63 新たな計画
さて、翌朝は昨日とは違い、夢も見ずさっぱりとした目覚めになった。
また夢の中にレイリが出てきたらどうしようと思っていたのだが、そんな心配は全くの杞憂だった。
むしろ出てきたら、一体どういうことだと激しく問い詰めたところだ。
ジリアン特製のクッキーを食べたおかげか、昨日までと打って変わって今朝は妙に力が漲っていた。
「おはよう」
ダイニングで顔を合わせたアルバートは、なぜか気遣わしげな顔でこちらを見ていた。
ジリアンたっての希望で彼が魔女であることは伏せておくことになったので、勿論レイリのことについても彼には話していない。
ではなぜこんな心配そうな顔をしているのだろうか。
私は思わず首をかしげた。
朝食として出てきたのは、焼きたての白いパンとドレッシングを和えたサラダ。それに絞りたてのフレッシュジュースだった。
運んできたエリーの顔は、昨日あれほどおびえていたのが嘘のようだ。
そういえば昨日は疲れ切っていて、アルバートとろくに話しもせず眠ってしまった。
貯蔵庫で何があったのかも具体的には伝えておらず、一晩の間アルバートはさぞ気を揉んだに違いない。
「昨日はお話もせずに先に休んでしまい、申し訳ありません」
さすがに悪いと思い謝罪すると、アルバートは気にしなくてもいいという風に小さく頷いた。
「いや、ゆっくり休めたようでよかった。それより、君は入るなと言った地下室の中は、結局どうなっていたんだ?」
ずっと気になっていたであろうアルバートの問いに、私はあらかじめ用意しておいた答えを返した。嘘をつくのは少々心苦しいが、ジリアンが知られたくないと言っているのだから全てを話すことはできない。
「ええ、アンジェリカの力に関するようなものは見つけられませんでしたが、この地下室が魔女にとって力を増幅させる効果があると分かりました。ジリアンに確認したところ、この屋敷はデボラと父の行き違いで売りに出されたようで、購入後何度も買い戻したいとの打診があったと言うことです。正直、ジリアンが手放さずにいてくれて助かりました。これ以上アンジェリカの力が強化されては困りますから」
話しても差し支えない部分だけを喋り、ついでにジリアンの株も上げておく。彼はアルバートのことをいろんな意味で慕っているようだから、アルバートから働きかけてもらえれば強力な味方になってくれるかもしれない。
我ながら打算的だなと思いつつ、朝食を口へ運ぶ。
レイリの事も、アルバートに話すべきかまだ判断が付かずにいた。
レイリへの疑いは、まだ憶測の域を出ない。そんな不確かな事をアルバートに話しても、利はないように思う。
それに動機はどうあれ、レイリがアルバートの魅了を解いたというのは紛うことなき事実だ。
アルバートにとってレイリは、自らの正気を取り戻してくれた恩人なのである。そんな相手に、本当はレイリが敵かもしれないなんて、冗談でも口にするのはためらわれた。
「そうなのか。ジリアンには俺からも礼を言っておこう」
朝食を終え、私たちは談話室に移動し作戦会議を始めた。
同じく朝食を終えたヒパティカは、呼び止めるまもなく庭に遊びに行ってしまった。昨日狭い場所にこもっていたので、今日は外に出て羽を伸ばしたいのだろう。勿論、こんな住宅地で本当に羽を伸ばされても困るのだが。
「それで、エリーの話は聞けたのですか?」
二人きりになったタイミングで、昨日アルバートに托したエリーのことについて聞いてみた。
ちなみに本人は今、買い出しのために家を出ていた。一人でこの規模の屋敷の雑事をこなすのは大変だろうから、滞在が長引くようならジリアンに頼んでメイドを追加してもらうべきかもしれない。
「ああ……それなんだが、どうもデボラとアンジェリカの二人から、暴力を振るわれていたらしい。詳しいことまでは聞かなかったが、未だにおびえるほどだ。よほどひどいものだったんだろう」
ひどく憂鬱そうな顔で、アルバートが言う。
私は怯えきったエリーの顔を思い出し、改めてあの母娘に対して激しい怒りを覚えた。
その気になれば魅了して意のままに操れるくせに、わざわざ恐怖を味あわせあそこまで追い詰めるなんて悪趣味と言う他ない。
私は、改めてあの女をこの国から除かねばならないという、決意を新たにした。
「それでセシリア、提案なんだが」
「提案、ですか?」
「ああ。レオンからの贈り物が拒絶されたからには、別の方法でアンジェリカに近づくより他ないだろう?」
「そうですね。商人としての潜入は、もう厳しそうですわね。公爵家には代々懇意にしている出入りの商人がいますので、レオンの名前が使えないとあっては馴染みのない商人などすぐに追い返されてしまうでしょう」
そもそも、公爵家と取引するとなれば商人の方にもある程度の格が必要である。ぽっと出の女商人ピアでは、どうあがいても公爵令嬢との面会など叶いそうにない。
「だから、最初の計画とは違ってしまったが、この王都の中で味方を増やすことが重要じゃないかと思うんだ」
アルバートの提案は、確かに的を射ていた。
今も月熊商会のバックアップはあれど、所詮王都の中では中堅クラスの商会に過ぎない。
魅了の力で権勢を振るうアンジェリカを出し抜くためには、もっと強力な支援者が必要である。
「確かに味方を増やすことは賛成ですが、そんなに都合のいい相手がいるでしょうか」
こっちは脛に傷持つ身である。
かつて周囲の人々から迫害された過去を思えば、味方という言葉にはどうしても身構えてしまう。
「俺の名を使えば、少なくとも会うことくらいは可能なはずだ。アンジェリカに知られるかもしれないという危険はあるが、試す価値はあると思う。あとはレオンの時と同じように、君が魅了の魔法を解いてくれれば……」
確かに、アルバートが王太子位を退いたことを、この国の人々は知らない。
アルバートが再び魅了にかかることを恐れて今までは留守番してもらったが、こうなっては考えを改めるべきかもしれない。
私はアルバートの提案を受け入れた場合のリスクとリターンを天秤にかけた。
正直なところ、思いもよらぬブラッドリー公爵家の強硬な態度に、こちらは攻めあぐねいていたところである。
「わかったわ。確かに、このまま閉じこもっていたって仕方ないものね」
この決断により、私の運命はこれから大きく変わっていくことになる。




