71 魔女と守護精霊
夕刻になり、集まっていた少女たちは次々家に帰っていった。先ほどレイリが歌っていた、新しいお姫様の歌を歌いながら。
夕日の中を駆けていく子供たちは、不思議と郷愁を感じさせた。
どうしてだろうか。
幼い頃から、あんな風に無邪気に遊び回ったことなど、一度もないはずなのに。
「ああして、魔法の歌の替え歌を各地で歌い広めていた。人々が新しい歌を歌うようになれば、あの城にいる魔女の力は削がれよう」
レイリはそっと、高い尖塔を持つ王城を仰いだ。
行方をくらましていたレイリが、アンジェリカの力をそぐために各地で働いていてくれていたことは分かった。
けれどそれだけでは、ジリアンがレイリを知らないと言った理由も、何も言わずにいなくなった理由も、何一つわからない。
一体彼女は、どういうつもりなのだろう。敵なのか味方なのか、それすらもわからない。
歌のことだって、一見こちらの味方をしているようにも思えるが、私の存在に気付いて咄嗟に歌の歌詞を変えた可能性もある。
私は、ヒパティカを侯爵家に置いてきたことを少しだけ悔いた。まだ未熟な魔女の私だけでは、レイリを捕まえることもそして真実を話させることも、何もできない。
「怒っておるか?」
「え?」
思ってもみないことを聞かれ、思わず答えに詰まる。
私は怒っているのだろうか。自分に問いかけてみる。
今感じている感情は、単純な怒りなどではなかった。例えば目の前のレイリを怒鳴りつけたいとは思わない。
ただ不気味で、道理に合わないと感じている。提示された情報があまりにも不完全すぎて、全体像がつかめないのだ。たとえるならそう、ピースがいくつも欠けてしまったパズルのような。
「あなたの目的は何なの?」
結局出てきたのは、そんな陳腐な問いだった。
しばらくレイリは、なんの返事もしなかった。太陽はすっかり暮れて、あちこちの家の窓からあたたかな光が漏れている。おいしそうなにおいがして、子供たちのはしゃぐ声が聞こえた。
「長い話になる」
それはあまりにも小さな声だったので、危うく聞き逃してしまうところだった。
どんなに長い話であろうとも、聞かないという選択肢はない。
私は頷き、彼女の話に耳を傾けた。
それは遠い昔から続く、魔女と共に生きる守護精霊の悲しい物語だった。
「まず最初に、謝っておかねばならんことがある。私は魔女ではない」
ジリアンの疑問は、やはり正しかったわけだ。
しかしそれでは、どうして魔女を騙ったりしたのかという疑問が残る。
ジリアンは、魅了の魔法を解くことができるのは精神に働きかける魔法を持つ魔女か、あるいは魅了を使った魔女本人、そしてその眷属だと言っていた。
本人でないならば、レイリは魅了をかけた魔女の眷属ということなのだろうか。
「ならあなたは、アンジェリカの仲間なの?」
ずっと胸の奥で握りしめていた質問を、ようやくレイリに投げかける時がやってきた。レイリは黙り込む。
じゃばじゃばという噴水の音が、沈黙の中でやけに耳についた。
「仲間では、ない。けれど敵にも、なり切れなかった」
それは、否定でも肯定でもなかった。
そしてレイリは、おもむろに己の白銀の髪を握り私にそれを見せた。
「もっと早くに、話しておくべきだった」
彼女の赤い瞳は、ひどく寂しげだった。
私はその色を、どこかで見たことがあるような気がした。宝石のごとき、鮮やかなピジョンブラッド。
「私は――そう、お前から居場所を奪った歌の魔女の、守護精霊として生まれたのだ」
この告白には、さすがに驚かされた。
守護精霊ということは、魔女でないどころか人間でもないということである。
「じゃあ、あなたもヒパティカみたいに、獣の姿を持っているの?」
私の問いに、レイリはゆっくりと頷いた。
だが、いくら言葉でそうだと言われても、私は人間の姿をしたレイリしか知らない。
人ではなく精霊だと言われても、そう簡単に信じられるものではないのだ。
「まあ、元の姿に戻ってもいいが、この場では差しさわりがあるな」
さすがにこんな街中で巨大な獣の姿になられては困るので、私も無理に証明しろとは言えなかった。
「とにかく、話の続きを聞かせて。あなたがアンジェリカの眷属だというのなら、どうしてアルバートやセルジュの魅了を解くようなことをしたの? アルバートはあなたのことを、テオフィルス国王の招集に応じてやってきた魔女だと言っていた。かつてのテオフィルス国王と盟約をかわしていた魔女は、一体どこに行ったの?」
レイリの主張を信じるためには、明確にしておかねばならない問題がいくつもあった。
まずは魔女でないのならばなぜ、テオフィルス国王の招集に応じたのかということである。
「テオフィルス国王と、盟約をかわしたのは私だ。当時は魔女だなどと名乗ってはいなかったが、不思議な力を使う女のことをかつてのテオフィルス王が魔女と勘違いしたのは無理からぬことだ。私もあえて、否定しなかった。守護精霊の存在すら知らない人間に、説明する必要性を感じなかったからだ」
確かにそんな説明をするより、自分は魔女だということで通した方がやりやすかっただろう。
守護精霊が人の形をとると知っている私ですら、彼女が精霊であるとずっと気づかなかったほどなのだから。
だが、これでジリアンがレイリの名前を知らなかったことにも説明がつく。
精神の魔法を使う魔女でなくとも魅了を解除できた理由は、レイリがアンジェリカの眷属だったからだろう。
だが、守護精霊だというのならばレイリはアンジェリカと共に生まれ共に行動してきたはずだ。私はヒパティカしか知らないけれど、彼も姿が見えなかっただけでずっと私と一緒にいたのだと言っていた。
ではなぜ、離れることになったのか。
あまつさえ、アンジェリカの意にそぐわないことをしようとしているのか。
まだまだ、理解できないことが多すぎる。
それが顔に出ていたのだろう。レイリが年齢不詳のその顔で苦く笑う。
「なぜ魔女と共にいないのか、ということが気になるのだろう?」
「それはそうよ。あなたが今もひそかにあの女とつながっていて、私たちを見張っているというのなら、どうあっても排除しなくてはならないもの」
即答した私に、レイリは今度こそ楽しそうに笑った。
別に笑わせたかったわけではないので、妙に腹が立った。
私たちがアンジェリカに持つ唯一のアドバンテージは、あちらがこちらの居場所を知らないというものである。
レイリがアンジェリカの味方であれば、そんな小さな優位など簡単に吹き飛んでしまうのだ。




