話番号教えてください』
会話の打ち切りを宣言された。
「あ、いや結構です。またこちらから電話しますので」
半ば強引に話を打ち切った。
「けっきょく収穫なしか」
しかし娘のことなのに、いやに事務的だったな。よっぽど不仲なのか? それで家出したのかな。
しかし、このままじゃ引き下がれない。
かといって電話じゃ埒が明かない。いっそのこと、家に押しかけてみるか?
【――――】
夜中の渡り廊下ってブキミねー。怪談とかナナフシギが作られるの分かる気がするわ。
体育館の1階部分に到着。目当ては運動部用のシャワーだ。服を脱いでシャワーを浴びる。
「うう~、さっむ~」
まだ水浴びには早い季節だケド、ゼータクは言ってられない。時間も短めで切り上げよう。九字塚センセの話だと、事務が電気代の増加目くじら立ててるらしいもんね。
清潔さは大事。お風呂に入ってなくてクサいからバレた、なんてことになったらサイテーだ。
シャワーを終えると、体育館の1階にある体育教官室の前に移動。ド深夜だから、下着姿で歩き回っても平気。
さあて、と。シャワーはついで。体育教官室が本命だ。
ポシェットにいつも放り込んでるカードを出した。薄いプラスチック製の、どこにでもある会員カードをドアの隙間に滑り込ませる。バーの真下までカードを移動させると、
「んっ」
手首を捻って、カードを引き戻した。ガチャンと鍵が開く。
軽い軽い。
バーに一瞬だけ引っ掛けて、プラスチックのしなりを利用してバーを引っ込めさせるテクだ。専門的な開錠道具なんていらない。フツーの鍵なら、その辺にあるモノで開けられる。フツーの人が知らないだけで、カギなんて飾りと一緒。
「おっじゃま~」
5秒足らずで一連の行動を終える。さてさて、今日は体育教官室をレッツ空き巣。
体育教官室に警報装置はない。S商の防犯体勢はユルユルね~。しばらく教師の机やロッカーを開けて回る。けども収穫はなし。
さすがにスマホの光だけで書類の山と格闘する気にはなれない。明かりをつけると遠くからでも目立つから、闇夜にカラスで作業するしかないんだケド、なんか川に浸かって砂金掬ってるカンジがする。
「やっぱないか~。ガッコってムダに広いんだもん」
やがて手ぶらで部屋を後にした。隠してあったカップラーメンとウイスキーにちょっぴり気を引かれちゃったケド、ガマンガマン。
そだっ、家庭科室で洗濯しなきゃね。着るものがもうないや。
次回より新章です(/・ω・)/




