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赤い炎

 ゴオゥ


 赤い炎が迫ってくる。目を閉じていても、その熱の激しさが伝わってくる。ロイが私を抱きかかえて飛んだ。でも、稲妻のような炎を避けきることは難しい。何度飛んでも、熱い魔力が追いかけてくる。


 焦りながらも、やっと101桁の呪文を唱え終わり、目を開けた瞬間に真っ赤な炎が襲ってきた。ロイが私に覆いかぶさった。

 大きな手のひらのように広がった炎は、私とロイを包みこむ直前に金色の膜で遮られた。キラキラ光る金色の結界が私とロイの周りを囲み、燃え盛る炎の侵入を防いでくれている。

 これは、バトラール先生が黒板に書いた数字のおかげだった。本当は4年生で習う結界の呪文。


 シャルの魔石で作った金色の結界は頑丈で、赤い業火を防いでくれている。でも、赤の王子の本気の魔法攻撃だから、長くは持たないだろう。少しずつ、金色の光が弱くなっている。


 強い魔力の発動に気が付いたのか、官邸の人たちがあわてて部屋に入って来るのが結界越しに見えた。


 もう少し、あと少しだけ保って。


 ピキピキと結界にひびが入る。

 赤い炎の向こうでは、職員に囲まれたペインリーが何かを叫んでいる。赤の王子は笑っている。


 ピキッ


 ああ、だめだ。もう、壊れる。

 魔力圧に苦しそうにうずくまったロイを庇って立った。

 握りしめた魔石にはもう魔力は残ってない。


 そして、銀色の精霊が現れたのが見えた時に、結界はパリンと粉々に割れた。


 一瞬で、私とロイは灼熱の炎に包まれた。


 ああ。


 銀の王子の魔法は間に合わなかった。

   

 私とロイを燃やし尽くした炎が消えた後、

 床には焼けただれた精霊が横たわっていた。

 耳としっぽは焼け落ちて、皮膚はベッタリと赤く溶けて貼りついている。

 全身が焼け焦げて原形をとどめていない。


 そんな……。


 崩れ落ちて、泣きそうになった。

 

 ああ、ロイ……。

 

 あまりに痛ましい姿を、ただ座り込んで見ているだけだった。 


 「……ぅ」


 微かに、ほんの小さなうめき声が聞こえた。


 


 ロイ?



 ロイの声?


 まだ、生きてるの?


 それなら!


 銀の王子が私をロイから引き離そうとしたけど、それを振りほどいて目を閉じる。


 邪魔しないで!


 大丈夫。

 私は強い。

 私はがんばれる。


 急いで呪文を唱える。

 黒板に書かれた184桁の呪文じゃ足りない。もっと、もっとずっと強い魔法が必要。

 誰も成功したことのない伝説の魔法。数字好きの私に、先生がこっそり見せてくれた禁書に載っていた、人間の限界に挑戦するかのような呪文。

 見たのは僅かな時間だったけれど。


 私にはできる。


『完全再生復元治癒』


 命がある限り、どんな状態でも治せる奇跡の魔法。

 とても強い聖力と魔力の両方が必要とされる。

 私はSSSランク。聖力は充分ある。そして、さっき指輪に吸収された王子の本気の攻撃魔力がある。


 きっとこれは私にしか唱えられない。


 1184桁の呪文を唱えきった時、

 体からズルっと聖力が抜け落ちた。

 そして、白銀のまぶしい光がロイを包んだ。

 いつも通りのロイの姿を確認してから、私は意識を失った。





 目が覚めた私が最初に見たのは金色の瞳。そこからポタポタと水滴が落ちていた。次から次へと。

 ああ、シャルが泣いている。

 泣かないで。

 ずっと握られていた温かい手を握り返す。

 私は大丈夫。

 そう言いたかったけど、口を開けることもできなくて、体が重くて、また、目を閉じた。



 次に目が覚めた時も、同じ金色の眼差しが私を見つめていた。天井には金色のシャンデリア。

 ああ、私の部屋。そして、私の精霊。


「……シャル」


 私の呼びかけに、シャルは金色の瞳を潤ませて微笑んだ。



 私は2週間近く眠っていたらしい。その間シャルはずっと側にいてくれたようだった。


「ごめんね。カナデを守れなかった」


シャルは何度も謝ってきた。


「僕のせいだ。全部、僕のせいなんだ。……ごめん」


そう言って、うなだれたシャルはとても辛そうだった。


「謝らないで。シャルは守ってくれたよ」


起き上がってシャルを抱きしめたかったけど、体に力が入らなかったから、かわりに手を伸ばした。シャルはすぐに私の手を握ってくれた。


「シャルの指輪が私を守ってくれたよ。指輪の力で、私はいつもシャルに守られてる」


私はシャルの手をギュッと握り返した。




「彼女を産んだ聖女は、召喚された時に身ごもっていたんだ」


 シャルが、ゆっくりと話してくれた。


「聖女自身も知らなくてね。異世界召喚で記憶が飛ぶから、陛下が最初の男だと思っていた。精霊との間に子供はできないとみんなが諭しても、これは奇跡なんだって信じていた。純粋な女性だったんだ」


 私は黙って、ベッドの上でシャルに背中を預けて座って聞いていた。後ろから私を抱きしめて座ったシャルの体温を感じる。


「出産した子供は、誰にも似ていないピンク色の髪と目をしていたんだ。それで、聖女は思い出した。思い出してしまったんだ。……前の世界で最後に見た男の髪の色を。死にゆく自分を見ていた瞳の色を。……なぜ、自分が死にかけたのかを」


 シャルの冷たい手を取って握った。少しでも温めてあげられるように。


「狂ったように叫んで、赤子を殺そうとする聖女を見かねて、陛下は僕に聖女の記憶を消すよう命じた」


 シャルの指先が少し震えていた。大丈夫。そう声にださずにつぶやく。


「初めはそれでどうにかなったんだよ。でも、召喚者は心が不安になると、夢を見るんだ。聖女はその時の夢を何度も何度も見て、僕はその度に記憶を何度も何度も消した。でも、……疲れてしまったんだよ。記憶を消す時にはそれを共有する必要があって、聖女の記憶、押し入って来た強盗に、襲われて、暴行されて、首を絞められて殺される記憶を、僕も何度も何度も……」


 シャルは後ろから私をぎゅっと強く抱きしめた。私にしがみつくかのように。


「だから、逃げた。連絡が取れないように、ダンジョンに入って、狩って狩って、狩りつくして。戻った時には聖女は死んでいた。子供の目の前で、ナイフで自分の首を切って」


 そんなの、シャルのせいじゃない。シャルは悪くない。


「僕のせいだ」


 違う。

 首を振って、シャルの言葉を否定する。


 シャルは黙って、しばらく私を抱きしめていた。私も、それに付き合って、ただ静かにシャルの体温を感じていた。

 どれぐらい時間が過ぎたのだろう。

 シャルは、後ろから抱きついたまま、小さくてかすれた声で、私に聞いてきた。まるで哀願するかのように。


「こんな弱い僕でも、カナデは側にいてくれる?……僕を嫌いにならないでくれる? ……僕は側にいてもいい?」


 私は答える代わりに、後ろを向いて、シャルの完璧な形

の唇に自分のそれを重ねた。


 シャルは私の精霊だ。誰にも彼を渡さない、絶対に。


 私はそう、心に決めた。

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