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王子様なんて、こっちから願い下げですわ  作者: 柏てん


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86 ただいま




 私は死んでしまったのだろうか?

 記憶にあるのは、ジリアンから預かった小瓶をどうにか割ったところまでだ。

 その直後に視界は真っ白い光で覆われ、激しい揺れと轟音で天地すら分からなくなった。

 今もまだ、視界は白く染まったままだ。音は聞こえなくなった。体は感覚がなくふわふわとしている。

 これが死後の世界なのかもしれない。

 デボラは倒せたのだろうか。ヒパティカは無事だろうか。アルバートは――。

 気になることは多かったが、死んでいるのならもうどうしようもない。

 悔いの多い人生だった。魔女は何百年も生きると聞いていたのに、私ときたら普通の人間よりも寿命が短いじゃないか。

 死んだから、ヒパティカが私の死体を食べてくれるのだろうか。

 死体がなかったら、アルバートは私がどこに行ったのかも分からず探し続けるかもしれない。

 それともさっさと忘れるだろうか。

 叶うなら、少しぐらいは探してほしいと思う。

 いつか誰かと結婚して幸せになるのだとしても、私のことを心の片隅に置いておいてほしい。

 こんなことを思うのはわがままだろうか?


「セシリア」


 え?


「セシリア、起きるんだ」


「……え?」


 ついに天からの迎えが来たかと思ったら、私を起こしたのは白い大きな何かだった。

 白いふわふわとした毛皮を持ち、赤く澄んだ目をした巨大な熊。ふわふわしていたのは私が熊に赤ん坊のように抱えられていたかららしい。

 熊の大きな口には、赤いまだらの模様がついている――血の跡だ。


「ああ、起きてよかった」


 驚いたことに、熊は人の言葉を喋った。

 いいや、人の言葉を喋ったどころではない。その声は聞き覚えのあるものだった。


「レイリ、なの?」


「そうだ。この姿を見せるのは初めてだったな」


 もう大丈夫だと判断したのか、熊は私を地面に下した。

 あたりの風景は一変していた。礼拝堂があった場所に、巨大な穴が開いている。どうやら例の小瓶が破裂して、礼拝堂ごと地面を吹き飛ばしたらしい。

 その被害は隣接する公爵家の屋敷にまで及んでいた。

 ジリアンは、よくもまあこんな危険なものを説明もなしに私に持たせたものだ。

 次に会ったら、一言言っておかねばならないだろう。

 よく見ると、グリフォン姿のヒパティカもまた、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

 ヒパティカが頭を伸ばしてきて、ぐりぐりと私の頭に擦り付けてくる。心配してくれたのだろうが、少し痛い。

 どうにかヒパティカをなだめて、ぼんやり穴を見ているレイリに尋ねた。


「食べたの?」


 なにがとは、言わなかった。

 けれどレイリには分かったようで、彼女はこくりと頷くと見慣れた人間の姿になった。


「爆発で命の危険を感じたのだろうな。まさかそれで引き寄せられてきた守護精霊が、とどめを刺すとは思わなかっただろう」


 レイリは複雑そうな顔をしていた。

 念願が叶ったはずなのに、その顔は悲しそうにも見える。


「これからどうするの?」


 その寂し気な横顔に、思わず聞いてしまった。

 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、レイリは少し驚いたような顔をした。

 そしてすぐに、慈愛に満ちた表情を浮かべる。


「あそこだ」


 そう言って彼女は、真上を指さした。そこにあるのはそれだけだ。

 そして彼女の体が白い光に包まれたかと思うと、ほろほろと崩れて少しずつ空に昇っていく。

 私は以前聞いた彼女の話を思い出した。


「神様になるのね」


 レイリは答えなかった。もう答えられなかったのかもしれないし、それともそうだと言っていたのかもしれない。

 やがてレイリの体が消え去ると、あたりにはひどい有様の女が一人と、グリフォンが一頭。それに粉々になった礼拝堂の跡地が残された。

 全てが終わったはずだが、なんだか実感がない。

 そのままぼんやりと空を眺めていると、突然名前を呼ばれた。


「セシリア!」


 声がした方に振り返ると、そこは息を乱したアルバートが立っていた。

 いつの間に現れたのだろう。ともに王宮に赴いたのは今日の出来事のはずなのに、なんだか随分と久しぶりに会った気がした。

 一度は、もう二度と会えないかと思っていた相手だ。


「アルバート」


 返事の代わりに名を呼べば、彼はあっという間に私との距離を詰めて抱き着いてきた。

 彼の体の熱さに、自分が生きているのだと実感した。


「よかった! 生きていてくれてっ」


 アルバートが、感極まったように叫んだ。


「爆発したのがブラットリー公爵の屋敷だと知って、頭が真っ白になった。君が巻き込まれてしまったんじゃないかと……っ。本当によかった。生きていてくれて」


 アルバートが私を強く抱きしめるせいで、背骨が少し痛かった。

 それでも、嫌だとは思わなかった。

 私は本能に従って、そろそろと彼の背中に手を伸ばした。


「……え?」


 まさか抱きしめ返されると思わなかったのか、アルバートは体を離すと驚いたようにこちらを見た。

 私はにっこり笑って、もう一度彼との距離をゼロにした。


「ただいま」


 やっと帰ってきた。

 なぜかそう思った。




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― 新着の感想 ―
ラストの畳み掛けがもうあからさまにやる気なくなった?って感じ。
[一言] 酷いラストバトル
[良い点] 精霊に関して徐々に明らかになっていくところ やはりもふもふ好きなので出てくるだけで想像で癒されます! [一言] 完結だから読んだら最後尻切れとんぼ感…! えっ!?だと思って情報見直したら…
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