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一人暮らし

名古屋に向かう電車の窓からはまぶしいぐらいの日差しが差し込んでいたが、わたしはカーテンも閉めずに外をぼんやり眺めていた。

桜の木がピンク色に染まっている。一度閉じたつぼみもまた膨らんできたみたいだ。

昨日は本当に寒かった。春がちっとも来ないのは、自分の心が冷たいままのせいなのかと変な思い込みをしていたが、天気だけは、わたしの味方をしてくれているらしい。


今日からわたしの一人暮らしが始まる。この日をどんなに待ち望んだことか。

大学の近くで部屋を借りたことを話したとき、おばさんは予想通りしかめっ面をした。きれいな顔が台無しだ。

「おばさん、きみちゃんはこのうちから通うつもりで、名古屋の大学にしたと思ってたのよ。岐阜からなら通えないことないじゃない。女の子の一人暮らしなんて何があるかわからないし。」

めったにわたしと口を聞かないおじさんもこんなことを言ってきた。

「そうだよ、公佳きみかちゃん。おばさんも心配して言ってるんだよ。もちろん、おじさんもおばさんと同じ意見だよ。最近、若い子が事件に巻き込まれているニュースとか見ると、公佳ちゃんはだいじょうぶだろうかなんて思ってしまうよ。」

久しぶりに口を聞いたと思ったら、父親面して。

そう言われると思ったから、ぎりぎりまで内緒にしていた。名古屋にしたのはおばさんにここから通うと思わせるためであって、本当はもっと遠くでも良かった。母親でもないのに、わたしのすることにいちいち干渉してくるのはうんざりだった。

おばさんは、わたしの母の姉に当たる。

わたしは高校1年生のとき、両親を一度に亡くした。わたしには兄弟姉妹もなく、両親がいなくなったことでやっとひとりになれたわけだが、おばさんとおじさんは引き取りたいと言って引かなかった。

「もう、子供じゃない。それに、あの二人が死んだことで、保険金も入ってくるんだし。わたしひとりでも生活できるから。ほっといてよ。」

わたしは反発した。もう誰とも一緒にいたくなかった。

「おねがいだから、うちに来てちょうだい。あなたをひとりにはさせられないの。せめて高校を出るまでは面倒を見たいの。」

なぜそこまで言うのかわからなかった。二人には、子供がいなかったから、親子というものを経験したいのかも。勝手に言っていればいい、最初はそうやって無視を続けていた。

だが、結局それを受け入れざるを得なくなった。おばさんを頼り、今まで暮らしていたところから逃げ出してきた。

あのとき、ひとりで生きていくことはできないことはなかったと思う。だが、それに伴う苦痛は計り知れないものだと知ったとき、耐えられなくなってしまったのだ。

人間なんて最後は一人なのに、「世間」はそれを認めてくれない。

二人にはお世話になった。でも、この人たちもわたしには「世間」なのだ。

「もう決めちゃったの。通う時間を勉強に費やしたいのよ。おじさん、おばさんには迷惑はかけないから。それに、親の保険金で卒業するまでの学費と家賃は賄えるはずだよね。」

わたしは、前々から考えていた言い訳をすらすらと言った。納得したのか、おばさんは少しわたしを見つめると黙ってしまった。

そして、目をそらす。

そのとき、その目のそらし方にわたしはなぜか違和感を感じた。なんだろう?何か隠してることがある?

重い空気が漂い始めたとき、ようやくおばさんが口を開いた。

「そう、自分で決めたのね。」

理解してくれたのはいいのだが、さっきの違和感がまだ心のどこかで引っかかっていた。

その違和感を解決できないまま、わたしの一人暮らしが始まることになったのだ。


名古屋に近づいてきた。荷物はスーツケース1つのみ。引っ越し業者を使う必要もなかった。なんだかこの荷物の軽さって、今の自分の価値とおんなじなのだろうか。

外の景色を眺めながら、18年間の自分を思った。うそばっかりの自分がいつもいた。でもホントの自分は誰にも見せられなかった。たった18年生きてきただけなのに、なんでこんな重いものをわたしは背負っているんだろう。

自分の価値は軽いのに、背負ってきたものは重いなんて、理不尽だ。

そんなことを考えているうちに、名古屋駅に到着した。地下鉄に乗り換え、15分程で、目的の駅に着く。

さて、ここからどうしようか。タクシーに乗ればすぐに着くけど。少し考えて歩くことにした。結構かかるかもしれないが、今日の気分はそうすることを肩押ししている。

スーツケースを引っ張りながら、少し遅めに歩く。

周りの景色を1つ1つ確かめながら、ようやくひとりになれたことの喜びを実感しようとした。でも、そうすると昔のいやな思い出まで一緒に思い出されてしまう。

今だけは何も考えないでただ歩こう。これからだって何が起こるかわからない。頭が考え事でいっぱいになる前に空っぽにしておかなくては。

大通りに沿って歩いていたので、かなり車が頻繁に通る。通りには、いろんな店も建っているが、少し中に入るとそこは住宅街だ。

そして、30分ほど歩いたところで、見覚えのある家の前で立ち止まった。今日から住むところだ。ここは一戸建ての家である。一人暮らしとは言うものの、2階スペースは大家さんが住んでいて、空いていた1階スペースをわたしが借りたのである。

鍵はもらっていたので、門を開けて、中に入った。

実は、大家さんにはまだ会ったことがなかった。なかなか忙しい人のようで、会えずじまいだったのだ。今日は在宅していると聞いていたので、挨拶をしようと思い、2階に上がり、チャイムを押した。

「はい」

そのとき、わたしは一瞬ひるんだ。インターホンから男の人の声がくぐもって聞こえてきたからだ。てっきり女の人の声がすると思っていたのだ。

そういえば、そういうことは何も聞いてなかった。自分で勝手にそう思い込んでしまっていたことにいまさら気付いた。

「あの、今日からお世話になります、浅野です。えっと、ごあいさつさせてもらっていいですか?」

何とか、一通りのことは言うことができた。でも、心臓は急ピッチで動いていて、ぜんぜん収まりそうにない。どうしよう。

そのまましばらく待っていると、ドアが開いた。


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