81 一方通行
「アルバート様。どうしてセシリアをお庇いになるの?」
「そうだアルバート。久しぶりに帰ってきたと思ったら、どうしてそんな女を連れてきたんだ」
アンジェリカは心底アルバートを心配した風に、そしてライオネルは、不機嫌そうに吐き捨てる。
今の私の仕事は、少しでもこの会話を長引かせることだ。
そしてアルバートの目的も一緒である。
私たちがこの益体のない会話をつづけている間に、ヒパティカは彼にしかできない仕事をしてくれているはずである。
「お前たちは、恥ずかしいと思わないのか? 国民を苦しめて享楽にふけり、悪女によっていいように使われることに」
押し殺した声音で、アルバートは言った。
同じ王太子だったからこそ、ライオネルにかつての自分を見ているのかもしれない。
「何を言っているんだ? 悪女に使われているのはお前の方だろう。それとも、アンジェリカが悪女だとでもいうつもりか?」
「だとしたらどうする? 私も国から追い出すか? ここにいるお前たちも聞け。今この国は、存亡の危機に瀕している。しかし危機を目前にしてお前たちは、こうして享楽にふけっている。私は――我が国からこの王都に至るまでの間、パーシヴァルが蝕まれていく様をつぶさに見てきた。人々は重税にあえぎ、土地を手放し、盗賊に身を落としていた。商人たちはパーシヴァルを避け、そのせいで品物が入ってこず城下の物価は上がる一方だ。その上、篤い忠誠で知られるレヴィンズ侯爵を獄に繋ぐなど、常軌を逸している!」
アルバートが語気も荒くライオネルを非難すると、レヴィンズ侯爵が収監されたことを知らない一般の貴族たちに動揺が走った。
どうやら彼らにも、一片の理性は残っていたらしい。
だが、肝心のライオネルはそんな事かとばかりに鼻を鳴らした。
「そんなことを言いにわざわざやってきたのか? 国民が盗賊に身を落としているというのならそれはその者たちが堕落したせいだ。物価が上がっているのは不作のせい。レヴィンズが拿捕されたのは耄碌して忠義を捨てたからだ。アルバート、お前だから許すが、他の者がこんなことを言えばすぐさま近衛兵を呼ぶところだ。度を越した侮辱も、今は友の戯言と見逃そう。だが、次はない。これ以上うかつなことを言えば己の国のためにならんぞ」
ライオネルは絶対の自信をもって言い切った。
貴族たちに走っていた動揺が一瞬にして収まる。
もともと彼は、勉強が嫌いでマナーの類もあまり好まなかったが、その明晰な頭脳と豪胆さによって父王にも認められた優秀な王太子だった。
私は幼い頃から彼の無茶苦茶に見えてその実、確かな見識に裏打ちされた言動をつぶさに見てきた。
教科書通りにしかできない私とはまったく考え方は違うが、それでも彼が王となり名君として国を治めると信じて疑いもしなかった。
今はもう、あまりにも遠い過去の出来事だけれど。
「アルバート。落ち着いて酒でも飲もう。今年のワインは出来がいい」
手ずからグラスにワインを注ぎ、ライオネルはそれを差し出した。
まるで農民たちの血を絞ったかのように、赤いワインだ。
アルバートは手を伸ばすと、差し出されたグラスを叩き落とした。
「アルバート!」
アンジェリカが悲鳴を上げる。
「それが答えか?」
低いライオネルの問いに、サンルームには緊張が走った。
――だが。
「やめて! 私のために争わないで!」
なぜかそこに、アンジェリカが駆け込んでくる。
彼女は何を思ったのか、ライオネルとアルバートの間に入りそう叫んだ。
成り行きを見守っていたはずの私ですら、意味が分からず茫然としてしまったのは無理からぬことだと思う。
「かわいそうなアルバート。私の気を引きたくて、セシリアなんて連れてきたんでしょう?」
突然水を向けられ、私は戸惑った。
どんな暴言も覚悟はしていたが、まさかこの場面でアルバートがアンジェリカの気を引くための小道具のように言われるとは思ってもみなかったのだ。
いや、百歩譲って私のことは置いておくとしても、別に二人はアンジェリカのために争ったりはしていなかったと思う。
この展開は予想していなかったのか、当事者であるアルバートは唖然としていた。
一方で話を中断された形のライオネルは、アンジェリカの後ろで仕方ないなとばかりにため息をついている。
「アンジェリカは優しいな……」
どこをどうすれば今のやり取りで、優しいなどという感想が出てくるのか。
魅了によって冷静な判断力が失われているとしか思えない。私は改めて魅了という魔法の恐ろしさを思い知らされた。
私は隣にいるアルバートの腕を強く握った。
彼が魅了にかけられ、こんな超理論に同意されてはたまらないと思ったからだ。
だが、彼は冷静だった。
まるで大丈夫だというように苦笑すると、アンジェリカを見つめて言った。
「アンジェリカ。今は真面目な話をしているんだ。悪いが入ってこないでくれないか?」
アルバートの返事に、アンジェリカの表情が硬直したのが分かった。
「な、なんですって!?」
「クリストフ。彼女を連れて部屋を出てくれないか? アンジェリカがいては話が進まない」
アルバートが所在なさげにしていたクリストフに声をかけると、アンジェリカの怒りは一層激しく燃え上がった。
「なんで!? なんでアルバートはそんなひどいことを言うの? 私の気が引きたいのならそんなこと言わなくても、ちゃんとアルバートの話を聞くよ?」
よくわからない超理論に、私は怒りを通り越して呆れしか感じられなかった。
更にひどいのは、そこかしこで「なんて優しいんだ……」とか「そんなところも素敵だ」とかいう、男たちの声が聞こえてくるところだ。
魅了という魔法の恐ろしさは、人間から思考能力を奪い全員バカにしてしまうところではないだろうかとすら思える。
実家を追い出されて辛酸をなめたが、それでも魔法の効かない体質でよかったと私は思った。
「アンジェリカ。そんな簡単に話を聞くなんて言ってはいけない。こんな無礼な男は放って、僕と行きましょう」
理由はさておき、クリストフはこの機会に乗じてアンジェリカをここから連れ去る気になったようだ。
正直なところ、ライオネルとアンジェリカは離しておきたいのでこれは助かる。
「でも……」
上目づかいで、アルバートの様子をうかがうアンジェリカ。
先ほどの言葉を取り消してほしいらしい。
これだけの男性を侍らせておいて、まだアルバートの関心が欲しいのか。彼女の貪欲さだけは尊敬に値する。
「アンジェリカもクリストフも、そんなやつらを相手にするな。自らの不明に気づかぬほどの愚物だったとは、俺はお前を見誤っていたようだ」
「ライオネル……」
「不快だ。もう俺の名を呼ぶことは許さん」
アンジェリカをないがしろにされたからか、ライオネルがあらぶっている。
「大体、貴様は話にアンジェリカは関係ないと言ったが、レヴィンズ侯爵が怪しいと俺に教えてくれたのは彼女だ。こんなに優しく美しく、その上賢いんだ俺のアンジェリカは」
ライオネルの惚気は、聞くに堪えないものだった。
それは間違っても私がアンジェリカに嫉妬しているからではなく、聡明だと思っていた婚約者が愚かな姿を露呈しているのを見るのは耐え難いという意味だ。




