64 レヴィンズ侯爵
「まさかよね……」
馬車から降りた私は、目の前の巨大な邸宅を見上げため息をついた。
それというのも、味方に引き入れる候補としてアルバートがいの一番に名を挙げたのが、我が国の軍部を掌握する将軍閣下だったからだ。
その名も、スタンレー・レヴィンズ侯爵。パーシヴァルの軍部を掌握する将軍職にあり、そしてアンジェリカの取り巻きの一人であるバーナード・レヴィンズの父親でもある。
アルバートによれば、レヴィンズ侯爵は息子と違い最後までアンジェリカには懐疑的だったのだそうだ。
そしてグレイグが王都で仕入れた情報によると、レヴィンズ侯爵は体調不良を理由に出仕を取りやめ、自宅で療養中らしい。
私はかつてパーティーで見た筋骨隆々な壮年男性の姿を思い出した。レヴィンズ将軍は自らの剣の名手であり、病気とは全く無縁の人物であったのだ。
なので体調不良と言われても、いまいちピンとこないのだった。
だが出仕していないということは、アンジェリカの魅了の影響も他の貴族に比べて格段に少ないと思われる。
私はアルバートの提案を受け入れ、このレヴィンズ侯爵の屋敷にやってきたのである。
聞けばアルバートは昨日のうちに訪問の先触れを走らせていたそうである。危険なのではないかという気もしたが、連絡もなしに押しかけて侯爵の不興を買うのは避けたいというアルバートの意見はもっともだった。
これから協力を仰ごうという相手のもとに押しかけて不興を買い、交渉が決裂するのは何があっても避けたい。
体調不良である侯爵を訪ねるとのことで、私はアルバートの従者に化けて同行することになった。
なので今日は動きにくいドレスではなく、ジリアンが用立てた燕尾服姿である。男性用なので大きかったそれを、今朝大急ぎで私が着てもおかしくないよう調整したのだ。
また、ヒパティカも同じようにお仕着せの燕尾服を着て、荷物持ちとして何やら布でくるんだ長い棒を持たされていた。
中には見舞いの品として、異国の武器が収められている。正直なところ病人に武器を持っていくなんてどうかと思うが、将軍は武器のコレクターとしての一面も持っているらしいのでこの方が喜ばれるのだそうだ。
とにかく私たちは、そうして準備を整えこうして侯爵家にやってきたというわけ。
将軍の協力を得られれば、取り巻き達に守られたアンジェリカと戦ううえで大きな弾みになる。
何より、彼の息子であるバーナードは取り巻きの中でも武名で知られた剣の名手だ。
間違えても、正面から戦いたい相手ではない。
将軍を味方につけることができれば、その息子であるバーナードすらも抑え込むことができるかもしれないのだ。
実家の公爵家は空振りだっただけに、今日は自然と力が入る。
玄関の前に立ってノッカーを鳴らすと、屋敷の中から立派なひげを蓄えた使用人が現れた。眼鏡をかけていることから考えて、上級の執事か主人に変わって家政を取り仕切る家令だろう。
パーシヴァルでは、上級の使用人に高価な眼鏡や時計などを身につけさせ、己の家の財力をそれとなく誇るという慣例がある。
事前に連絡を入れておいたからか男はすぐに私たちがどういう類の客人であるか察したようだ。
ちなみにアルバートは人目を惹かないよう、王太子らしい華美な服装は控えて騎士が休日にしているようなラフな格好をしている。
もし将軍家を訪ねたのが母国にいるはずのアルバートであると知れたら、外交的にもそしてアンジェリカへの警戒という面でもよろしくないという判断からだった。
出かける前に服装を決める際、ジリアンがこれでは質素すぎるといってさんざんごねたのだが、しびれを切らしたアルバートの一言であっさり引き下がっていた。
私への横暴ともいえる態度を考えると、驚くべき従順さであったことをここに付け加えておく。
さて、出迎えてくれた使用人の案内のもと、侯爵家の中を歩く。
その内装はそれほど華美というわけではないが、代わりに廊下や壁のあちこちに甲冑が飾られ剣が飾られていた。
どうやら侯爵が武器のコレクターだという話は本当だったようだ。
そしてたどり着いたのは、主寝室の入口と思われるひと際立派な扉の前だった。
「どうぞお入りくださいませ」
その言葉に従い、促されるままに私たちは部屋の中に入る。
そこには寝台の上に体を横たえさせた、侯爵の姿があった。
思わず、私たちは言葉を失っていた。
鍛錬を怠らず豪胆な性格で部下からも慕われていた将軍が、まさかこれほどまでに重い病にかかっているとは思いもしなかったのだ。
急な訪問依頼を受け入れてくれたからには、それほどの病状ではないのだろうと楽観視していた。
「まさかこれほどまでにお悪いとは……」
私と同じ思いだったのか、アルバートが茫然としたような声で言う。
使用人の手を借りて身を起こした侯爵は、記憶にあるよりも随分と痩せ衰えていた。
なのにその瞳だけは、いまだに決して消えることのない不屈の光が宿っているのだった。




