51 食えない商会長補佐
「ごめんなさい。続けて」
ジリアンが報告を再開し、私は前菜を食べ始める。
専属の料理人を雇っているのか、出された料理は味見た目ともに申し分ないものだった。
エリーがカートを押してやってきて、前菜の食器を片付け澄んだコンソメのスープを並べる。どうやら、この邸の料理人は随分と腕がいいらしい。本格的なコースもそうだが、贅沢に具材を使いなおかつ出汁のみを使うコンソメのスープは、贅沢の極みであり上流階級の者しか口にできない料理である。
また、一口でコンソメと言ってもその製法は各家お抱えのシェフによるオリジナルレシピであり、それが外に漏れないよう厳密に管理されていた。
おいしいスープを作るシェフを雇っていることは貴族のステータスであり、それもまた身を飾る宝石などと同じように時には交渉に利用されたのである。
さて、久しぶりの贅沢な料理につい気を取られてしまったが、そんな場合ではないと私は気を取り直した。
スープ用のスプーンで音を立てないよう静かにスープを飲む。
そしてその瞬間、私の脳裏に雷のごときひらめきが走った。
「……どういうこと?」
私は一口でスプーンを置くと、ナプキンで口を拭いジリアンをにらみつけた。
「セシリア?」
同じくスープに舌鼓を打っていたアルバートが、突然語気を荒げた私に驚いたように手を止めた。
「今すぐシェフを呼んで! 理由を説明して頂戴っ」
もしかしたらという気持ちが、どんどん膨らんでいく。そうでなければいいと思うのに、思い浮かぶのは私の中での仮説を強化する出来事ばかりだ。
「かしこまりました」
いまいましいことにジリアンはにっこり笑って、うろたえるエリーにシェフを呼んでくるよう言いつけた。
まもなくやってきたシェフは、顔面蒼白だった。
この客人に一体どんな難癖をつけられるのだろうと、脱いだコック帽を持つ手がかすかにふるえていた。
その顔に見覚えはない。だが、おそらく相手は私の顔を知っているはずである。
「教えて。あなたは一体ブラットリー公爵家とどういう関係なの? このコンソメは公爵家のものと同じ味だわ。偶然同じ味になるなんてありえない!」
私の質問に、なりゆきを見守っていたアルバートが弾かれたようにジリアンを見る。
「私は……ブラッドリー公爵家で雇われていた料理長の弟子をしておりました。その後旦那様に命じられ、こちらのお屋敷で――」
「それで、この屋敷には一体誰が住んでいたの?」
問い詰めるような口調に気圧されたのか、それともほかに理由があるのか、男は言いよどんだ。
私は半ばその答えに見当がついていたが、それでも男の口からその言葉を聞かずにはおれなかったのだ。
「……こちらには、デボラ様とアン様がお住まいでした」
アンとは勿論アンジェリカのことであり、デボラは母から父を寝取った後妻の名前であった。
予想が的中し、私は怒りに肩を震わせながらスプーンを置いた。
父は側室だったデボラのためにこの屋敷を用立て、こちらでも自宅と同じ味の料理を味わうためにコックの弟子をこちらで働かせていたというわけだ。
もちろん私が怒っているのはコックに対してではない。
何も言わずこの屋敷に私を泊まらせようとした、ジリアンの方に腹を立てているのだ。
「どういうことだジリアン」
私よりも先に、同席していたアルバートがジリアンに問いただす。
「デボラ様とアンジェリカ様が本邸に移り住んでこの屋敷が売りに出されたので、使用人ごと買い取っておきました。ちなみにセシリア様がご利用になっている部屋が、主寝室となっております」
あまりのおぞましさに吐き気をもよおし、私は口を押えた。
それではあのバスタブもベッドも、デボラが使用したものだというのか。そして時には、父が――。
「ジリアン! なぜこのようなことを……っ」
アルバートが声を荒げる。
私は心底、母を連れてこなくてよかったと思った。もし母が贅沢に整えられたこの屋敷を見たら、再び怒りで心を病んでしまっていたかもしれない。
建物にも調度品にもそして使用人にも、なんの罪もないのにこんなにも怒りがわくものか。
「おや、お気に召しませんでしたか? デボラ様とアンジェリカ様が公爵家に入られる前の様子を、ぜひお聞きになりたいかと思いましたので……」
しかしジリアンはのらりくらりと、アルバートの怒りの矛先をかわした。
確かに彼の言う通りで、私は公爵家にやってくる前の二人の生活を何も知らない。知ればこれからの計画の助けになるかもしれない。
だが同時に、ジリアンが悪意を持って私が主寝室を使うよう仕向けたのも、また事実だ。
「それであれば、お前が聴取して報告書をあげればよかっだろう」
あきれたように、アルバートが言う。
「わかりました」
私は己を叱咤し、引き攣りそうになる顔に満面の笑みを浮かべた。
「本当にその通りですわ。お気遣い感謝します」
そしてジリアンに礼を述べると、吐き気をこらえて久しぶりの贅沢な食事を再開したのだった。




