53 いざ
次の日の朝食は、昨日の夕食でできなかった作戦会議の場になった。
昨日の夕食を食べ損なったヒパティカは、周囲の人間が度肝を抜く勢いでがつがつと朝食を平らげていく。
最低限のマナーは教え込んだつもりだが、テーブルマナーは旅の間に実践できなかったので品を欠いてしまっても仕方ない。
――そう、今のところは。
今朝はあんなにおびえていたエリーも、ヒパティカの見事な食べっぷりには毒気を抜かれたらしい。
慌ただしく厨房までおかわりの皿を取りに行っては、目にもとまらぬ早さで消費されていくので恐怖を覚える暇もないようだ。
「そういえば、誰かレイリを見ませんでしたか」
魔女というものは身勝手が標準装備なのか、テオフィルスを旅立って以来レイリは気付くと姿を消している。
ブラットリー公爵領を出発してから王都に着くまでの間も、姿を現したり消したりしていたのでそういうものかと彼女の不在に慣れてしまっていた。
だがさすがにここまでくると、別にいなくてもかまわないという訳にはいかない。いよいよアンジェリカのいる王都にたどり着いたのだ。
魔女とは言え全く魔法知識のない私と、子供のように無垢なヒパティカだけではアンジェリカを打ち倒すには荷が重い。
「最後に目撃されたのはどうやら三日前のようで、現在の居場所は分かっておりません」
生真面目な顔をしてグレイグが言う。
思わずため息が漏れた。
見ないとは思っていたが、やはりまたしても姿を消していたらしい。
それでも三日前には目撃されているのだから、少なくとも王都の周辺に居るということだ。
物理的な距離など魔女である彼女の前では無意味なものかもしれないが、それでもまだ近くにはいるのだという希望が持てる。
「グレイグは手の者を使ってレイリを探させてくれ。間違ってもアンジェリカにこちらの存在を悟られることのないよう、慎重に頼む」
「かしこまりました」
アルバートの命令に、グレイグは頼もしく頷く。
「それでは今後の方針についてだが……セシリア、君はどうしたい? レイリがいない現状、戦力的にもこちらは圧倒的に不利だ。見つかるまで様子を見ることも――」
気遣わしげにこちらを見るアルバートの言葉を、私は遮った。
「いいえ。私たちの存在はいつまでも隠しきれるものではありません。到着から時間が経てば経つだけ、相手の意表を突くことは難しくなります。私たちの有利な点は、アンジェリカに到着を知られていないという一点のみ。できるだけ早急に、アンジェリカを訪ねるべきです」
到着までに何度か話し合ったことだが、現在王都での立場が盤石という意味で地の利はあちらにある。
地の利を覆すために必要なのは人の利と言われているが、こちらは多勢に無勢。
では何ができるかと言えば、それは相手の意表を突くことだけである。
相手がこちらの存在に気付いて周囲を固められてしまう前に、できるだけ速やかにアンジェリカと面会するのが好ましい。
一対一であれば魔力が回復したヒパティカの力で魅了の魔法を無効化できるかもしれない。魅了さえ解ければ、この国の人々はアンジェリカの危険さに気付くだろう。
だが、アルバートは難しい顔をした。
「やはり、アンジェリカにヒパティカと二人だけで会いに行くというのは危険では……」
「今更何を言っているのですか。騎士たちを連れていって魅了されて敵に回られても困ります。現在魅了にかからないとはっきりしているのは、私とヒパティカだけなのですから仕方ありません」
アルバートが難色を示しているのは、私がヒパティカのみを連れて公爵家を訪ねると主張しているせいだった。
急襲する分には賛成だが、せめても商隊の者たちを護衛代わりに連れて行けというのだ。
だが、アンジェリカの魅了の魔力は男女の別なく作用する危険な力である。アンジェリカと相対した瞬間相手に寝返られては、こちらが一層不利になるだけだ。
ならば最初から私とヒパティカだけでいいと言っているのだが、アルバートはなかなか首を縦に振らない。
「やっぱり傭兵に扮して俺が一緒に……」
「アンジェリカに魅了されて殺人まで犯した方が何を仰ってるのですか。あなたに殺されるなんて私はごめんですわよ」
頑固なアルバートに焦れて、つい声を荒げてしまった。
痛いところを突かれたのか、相手は傷ついた顔で黙り込む。
ひどいことをいってしまったと思いつつ、私は席を立った。
「とにかく、わたくしはヒパティカと参ります。アルバートはへたに動かないでください」
部屋を出ながら、他に言い方がなかったのかと私は己の言動を悔やんだ。
アルバートは王太子位を返上するほど魅了された当時の行動を悔いていると知っていて、私は彼の最も痛いところを突いたのだ。
だが、いつまでも議論を続けてはいられない。
さっきも言ったように、刻一刻と数少ない私たちのアドバンテージはこの手からこぼれ落ちていくのだから。




