82 決着
そして同時に、私はレヴィンズ侯爵投獄の原因がアンジェリカにあったことを知る。
恐れていたがやはり、レヴィンズ侯爵の長年の国に対する献身は、そんな馬鹿らしい理由でもって灰燼に帰したらしい。
「そうよ。だってあの方あやしいもの。騎士団の皆さんもパーティーに来てくださらないし、遠征なんておかしいわ」
「まさか、そんなくだらない理由で進言したというの? アンジェリカだけじゃない。ライオネルも、こんな子供みたいな進言を真に受けて陛下に侯爵の投獄を勧めたというの? 冗談言わないで! 侯爵はあなたの剣の師であり、長年大陸の平和のために心を砕いてらっしゃった方よ。それをいとも簡単に……っ」
耐え切れず意見すると、まるで矢のようにするどいライオネルの視線が飛んできた。
「黙れ女。誰が直答を許した? 平民の分際で身の程を弁えろ。おい、誰か――……」
近衛兵を呼ぼうとして、ライオネルは言葉を止めた。
サンルームの入り口に立っていた衛兵が、いつの間にか倒れていたことに気づいたのだろう。
周りを見れば、周囲にいた貴族の青年たちにも確実に異変が起きていた。倒れている者や、耐え切れず座り込んでいる者。そんな周囲の様子を、混乱しながら見ている者など様々だ。
「貴様、何をした……っ」
今度は私に対してではなく、アルバートに向けてライオネルは言った。
そしてそんな彼自身も、まるで自らの不調に今気づいたかのようにふらつき、その場に膝をついた。
「みんな!?」
もはや無事に立っているのは、私とアルバート、それにアンジェリカのみだ。
アンジェリカの最も近くにいたクリストフも、いつの間にか倒れ伏していた。まるで音もなく死神が、その場に舞い降りたかのように。
「毒か?」
息も絶え絶えとなったライオネルの問いに答えるように、サンルームの入り口から白い巨体が姿を現した。
「その逆よ」
「な……に……」
ライオネルの瞳が、驚きに見開かれる。
それはそうだろう。私も最初にヒパティカのこの姿を見た時には、随分驚いたものだ。
ちなみにそのヒパティカはといえば、扉をくぐろうとして頭をぶつけたのかグリフォンの姿で呻いている。
最近人間の姿でいることが多かったので、己の体の大きさを把握できていないらしい。
彼には私たちがライオネルらの注意を引いている間に、この場にいる者たちから魅了の魔力を少しずつ吸い取ってほしいとお願いしてあった。
いくらヒパティカの魔力が強くなったといっても、この人数の魅了を一瞬で解除することはできない。
なのでせめても相手を無力化できるまではこの作戦に気づかれないよう、わざと相手をあおっていたのだ。
意識が薄れてきているのか、目が閉じそうになっているライオネルに近づき、私は言った。
「目が覚めたらきっと、すべてが少しはましになっているわ」
「なにを……」
どうにかそれだけ呟いて、ライオネルは目を閉じた。
今度こそという思いを込めて、私はアンジェリカの方に視線を向ける。
私の目には、レオンがそうであったように大量の黒い虫のようなものが、ヒパティカに吸い込まれていくのが見えていた。
しかし不思議なのは、諸悪の根源であるアンジェリカの周囲にそれらが一切見えないことだ。
その証拠に、ヒパティカがいくら悪しき魔法を吸いこもうとしても、彼女はちっとも苦痛を感じている様子がない。
ヒパティカの力は魔女には通じないのだろうかと、空恐ろしく見ていると。
「なに!? みんな一体どうしたというの!」
アンジェリカが悲鳴じみた声を上げ、ライオネルに駆け寄った。
そしてその近くに立っていた私を、ロイヤルブルーと呼ばれた青い瞳で睨みつける。
「あんた一体何をしたのよ! クリストフに、ライオネル様まで……っ」
その憎しみの籠った眼差し。
だが、そこで私は何かがおかしいと気が付いた。
ライオネルやクリストフらが気を失っているのなら、アンジェリカはもう自分が人間であると取り繕う必要はないはずだ。
ならば魔法を使って抵抗すればいいものを、彼女はそれをしない。
目に涙を浮かべて、ライオネルに寄り添い私たちを責め立てるばかり。
「はあ」
私は思わず、ため息をついた。深い深いため息だ。
「な、なによ! ため息なんてついてないで、ライオネル様を元に戻してよ!」
「あなたも魔女なら、自分で起こしたらどう?」
試しにそう尋ねると、アンジェリカはいぶかしげな顔をして、言った。
「一体何言ってるの? ふざけてないで早くしてっ」
彼女の甲高い叫びが、私の抱いていた小さな疑念を確信へと変えたのだった。
そもそも、妙だったのだ。
私が地下室の夢で見たのは、アンジェリカではなくデボラだった。
エリーの消えた同僚が怒らせたのも、女主人であるデボラの方だった。
ジリアンは、あの女というばかりで決してアンジェリカの名を呼ぼうとしなかった。
そういえば、レイリもそうだったかもしれない。
点と点をつないでいくと、その先にいたのは妹のアンジェリカではなかった。
なにより、アンジェリカの瞳は青だ。私とヒパティカのように瞳の色が同じだとするなら、レイリの瞳の色は赤。デボラの瞳も、血のような赤色である。
「セシリア?」
考えにふけってしまった私を、アルバートが呼ぶ。
「どうする? まだ気が済まないのなら……」
アルバートは、アンジェリカに仕返ししたいかと言っているのだろう。
私は意識を失ったライオネルに縋りつく娘を見た。茶色い髪の、青い瞳の娘。この女のせいでこの国の人が、そして私がどれほどひどい目にあったか。
けれど、もし魔法を使ったのが彼女ではなくデボラなのだとしたら、そちらを放っておくことはできない。
私はたっぷりの魔法を吸いつくし、満足そうな顔をしているヒパティカに声をかけた。
「今から飛べる? 行きたいところがあるの」
行先はもちろん、私の実家であるブラットリー公爵のタウンハウスだ。
「俺も一緒に――」
一緒に来ようとするアルバートを、私は止めた。
彼には他に、やってもらわねばならないことがある。
「あなたは、地下牢にとらわれているレヴィンズ侯爵を釈放してもらって。多分国王陛下も、正気に戻られているはずだから」
ヒパティカはライオネルだけでなく、この城にいた人々に巣食っていた魅了を全て遠慮なく吸い取ったようだ。
その証拠に、ヒパティカとつながった私の体からは、今にも魔力がはじけてあふれ出そうになっている。
デボラという、稀代の魔女に挑む恐怖はもうない。
あとは力を失った哀れな女を、料理する憂鬱な時間の始まりだ。




