72 待ち受けていたのは
レイリと別れ屋敷に戻ると、驚いたことにアルバートが玄関先に立って待っていた。
「どうしたの? 何かあったの?」
何か予期せぬ事態が起きたのかと、私はあわてた。
レヴィンズ侯爵を仲間に引き入れたことでようやく物事が順調に動き出したというのに、ここにきてまたなにが不都合が起きたのかと焦ったのだ。
「何かあった、だと?」
いつもどこか私に対して申し訳なさそうにしているアルバートが、今日だけは違った。
その顔には押し殺した怒りが浮かんでいて、私はまだ彼が魅了にかかっている時のことを思い出した。
アンジェリカを争って決闘していた時、彼は決まってこんな顔をしていたから。
「女一人で、ふらふら出かけるなんて何を考えてるんだ! 侯爵家にも問い合わせたが、ヒパティカはあちらにいるままだった。それなのに暗くなっても君は帰ってこない。何かあったと思うのは当然だろう!」
あまりの剣幕に、声も出なかった。
頭が真っ白になって、とっさに身構えてしまう。
今のアルバートが怒ったからといって手を出してくるはずがないのに、それは完全に無意識の行動だった。
「あ……」
私の反応に我に返ったのか、アルバートが言葉を途切れさせる。
彼の傷ついた顔を見て、私は強い罪悪感を覚えた。アルバートが私に拒絶されて、深く傷ついたことが伝わってきたからだ。
私たちの関係は、まるでひびの入ったグラスのように繊細で壊れやすいものだった。
私への仕打ちに心を痛めたアルバートが、常に譲ることで構築してきた新しい関係。
その関係に今確かに、ひびが入ったのが分かった。
過去のことを気にするなとは言えないけれど、今回のことはともも連れずに遅くなった私が悪い。
テオフィルスに暮らしていた頃は私を心配してくれる人なんて一人もいなかったから、ついそのことに考えが及ばなかったのだ。
今はもう、一人ではなく何人もの仲間がいるというのに。
「すまなかった。早く中に入って温まってくれ」
そういってアルバートは私に背を向けた。
けれど最後に見せた彼の傷ついた表情が、頭に焼き付いて離れない。
罪悪感で、胸が苦しくなる。
アルバートはエリーを呼ぶと、私の着替えと体が温まる飲み物を用意するよう伝えた。
そして自分はそのまま、これ以上ここにはいられないとばかりに去っていこうとする。
「待って」
私は思わず、その背中に声をかけた。
何かを考えてのことじゃない。呼び止めたところで何と言っていいかはわからなかった。
けれどただアルバートの寂し気な背中を見て、そのまま行かせることができなかっただけだ。
立ち止まったアルバートはしかし、こちらを振り返らなかった。
「なんだ?」
声が固い。
なぜか無性に、アルバートの顔が見たいと思った。
「悪かったわ。心配してくれたのでしょう?」
怒ったということは、そういうことだ。
アルバートは私のためを思って、怒ってくれた。
それが分かっていて腹を立てるほど、私も子供ではない。
公爵家を出て、私はきっとたくさんのことを学んだ。自分のために怒ってくれる人がどれほどありがたいかなんて、以前は分からなかった。
アルバートは無言だった。
その背中からは、戸惑いがありありと見て取れた。
「私、レイリに会ったの」
私の言葉に、アルバートが弾かれたように振り向く。
「な! 一体どこで……いや、今は君の着替えが先決だ。詳しい話はあとで聞こう」
アルバートに促されて、私はエリーと一緒に部屋に戻った。レイリから聞いた話を、いったいどうやって彼に説明するべきか考えながら。




