73 それぞれの強さ
「なんということだ……」
レイリとの会話を一通り話すと、アルバートは驚きのあまり絶句した。
彼は実際レイリによって魅了から救われたので、より一層衝撃が強いのかもしれない。
「驚かされたわ。でも、そう言われれば納得できる部分もあるの。約一年の間あなたが副作用に苦しめられたのも、解いたのが魔女ではなかったからだそうよ。守護精霊でも魔女の魔法を解くことはできるけれど、加減が難しいんですって」
このあたりのことは、レイリと別れる前に聞いたことだ。
彼女はそう説明して、アルバートに謝っておいてくれと言っていた。
だが彼女が現れてアルバートが救われたのは本当だし、結果的にそれが現在につながっている。
ならば現在侯爵家でヒパティカによって解呪されている人たちは大丈夫だろうかと心配になるが、そちらも問題はないらしい。
問題なのは、アンジェリカの眷属であるレイリがアンジェリカの意図に反して解呪することにあるらしいのだ。
力のベクトルが違うのだという話をされたが、私も理解するには至らなかった。
そもそも私の知る魔法は理論立てたものではない。なんとなく感覚で行っているものだから、説明が難しいのだということは私にもわかった。
「とにかく重要なのは、アンジェリカを追い詰めることができればレイリが彼女に近づいてとどめを刺せるということだわ。その、彼女の言葉を信じれば……ですけれど」
レイリの言葉がすべて信用できるかは、私にもわからなかった。
個人的には信じてもいいような気がしているが、その理由を説明することはできない。
レイリは私たちを手助けしてくれた。だがそれは一方で、アンジェリカに近づくために私たちを利用したとも言える。
お互いに利益が一致しているのだから問題ないような気もするが、最後の最後でレイリに裏切られたら、今度こそ私たちは後がなくなってしまうのだ。どれだけ慎重になっても、慎重になり過ぎるということはない。
アルバートは文字通り頭を抱えた。
その眉間には深い皺が寄っている。
一方で、アルバートの狼狽ぶりが私を冷静にさせていた。
冷静とは、少し違うかもしれない。
正しくは、何とかなるのではないかという根拠のない自信だ。
「レイリが真実を話していようと嘘を言っていようと、私たちの計画に変更はないわ。どうせ遅かれ早かれ、魅了を解く者がいるというのはあちらも気づくでしょう。私たちが恐れるべきなのは、アンジェリカに存在を悟られることではありません。臆病風に吹かれて、志半ばで計画を断念することの方よ」
レヴィンズ侯爵を介してまずは軍部から魅了を解いていく作戦は、なかなかにうまくいっている。
そうして少しずつアンジェリカの力を削いでいき、今度はこちらが彼女を追い詰めるのだ。
たとえそれがアンジェリカに伝わったとして、なんだというのか。
どうせいつかは知られるはずだった。それが遅いか早いか、その違いにすぎない。
アンジェリカに企みを知られたからと言って――その咎でたとえ死地に引きずり出されることになろうとも、私の目的は変わらない。
ふと脳裏に、マーサの顔が浮かんだ。
盗賊に与して、私たちの商隊を襲わせた娘。
けれど彼女たちもまた、治安の悪化によって当たり前の生活を奪われたという意味では、被害者だった。
税の取り立てに貧窮し、犯罪を犯さねば生きていけなくなった人たち。
そんな人が、この国には数えきれないほどいる。
アンジェリカによって運命が狂わされたのは、私やアルバートだけではないのだ。
「君は……強いな」
見ると、先ほどまで動揺していたはずのアルバートが、静かにこちらを見ていた。
その口元には、小さな笑みさえ浮かんでいる。
「からかわないで」
「からかってなどいない。君はこの王都であれほどひどい目にあわされたというのに、いまだ闘志を失っていない。なのに俺は、アンジェリカに再び魅了されるのを恐れて、こそこそと逃げ隠れしてばかりだ」
「そんなことを論じても仕方ありませんわ。私には魅了に対する耐性があった。あなたにはなかった。ただそれだけのことよ」
「それだけのことと言っても……」
「逆に、私は剣を扱うことができないし、お腹が減っても狩りをして獲物を捌くこともできないわ。それともあなたは、野宿の時に私が役に立たなかったと責めるの?」
商隊とはぐれて二人だけになった時、アルバートは野営に慣れているからと獲物を捕まえ見張りをしてくれた。
私一人だったら、あそこで動物に襲われて死んでいてもおかしくなかったはずだ。
「そんなことは!」
「だったらいいじゃない。私たちは、アンジェリカを倒すための運命共同体だわ。何ができる何ができないと、悔やんでいても仕方ないでしょう」
私の言葉に、アルバートは目を丸くした。
そんな驚くようなことは言っていないのにと思ったら、彼は突然破顔した。
「ははっ、さすがだなセシリア。頼りになるよ」
「なによそれ。ふざけないで」
「ふざけてなどいないさ。本当にそう思ったんだ。君はどんな状況になっても、決して諦めない。すごいよ」
そう言ったアルバートの顔があまりにも無防備で、なぜだかひどく恥ずかしい気持ちになった。
「そんな立派な人間じゃないわ」
「立派だよ。少なくとも俺にとっては」
そんな会話をしながら、意外なほどに穏やかな気持ちでその日の夜は更けていった。




